『キャンプ』をカジってとんだ趣味イナゴな僕は⑨

【前回のあらすじ】

俺(秋島)自身の発案に皆が乗っかって始まったサバゲーもどき。

戦いは終焉の兆しを見せない。我々の本性は悪鬼羅刹だったのか。いくさに飢えた獣だったのか。

もうなぜ戦っているのか分からなかった。

俺達はこのカーマから逃れられないのか。今、世界は煉獄だった。



 前話で思い出せる限りの序盤の闘いを描いたが、要するに……。この戦いは以下の様に単純化できる。


 戦場にA、B、Cの3者がいる。


 AとBが戦っている。

 ここに遅かれ早かれCが参入する。

 Cはいずれかへ攻撃を始める。


 Cに攻撃された者――ここではBとする。Bは乱入者のCへ、反撃を開始する。

 Aはにわかに始まったBとCの戦いに乗じる。

 BかCのいずれかへ攻撃を集中させる。


 Aから攻撃を受けた者――ここではBとする。

 そのBはすでにCと闘っている。AとCの両者を同時に相手にできない。

 ゆえにBは離脱する。位置を取りなおし改めてAかCへ攻撃する。


 Bが一時離脱した。ためにAとCが戦闘中である。

 ここにBが復帰。BはAへ逆襲する。やはりAも、BCの2者を同時に相手どっては戦えない。

 ゆえにAが退しりぞく。すると残った2者、BとCで戦いが始まる。


 Aは補給し好位置を取り復帰、再びBあるいはCへ攻撃をしかける。

 この攻撃をうけた者も、やはり2者を同時に相手にできない。ために、やはり退く。態勢を立て直して再び戦闘中のうちどちらかへ攻撃を――


 ハイやめ! もうやめ!

 無限地獄だ。修羅道の輪廻もかくやというエンドレス。要するにこのサバゲもどき、構造的に終わりがない。

 この三すくみを打破する方法自体は簡単だ。皆さまのご想像の通りとても簡単なことだ。どの組み合わせでも良い。このうちの二人が共闘してしまえばいい。

『おい、あいつを二人でまず無力化してから、一対一でケリをつけようぜ』

 となればすぐに済んだ。口実それ自体はテキトーに作れる。


 口実は、例えばそうだな。俺と森田が組むならどうか。

「大屋の銃はどうも性能が良すぎるぜ。共闘して組み打ちに追いこもう。やつの銃を奪ってから改めて勝負しよう」

 となるか。


 森田と大屋が組むのなら、そうだな。

「秋島だけマガジン2つ使い回しだぜ。卑怯この上ない。二人で追いつめて奪ってしまおう。その上で決着を付けようぜ」

 みたいになるか。


 俺と大屋なら……そうだな。

「森田はかわいそうなぐらい銃が悪い。先に脱落させようぜ。で、俺達二人どっちが上か勝負して終わろう」

 のような感じかな? なんか全体に物騒だな。


 マァこんなやり方は禍根を残すだけで良いことは無い。そしておそらく全員が、この手の提案を受けても蹴る。プライドとか美意識からではない。

「おい、俺と組んであいつを脱落させないか?」

「ウムそうしよう! と見せかけ後ろから……シヌのはおまえだァー!」

 と先に奇襲するだろう。ゴールもご褒美もないのでどうせみんな勢いで動く。ルール上でも欠陥を抱えている。


 相も変わらず大屋は筋肉連射を着実にかまし、命中させる。

 たしかに銃が良い。加えて、ムカつく事だががいいのだと思う。当てカンは才能であり感性であり、原石だ。競技や武道の種目によるが、誰もが喉を突き破って手が伸びるホド欲しい才能だ。むかつくぜ。

 俺は俺で、森田の戦法にヒントを得た。小刻み装填リロードだ。

 マガジンが二つある。つまり隙をみては予備マガジンに一個二個チマチマと詰め込む。そうしながらでも手中の銃を撃てる。森田の見せた必死な粘りが、俺を学習させてしまった。

 実戦の中で成長する男それがオレ……秋島。ふふふ。戦いの中でこそ成長する男。そう呼んでくれても一向にかまわんぞ。いい響き。

 後半はポケットの中の予備マガジンに、手探りだけで弾を込めていたからな。装備だけの卑怯者じゃないぜ。


 しかしそんな些事は実はどうでもよかった。俺は森田と言う男を忘れていた。借り物のバイクでフルアクセルを握り込む男。そのバイクから躊躇なく飛び降りる男。結果バイクが大破しようが苦笑いで流せる男。

 大屋の正確な連射ねー。確かに怖いねー。それごときより、本当に恐ろしいのは森田だった。


 さらにドタバタやりあった攻防のあとで、経緯は覚えてない。

 俺は森田と相対あいたいした。どうせ、ヤツの上限は16発だ。俺はナめてかかった。俺が撃つ。森田は止まらない。当たったぜ。……だが弾を受けたら停止というルールはない。ヤツも撃ちながら間合いをつめてくる。


