第4話 種、芽吹き
拝啓
《可逆の思慮者》ウェイカー殿なら既にお聞きになっているでしょうか。この大陸で知らない植物が続々と芽吹いていることに。いくつもの星々が軌跡として空を覆ったあの夜から、発見されるようになったのです。
私、《グ・ドバ帝国女王》ミライアの見解としては、貴方たち賢学人衆の賢機に調査を進めてもらいたいのです。これは最高機密事項ですが、貴方と私の仲だからこそ命じます。探究心と危険は隣り合わせなことを忘れずに。どうか、お気を付けて──。
「難儀じゃのう……」
硬く封がされている金属板を読み終え、《可逆の思慮者》ウェイカーは呟いた。赤くレーザーで掘られた文字の終わりにはミライアのサインが入っている。帝国独特の名残ある赤より更に赤黒い鋭いレーザーペンシルの筆跡だ。
空気を鋭く切れそうなほどに表面が磨かれた金属板を家に置いてある機械に通した。印刷機から紙が出るように、金属板は重厚な機械の口にするりと入り込む。何十秒か待つと3枚の薄い金属板が吐き出された。更にそれらを別の機械へ一緒に入れる。周波数的な処理が施されて、圧力をかけると合体した。1枚のミルフィーユ状となった金属板が出てくる。
そっと表面をなぞって、ウェイカーは触り心地を確認した。特定の電流を流すと、特定の電波が出るようになった1枚の金属板にレーザーペンシルで文字を掘った。
「さて、出かけるぞ。クルルク。」
「ピューイ……。」
鹿のような鋼の鱗を纏った生物が扉を半分開けて首を下ろす。モシャモシャと、ネジやらナット等の雑草を咀嚼している。その瞳は、どの鹿よりも粒らかだった。
「これこれ、外に出るから急かすんじゃない。」
扉をあけて滞在中から外出中の札に裏返す。ミライアが金属板に残してくれた地図をもとに各樹海を調査することにした。
「ピュー……ピューイ……」
「あぁ、そうだな。ここもだ。」
北北東へ約100km。グ・ドバ帝国の最北端に位置する樹海だ。持ってきた小道具を使って植物を採取する。多種多様な変圧器や半導体が採れる中で、ひときわ目立つ見たことのない植物を発見した。
「ほぅ。これが”ボール”と呼ばれている植物か……」
やはりミライアの言う通りであった。植物と呼ぶには、やや奇怪。ツルツルとした表面。目玉のような部位がギョロギョロと動いている。ボールと呼ばれるこの新しい球形の植物は、給電コードもしくはハイセンと呼ばれる植物に寄生していた。
「あまり近づかない方が良さそうだ。」
直感がそうウェイカーに囁く。これまで数多の植物を研究してきたのだ。中には捕食してくる植物もいる。牛や馬、人を一飲みしてしまう種類もいるのだ。だからウェイカーは少しの間だけ調査し、すぐに引き返そうとした。ここに長居するのは危険だと感じたからだ。
その瞬間だった。ボールが勢いよく弾み、寄生していた何十本ものハイセンが鞭打つようにウェイカーを襲う。
「なんのッ!?」
咄嗟にプラズマダガーを抜き、叩き切った。削り出る火の粉。焦げ臭い黒い煙が漂う。
「まさか攻撃してくるとは……。」
最悪なことに、あの攻撃はただの試し打ちだったようだ。先ほどの倍以上のハイセンが、ウネウネと宙に浮き始める。ボールはチカチカと点滅しており、捕食対象と見られていることは確かである。ウェイカーはダガーを握り直し、静かに構える。静寂を破ったのはハイセンだった。突き刺すような攻撃。あまりにも数が多い。切っても切っても衰えることが無い。激しくプラズマダガーが消耗してしまう。
「うっ……ぐぅ……。」
遂に、ウェイカーはがんじがらめに捕まった。背後の小さなハイセンに気づかず、足元を取られたのだ。バランスが崩れたところに重量のあるハイセン郡がのしかかり、大の字に寝てしまう。
「ピピピ……ピピピピ……。」
ボールは異音を放っていた。触手のように絡みついた太いハイセンは、無数の細いハイセンに分離した。ウェイカーの身体の皮膚を伝い、[インストール]を試みていた。やがて口腔内にハイセンが潜り込むと、ウェイカーは一時的な眠りに落ちた。
やはり、あの植物は危険だ。思い立ったが吉日と言う。ウェイカーは相棒の鹿を連れて樹海から出た。なんとかハイセンから脱出することが出来たが、幸運の何ものでもない。よく捕食されなかったものだ。次はそんなチャンスなど無いだろう。偶然だ。
昨今、増加している異様な植物や凶暴化した動物が数多く生息するようになった樹林は魔樹として
悩ましいところだ。未知を開拓するのは簡単にいかない。かと言って、放っておけば国全体が危険に晒されるかもしれない。どこまでの犠牲を払えるか、どこまで犠牲を抑えられるかが重要だ。それほど魔樹を甘く見てはいけないとウェイカーは賢学人衆の会議の際、口を酸っぱく言っていた。
「あぁ……あぁ……」
だからこそだ。ウェイカーが樹海を抜けたとき、神としか思えない存在に腰が引けてしまったのは。竜が空を覆い、地響きと共に大地に降りてきたとき、何かしらの理論的ではない運命とやらを考えてしまったのは。
「───この近くに
神はたしかにそのように言ったのだ。
