『キャンプ』をカジってとんだ趣味イナゴな僕は⑩
【前回のあらすじ】
渓流に思い切りドボンした俺。はいはい自業自得。
さて問題は完全に水に浸かったジーンズだ。ワークウェアはなんでもそうだが、生地が厚いから頼もしい。そして厚いので乾きにくい。
んでファッションというか衣服全般のあるあるだが……同一もしくは似たようなモノで『デニム』『ジーンズ』『ジーパン』など呼び名がたくさんある。
煩雑なので、ここではジーンズで通す。
そうだ。言ったことはしっかり回収しておこう。
つまりこういうアクシデントが起こる。他にも理由を述べるが、こんなサバゲもどきをマネしてはいけない。
そんな地形の分からない中で、みんなして縦横無尽に走りまくった。だから川にドボンなぞする奴が出る。地面は木の根でデコボコ。
誰もコケなかったのもマグレだ。
そう……俺がマヌケだった訳じゃないよコレ。
不幸にも川に落ちたのがさ、まあ偶然にも俺だったわけよ。
言い訳じゃないもん。危ないのは事実だもん。事実は事実だもん。
まだある!
俺たちはそれぞれスポーツグラスで眼を保護していた。大屋はフレームもレンズも黒でムキムキなもんだから、ほぼ小さいターミネーターだった。
俺と森田はクリアなレンズだったがアヤしさに大差ない。
さらにハンドタオル、バンダナ等で顔面を保護していた。つまり覆面。
〝渓流釣り妖精のおじさん〟以来、この付近で人間に出会わなかった。だがもしも、間の悪いことにハイキングの一団にでもバッタリ出くわしていたら。
俺たちがこっ恥ずかしく気まずく
「あっ……なんか本当スイマセン……こんなことしててスイマセン」
などと謝ってスゴスゴ引っ込んでミジメで済めばいい。まだいい。
が、この手の遊びに過敏な人はどうしたって居るからな。いきなり通報はないだろうが……いや~。わからないよね。
さらにまだある!
これは後から知ったのだが……。バイオBB弾といったって二日や三日では分解されない。土に還るまでの期間には諸説ある。そこを俺はまったく考慮してなかった。
アリさんがビスケットを食う勢いで消え失せるだろう、と理由もなく思い込んでいた。無知というより考えなしだね。これは良くない。
戦場はテントを張るのに向いてない場所だ。
なので、あまり考えにくいが……直後にあの戦場でアウトドアを楽しんだ人がいれば、BB弾が落ちてるのは不愉快だろう。
うん。あまりいい気分がしないと思う。
『いずれ分解される訳なのだから、それはそれ! 遊ぶ自由は遊ぶ自由!』
とムリヤリ開き直れなくもない。
……いや厳しいか?
なんにせよ出来るだけBB弾は拾うべきだったよ。そもそも微生物が豊富にいない場所に落ちたモノは、分解されないらしい。当たり前だよな。今回はコンクリやアスファルトでなくすべて土には落ちたわけで、いずれ分解されたろう。
そこだけちょっと救いだ。
このように色々と責められればグウの音も出ない。
だがノンフィクションだからな。なかなか大変だぜノンフィクションというのは。在った事だからなァ。味も素っ気もないことだって、書かなきゃならないのだねェ。
さてさて、時を戻す。
俺は反省どころでは無かった。焦りに焦りまくっていた。
いつ雨が降り出すかわからない。なのにジーンズは、ほぼ水浸し。
間に合わせのスウェットは薄い。パンツ一丁よりマシな程度。簡単にスリ傷を負う。
この状態では俺だけが何も楽しめない。
クツ底に敷いた新聞紙や厚紙を、マメに取り換えた。
ああ! ガンガン日光が照ってさえいればな!
……曇り空が恨めしい。ホカホカの地面にジーンズ干せるのになー。
一方でスニーカーは思う以上に乾いていく。水を吸わせてるからか。それにツッカケとはいえずっと履いている。
つまり体温が触れているからだろうか。これのおかげでかなり違うんだろうね。
んん?