(相変わらずの突進か)


 俺はつとめて冷静に、何発も撃ち込んだ。森田も反撃してくる。

 だが所詮、ヤツの暴れ馬な銃ならコワくない。かまわず俺はペースを上げ叩き込んだ。このへんで森田は片手を上げて、顔を保護するような仕草を何度かみせた。

 そうだ、怖いだろう。ここは退くのがいいと思うよ。そらそら。だがやはり突っ込んでくる。止まらない。

 いやちょい待てって。もう互いの距離は5メートル切ってる。俺が撃ちこむ。森田が突っ込む。もう4メーター、いや3メーター? いまや目の前。

 これはもうオモチャで撃ち合ってる間合いじゃない。


 見苦しいのを承知で全力で言い訳する。負け犬の遠吠えとも言う。この場面で互いにもってるのが竹刀や棒っきれ、まして素手なら決して誓って、俺は半歩も退かなかった。チャンバラなら望むところ、組み打ちでもただやられはしない。我ながら言い訳が過ぎるなァ。でもそう思うもん。

 少年剣友会のころから俺は「一歩も引くな」とあらゆる師に叩き込まれてきたのだ。特攻帰りの噂があった爺さん先生、地元の体育大生、部活の顧問にもだ。成績が落ちて親から部をやめろと言われたときも、真剣に相談に乗ってくれたあの先生は元気かな。

 ともかく何の勝負も退けば負けるものだ。ポーカーとかのボードゲームも結構そうかもね。じゃなく、気圧されて退いたらまずやられちゃう。


 俺と森田は、それぞれがあと二歩ずつ前に出ればぶつかる。それほどに近づいた。森田はいまだ射撃をやめない。

 正直に白状すると、そのとき森田の眼に俺は心底ふるえ上がった。恐怖し畏れた。すべて放り出して逃げたいと思った。

 森田の目は言っている。

(どこまでも追う)

(そしてこいつは倒す)

 あのね、それはもうね。遊びでする眼じゃねーのよ!


 俺の心と身体は『賢明にみえるけど最も愚かな道』を選んだ。

 逃げながら森田に弾を浴びせる道だ。オイオイくんな。コッチくんな。こわいよ。距離詰めてくるなよ。俺はただ下がった。

 後ろへ駆けつつ、振り向いては撃つ。近い分マトがでかい。俺の射撃は全て森田に命中する。森田の弾は――走りながらのせいか、銃の性能がヒドイせいか、アチコチにそれていった。弾の当て合いだったらとっくに俺の完全勝利なのに。しかしここにルールはなく審判はいない。もうこわいんだよ。こいつヤバいって。


 ちなみに最後の敵は自分でも他人でもなかった。自然だった。最終的には、無感情で笑えない罠が俺を敗北させた。


 前を見る、後ろの森田へ撃つ、また前を確認しつつコッキング、振り向いて後ろを撃つ。こんな逃げた走り方をしているうちに俺は、木々のカタチづくる〝ひさし〟に突っ込んだ。ひさし……で通じるだろうか?

 川が岸を流して作った斜面の上に、ガケの上からさらに草や木の枝が伸びて、張り出しているアレだ。上からは下が見えにくい。下からもガケ上が見えない。ひさしのようにせりだした、あの地形だ。

 逃げつつのダッシュで低木の枝に突っ込んだ俺は、そのまま突き抜けた。ひさしの緑の壁を突き抜け、ガケから飛び出してしまった。

 つまるところ、一瞬にして空中にいる人になった。


 トムとジェリーなら手足をクルクルさせて下を見てから地面がないことに気づき、カメラ目線で泣き顔してから、やっとピューンと落ちてくシーンである。

 

 高さは3から4メーターの間ぐらいだったろうか。これはケガ確実かもわからんね。見下ろした瞬間の光景が頭に焼き付いている。

 上半分は灰色。コレは硬くトガった河原ゾーン。下半分は焦げた赤茶色。デコボコの赤土じみた急斜面ゾーン。

 このあとは体が勝手にやった感じでよくわからない。左足がガケに触れるなり、右に向けて地面を蹴った。いくらか逆方向の横に飛んだ。落ちてるけど。俺の重心は右に動いた。いや落ちてるけど。つぎに右足が斜面に接地、また逆の左へ飛ぶよう出来る限り踏んだ。急斜面をうまく落ちる練習なんてしたことないけども、これも一種のカンなのだろうか? 