○○○
調査員[Secret]によるオーパーツ・クオーリー号との連絡が途絶えてから約5年の月日が経った今日。子会社であるグノーレ・スペース・オーパーツ社とツリー・クロージャー社は、ルールズ・グループの商事、重工、造船会社の技術の粋を集めて、惑星メザラへ向けて運航していた。この日の為に、当時の録音データから状況を分析し、度重なるシミュレーションと会議を行っていたのだ。たかが5年、されど5年。幸いにも財力、軍事力、経済力がルールズにはあった。
結論、ここの貿易通路が開通すれば、リスクよりもリターンの方が大きいと意見はまとまる。前回のように少数精鋭ではなく、総勢150の大艦隊で向かうのだ。また、今回の作戦の参加に
簡単な経緯はこのようなもので良いだろう。代表者は、ルールズ家の者が取り仕切る。名も、ルールズ・アドム・ブレインと言う。
「ブレイン様。まもなく大気圏に入ります。」
レンズはメザラを捉えていた。漆黒の宇宙に浮かぶ、どんよりと淀んだ
「これより5秒後突入です。」
管制員からアナウンスが入る。慣性制御から、反重力制御へと切り替わったようだ。ブレインは深く座る。目の前に広がる、160度の宇宙が見える透明材には、硬くて重たいシャッターが落ちた。これは何を言っているか分からないと思う。物質が上から下に落ちるとき、物質を構成する粒と空気を構成する粒には摩擦が生じるのである。そして摩擦は熱を持つ。とんでもなく大きく、船を消し炭にする熱である。
このような知識が無い者から、ここでは死んでいく。それに、現代人は何となく──それはそうであると──技術が搭載された道具を用いるのだ。
船内と宇宙を隔てる透明材にシャッターが落ちると何も見えなくなった。コンマ数秒後に全域の透明材がモニターとなり、先程と変わらない外の様子が映し出される。大気圏への突入が終わったようだ。
「今どこにいる?」
「砂嵐の中のようです。威力は想定よりも大きくありません。このまま下降して行きます。」
「データでは砂漠地帯には降りない方が良いという分析だ。砂嵐を抜けても用心せよ。」
ゆっくりと船内が揺れ始めた。モニターは未だ、砂嵐の中である。粒の大きい砂の一つ一つに、並大抵の船はヤスリのように削られてしまうだろう。しかし、この船であれば大丈夫だ。亡き調査員[Secret]によるメザラ航行によって多くのデータを取得し、分析することができた。カメレオン化現象を克服したレンズ。砂嵐に負けない頑丈な船。大量の分析データ。そして彼が撒いた種は、これより花を咲き始める。
「ブレイン様、各地に点在する調査ボールの一部のアクセスに成功しました。」
「そのまま、データを取得し続けよ。」
「すぐに位置情報を割り出します。」
なぜ。なぜ、150隻以上の艦隊で来たかという話だ。少数精鋭では意味が無いと我々は学んだ。
質的な話ではない、量的な必要性だ。船は多ければ多いほど良く、一隻でも数百隻でもエイリアスを乗せた船がメザラの地表に辿り着く事こそが重要なのだ。
「エイリアスを展開させろ。」
つまり、船そのものが基地局となる。基地局が増えると、その惑星にネットワークが生まれる。この後、例えブレイン達が死のうが、調査ボールは惑星に展開されていき、より多くのデータが獲得できるだろう。
「ブレイン様。前方に何かうごめく者がおります。」
「下に付けろ。ちょうど砂漠では無いようだ。」
「着地点を割り出します。警戒ドローンを飛ばし、他の船は上空で待機してもらいましょう。」
ブレインを乗せた船が地面に着いた。警戒ドローンが数十匹飛び立ち、異常がないことを確認するとブレインの
「彼はこの星の生命体なのでしょうか……。敵対的な雰囲気は今のところ感じません。全ての感情を読み取れませんが……どうやらひれ伏してるように見えます。」
「ふむ、どうしたものか。あれが彼らの文化なのか礼儀なのか分からないな……。」
「どのようにしましょう。」
「ひとまず、我々は大森林を探そう。目的を見失ってはいけない。」
「でしたら、あの生命体に聞いてみるのはどうでしょうか?」
「……そうだな。」
ブレインの
「彼は恐怖を抱いている?」
「私たちを初めて見たのかもしれないな。当たり前ではあるか……。意思疎通できるかだけ試してみよう。少々危険ではあるが……。」
ブレインは精巧な金属の生命体に大森林の場所を尋ねる。位置情報で作られたボールのデータでは、そこは《The Forest》と記載されていたからだ。
「この近くに
「わ……分かりました。」
精巧な金属の生命体はうなづいた。そして先導するように大森林へと歩いていく。まさか言語が通じるとは思わなかったブレイン一行はキョトンとしながら顔を見合わせた。
ゆっくりと船が動きだす。位置情報は確かに向こうだった。ここから先は間違いなく、まだ誰も知らない未知がある。硬い金属の外装と賢い頭脳を持つ船は、その境界線上へと踏み込んだ。
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