体温。熱……やはり熱か。乾かすには熱か!
俺はテントのルーフに吊るしたジーンズをさわってみた。固く絞ればまだ水滴が出そうだ。だめだ、全然変わってない。
この時俺は、コイツを乾かすことだけしか考えられなくなっていた。サバゲが終わった後に時計をみると、なんだかんだ二時間ちょっとしか遊んでなかった。
これについて、他の二人と会話を交わしたのを覚えている。
「ずいぶん遊んだ気がするがやっと午後か」
「熱中してると、こんなものなんだな」
みたいな事をしゃべった。
しかしこの後、昼に何を食ったか全く覚えていない。
あれだけ走りまくった。絶対にエネルギー補給したはずだ。どうせ乾麺のたぐいか、パックご飯レトルトセットなのでメニューはどうでもいいのだが……全く覚えていない。
俺はそれだけ上の空だったと思われる。冷静とは言いがたい。
『ジーンズを乾かしたーい!』
これ以外に頭が一切まわらない。悶々と手を考えた。
「なあ、ナベでさ。焚火を弱くして俺のジーンズを熱したら、乾くかな」
ふと思いついて提案した。これを聞いて、大屋と森田は怒り狂った。
なんか立派なお寺の門の左右にいる明王像コンビみたいだった。それか神社の狛犬コンビ。二人して激怒した。
「なぜにお前のジーンズをじかに加熱したナベで、今後おれらのメシを調理しなきゃならんのだ! 食欲が失せる。ふざけるのも大概にしろ!」
と二人はキレ散らかした。
今考えれば正当な言い分だ。しかし、この時の俺は乾かすことしか考えられない。
(なんかケチな奴らだな)
ボケーッとそう感じたぐらいだ。
ゲームでいえば
しかし俺達のパーティーには、回復魔法の使い手や、アイテムなどで助けてくれそうな役どころはいない。むしろ全員が物理でごり押しそうなタイプである。
以降BGMはブラック・サバスの“パラノイド”でお楽しみください。ともかくあのベースラインぐらい俺は焦り、落ち着きを失っていた。
どうするかなぁ。ナベで熱するのはダメだってさ。
そういえば……焚火で熱した石の上で貝などを焼く。これをサバイバル番組がやってたな。河原には石や岩が選び放題にある。不審者と化した俺は徘徊した。
そして、ちょうど雪だるまの下半身ぐらいの岩を見出だした。コレだ!
岩のわきを手でガサゴソ掘る。
一応は風が通り、火を焚けそうなスペースを作った。
この岩を……焼いてやる!
焚き付けのスギの葉を大量に拾い集める。
トイレの屋根の中に集めてた分も、根こそぎパクった。これは俺が雨天に用心して放り込んでいたものだ。文句は言わさん。
まだまだ枝を拾い集める。小さかろうが細かろうが集める。
枯れ葉。青い葉。若木っぽい枝。
どれだけムダに煙を吹いてもいい。燃えれば質はどうでもいい。とにかくたくさん集める。燃えればよい。
熱だ熱。要るのは熱源だ。燃焼だ。
ザッツ・ホワット・アイ・ウォント。
濡れたクツのカカトを踏みつつ、たよりないスウェットでの作業。しかし曇り空は今にも泣き出しそうなんだ。なりふり構っていられるか。
岩のわきっ腹に燃料を詰め込み、ターボライターで火を付ける。つきにくい。むせる。ケムリばかり出る。焚き付けで無理やりたたき起こして炎を上げる。
マジで炎の匂い染みついて、むせる。
ええい、勢いが弱くなったら杉の葉ぶちこみゃ良いんだよ!
轟轟と燃える。いけいけ。
しばらく岩を焼き続け、おれは恐る恐る表面に触れてみた。
あ、暖かいぞ。こいつ暖かいぞ!
思い切り石の表面をペシペシ触る。ぬるめのお風呂ぐらいになってきたと思う。
(火力! もっと火力!)