 まったく人体というヤツは不思議でいっぱいだ。

 ケガしなかったのはこのおかげかもしれないし、あんま関係なかったかもしれない。少なくとも俺は真っすぐ滑落せず、ゴロゴロ転がり落ちるでもなく頭が上のまま地面に向かった。ほんと頭から行かなくてよかった。


 そんでバッシャン。盛大にばっしゃーん。渓流にバッチリ落下。両足と両手を思いっきり突いて着地。っていうか着水。

「やべイってェ!」

 と思わず叫んだ。だが実は叫ぶほどには痛くなかった。なんかとりあえずイテッて言っちゃう時あるよね。

 手足は衝撃でビリビリジンジンしている。いや、痛いのはまあまあ痛い。でもすごく鋭い痛みではない。うわー……ずぶ濡れだ。手足の感覚が戻っているかを確かめつつゆっくりと起き上がった。手首と足首は着地で思いっ切り地面に突いたせいか、ちょっと捻挫っぽい。それでも思いきり変な方向にひねらなかった。突き指のデカいバージョン程度だ。これも幸運だ。でもどうしよう、この状況。


「おい! 大丈夫か!」

 と上から森田。ちょっと遠くから大屋が顔出して、心配そうに見ている。

「問題なーい」

 と返事しつつ手を振って、指でオーケーを示す。

 あとから言われたが森田はこの時、俺を殺してしまったかもと思ったそうだ。ある意味それ合ってるからな。かつ矛盾してるから。おまえあの時、俺を殺したい眼にしか見えなかったからな。

 とりあえず大丈夫と分かると二人は一転して俺をバカにし始めた。

 心配モードから嘲笑モードへの切替が早い。ヘタレだのダサいだのトロいだの前を見ろだの調子に乗りすぎだの、スゴイ楽しそう。

「ハイいーよいーよ俺は負けで。俺はもうやらん。勝手に続けてくれ」

「じゃあ一先ず終わりにするか。そうふてるなよ」

「別にふててない」

 俺はそう返したがしっかり不貞腐れていた。そういえばなんか俺ちょくちょくフテてるね? 

 俺だけ靴からガポガポと水の音をさせつつ、キャンプへ帰る。濡れネズミ姿をさんざ笑われる。さらにフテた。

 

 さてと。上は着替えれば問題ない。どうせTシャツだ。

 靴がなぁ。乾くまでかなり不快だろうと思った。しかし素足で履いてカカトを踏んでしまうと、さほどキモチ悪くなかった。そんなグッズはどうせ無いが、ヘタにサンダルなんかで指出して歩くよりいいか。指がむき出しよりは。後は、脱いでは厚紙やら新聞紙やらを突っ込んで水を吸わせつつ、スニーカーをツッカケ続けた。


 問題はズボン。古着屋でキャンプのために買ったデニム。

 古着屋といっても、厳選してオシャレなヤツを並べるタイプの古着屋じゃない。なんでもかんでもとりあえず吊るして、宝探しは客が勝手にしろな感じの古着屋。

『この箱のなか 500円』

 とサイズバラバラの服が詰まった段ボール箱がドンと置いてあったりするタイプの店だ。

 無造作に吊るされたデニムの中から、俺はこのキャンプで使い潰す気で一本選び、それを着ていた。お値段は二千円。もうばっちり肌に張り付くほど水を吸ってる。俺は下をスウェットに着替えた。一応、文明人の見た目に戻った。

 だがこのスウェットは生地が薄い。もともと重ね着用に持ってきて、初日の冷えにも耐えなかったので放っといたモノだ。素肌よりはマシというくらいで、深い草むらも安心して歩けない。スネになにか当たったら悶絶だろう。参ったな。


「おまえさあ。そこまで濡れたんなら徹底的にすすぎ洗いしてから乾かした方が良いんじゃねえか?」


 大屋がものすごーくもっともな事を言った。それもそうだよなぁ。

 靴ツッカケのヨチヨチ歩きでトイレの方の流し場に向かう。俺はジーンズに思い切り水を通し、石鹸であちこち擦ってから、すすぎまくった。でも結局はコイツをどう乾かすかなんだが……。

 ぼけーっと濡らしては押したりしぼったりしつつ思案してると、用を足しに森田が通りかかった。さっきまでの仇敵だ。


「よく来たな。秘剣・水神の太刀!」


 俺は森田に向かって濡れたジーンズを振り回し水滴の嵐を浴びせた。浴びせたのだが……ヤツは既に殺人鬼から、いつものどこかシレっとした落ち着きの森田に戻っていた。

「いやフツーにやめてくんね」

 とすごい嫌そうな顔で、ダルそうに言われた。

 こんの、こいつ……このゲロ吐きマン……いつか絶対泣かす。ぜったい泣かすからな。おだてられると吞みすぎてしまう。お前の弱点は既に把握済みだからな。


 そう誓いつつ、ジーンズを振り回したり絞ったり。とにかく水を抜く。

 コレが乾くまで俺は自由に動き回れない。つまり野外を全くといって楽しめない。じゃあテントに引きこもるしかない。悲しすぎるよ。

 まだ雨は降ってきてないが、雲は重く暗くなっている。時間の問題だ。どうすっかなあ。


 次回、俺はついにジーンズを料理? する。

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