必死で燃料追加。スギの葉っぱのおかげで炎はハデハデ。もうはっきりと分かるぞ。
岩が! こんなにも暖かい!
この杉の葉クンという奴は大抵の山にごまんと落ちてる。そして一級品の焚き付け材だ。湿気を吸っている生木は頑固だ。頑固オヤジだ。
「オラは燃えてやらねえ!」
と抵抗してくる。今の俺には続々と投入できる杉の葉が救いだ。
ひょっとしたら、花粉症の方にはコレ、けっこう忌々しいのかもしれないな。
どこにでも葉が落ちている。つまりどこにでもスギが植えてある証拠だもんね。だが、頼れるヤロウだ。ヘタな紙くずより良く燃えて取り放題というのがイケてる。
俺はテントへ取って返した。そして濡れジーンズをひったくり!
『ビターン!』て感じで岩に貼り付けた。……ジーンズの岩焼きは、ここに成った。
「おい! この岩あたたまったぞ!」
俺は嬉々として叫んだ。
森田と大屋は……べつに面白くもなさそうな顔で、河原に座って俺の奇行を見物していた。やつらの関心は〝雨が降ったらどうヒマを潰すか〟に移っており、くっちゃべってた。
まったく手伝ってくれなかった。だが俺が逆の立場でも一切手を貸さなかったと思われる。マァそれはいい。俺は孤高の闘いを続ける。火にむせる。
「なあ、効果あるのか。その……ジーンズの石焼き」
「あるに決まってるだろ。熱してるんだからな」
俺は断言した。が、実は成算はない。いいの。もうこれは意地なの。
「ジーンズ燃えたりしないか?」
大屋がなんとなーく言った。
「学がねーなぁ、オメーは。布の着火点はたしかこう……何百度とかだぞ。大丈夫だ」
このくらいで岩の温度、そこまでいかないだろ。しかし憎まれ口を叩きながら俺はほんのちょっと不安を煽られた。いやいや。流石に無いだろ。
なお大屋の成績はソコソコだったので、学が無いという皮肉にはあたらない。言葉遊び。そのうえ筋肉があり実家は裕福でモノ持ちでスポーツマンで成績もマァマァ良い。そういうところが少しキライだぜ。
森田はまぁ……赤点を乱発していた。
厳しいことで有名だったからねェ、あいつの部活。毎年かならず一人か二人は留年者だしてたからな。実際どうなんだそれ。留年の神様に毎年イケニエ差し出してんのか。そういう恐ろしい儀式の因習めいたアレか。
ともかくそんな環境で進級したのは凄い。森田は学が無いのではなく根性がある。ただ加減を知らないだけである。
ホカホカになっていくジーンズを見守る。が、期待したほど乾いていってはくれない。なんかもうイライラしてきた。そして無慈悲にも、最もおそれていたその時は来た。
……雨が降り出した。山らしくヒンヤリした雨が、本格的に。
ほんとに俺は地団駄ふんだり毒づいたりしてたい気持ちだったが、さらに雨にまで濡らしてはなにもならない。
大屋と森田はとっととテント内に引き上げた。俺はジーンズを回収して後を追う。手に取るとほら、せっかくホカホカしてるのに!
またテントのルーフ下に吊るしとく。どうせ乾かないだろうけど。
そして……眠った。
ヒマつぶしどころではなかった。テントの中、しばらく川の字で何やかや話していた俺達だが、だれからともなく正体もなく眠りこけた。
これはこれで、たまらない中毒性がある。
優しく地面とテントを叩く雨音。水にぬれ立ちのぼる、土と草木の匂い。シュラフなしで心地よい涼しさ。最高の贅沢だ。
ここ数日来の疲れに、極上の安眠シチュエーションの追撃。
耐えられるはずがない。夢も見ず寝た。
どうせ、眠る以外どうしようもなくもあった。出来ることがなにも無い。ジーンズ焼きを続けたい俺の未練もさすがに微睡みに丸呑みされた。
ま、今回はこのへんで、このクタビレ三人を寝かせといてやろう。
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