『キャンプ』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は⑥

【前回のあらすじ(要らん気がしてきた)】

正直半泣きしそうになりつつ、やったことない魚の下処理をなんとか終わらせた俺。あとは調理だが……調味料は醤油しかないことが明らかになった。



 醤油はある。そして醤油しかない。

 塩と砂糖も無い。酢や料理酒、味噌は言及するまでもない。もともと俺ら三人は、それぞれのバックパックの中身を完全に共有していなかった。調味料の〝さしすせそ〟のうち、醤油しかない。

 これまで味付けと言えば、

「はい、〝さ・し・す・せ〟を大まかに混ぜる! 指でなめる! ヨシ不味くはない! はい投入!」

 でナベ・フライパン調理を済ませてきた。そんな俺は、暗い気持ちになった。あのテキトー戦法は使えんな。

 刃物をつかう上、初めての作業をしてけっこうクタビれている。ネガティヴモード手前である。しょせんフクオカシティの町っ子。社長宅に銃弾撃ち込まれる系の夕方ニュースに慣れてはいても、この手で二十数匹の魚をバラすのはなんかキツかった。我ながら情けない話だが……。

 

 もう時刻は17時過ぎ。あと1時間は、まあまあ明るいか?

 釣り終了~戻ってきて口論~なんだかだ魚を刻む、と経過したわけで、そりゃこのぐらいの時間にはなる。大屋がバケツを下げて戻ってきた。水場で魚を洗うのに飽きたらしい。

 大屋にも味付けの意見を求める。

「ということで醤油なんだがお前なんか、持ってきてないか」

「醤油があるんならいいんじゃねぇの。違うの?」

 と言う。そんな甘いもんではない。

 俺は、若さゆえの過ちで醤油でワカメと麩のスープを作ってしまったことがある。なかなかバカだった。澄まし汁ってそういうことじゃないんよ。色から想像して、レシピも見ずあんなもん作った俺はその時なんかハイになってたのだろう。想像を絶するマズさだった。あの川魚、いくらかダシでるのかなァ。煮干しとかじゃないし、見当つかねぇ。


 なにやら焚き火が轟轟と燃えている。

 森田は火をやたら景気よく燃やしたがる。俺と大屋が釣りに行っている間に、コイツが燃料を投入しまくったのだろう。なんか仄暗い欲望の解消だが、自分で木や枝を拾ってくるので特に文句はない。が、今は火が強すぎる。

 組まれた燃えさしをくずして掻き出し、弱火にした。


 そうだ、記憶力の良い方は、序盤に紹介したので覚えているかもしれない。

 我らのカマドは石の上にあの……道端の側溝のフタに定期的にある鉄アミのアレ。偶然発見した、あのガッチリした鉄のアレ。アレをドーンと渡しただけのカマド。鉄板などはない。どうあがいても直火になる。当然ながら加減がムズい。ちょっと炎が上がれば即、ナベ底を直撃する。実際すでにナベの外側は真っ黒。これは大屋のナベなのでそれはいいとして。


 味付けも問題だが、どう加熱する。もー。なんか、俺ばっかり悩んでないか。

 小魚と言えばまずまず相場は決まっているよね。〝揚げる〟のだ。しかしたっぷりの油がない。〝揚げる〟はムリ。ハイ次。

 じゃあ〝焼く〟か。しかし、BBQに使うような鉄串、木の串はない。網焼きにしようにも、ここにあるのは網ではなくて……排水溝のアレなので、スキマがとても大きい。200gステーキでも、ヘタしたら滑り落ちる。だからこんな小魚は、絶対スキマ抜けて焚火の中に落ちちゃう。

 それにおそらく、火の強弱が俺達には正しく読めない。ガスならまだしも焚火だ。

「生焼きは怖いよな!」

「そうだよな!」

 って念入りに焼きすぎて、魚がほぼ炭と化すであろう。この展開がありそうだ。では、ナベをフライパン代わりにして焼こうか。しかしナベに敷く油が無いので。

「ベーコンやハムを開封して、脂身をちぎって集めるか。なんとか焼けるかもしれない」

 俺は大屋と森田に言ってみた。

 が、

「そんな物悲しい作業はしたくない」

 と反論された。確かにそうだね。それに、このナベは――大屋にシッカリ洗う約束をさせてあるとはいえ――コイツは、明日も明後日も使う。なるべく、内側は汚したり焦げたりさせたくない。


 じゃ、やっぱ煮るしかないか! 水と醤油で煮るしかないよ。


『水で薄めた醤油で、

 との表現が正しい。なんか煮物に失礼だろ。煮物ってほらこう……もっといろいろするだろう、工夫を。落とし蓋とかいろいろ。工夫して時間もかかる。煮物の称号は安くないだろ。オレ大変そうだから煮物しないもん。


 んでね? 俺の人生でこの時ほど。まさに今この執筆している、この瞬間まで含めてこの時ほど。


(ああ! アルミホイル。アルミホイルさえあればなあ~っ!)


 と熱烈に思ったことはない。一緒くたに魚をくるんで、何ならベーコンとかハムを無造作に放り込んで。ほぼ醤油味とは言え、ちったぁ塩っ気とウマミの出たホイル蒸し焼きができたんじゃないか。スキマから落ちないし。


 あー。ないものねだりヤメヤメ。

 ひとまず水を火にかけ、パックご飯を投入。十分にあたたまったら、取り除く。なお、菜箸さいばしはない。誰も気が回ってなかったので、元からない。それに気が付いたのは到着してからだった。ナベを動かすときは、濡れタオルをナベ掴みの代わりにしている。ナベから何かを取り出すときは、普通のハシでいく。重くてハシで取れない、パックご飯やレトルトパウチは最悪、指先でつまむ。

「熱! 指あっつ!!」

 となったら渓流へ猛ダッシュ。川につっこんで冷やす。これが俺たちのヤケド防止法であり、なんかもう風物詩であった。

「あー……またアイツ川に走ってる、夏だなぁ」

 みたいな感じ。山の川って冷たくてスゴイね。こんなんでもヤケドや水膨れは一切なかった。他の二人は知らんけど。

 

 いつも通り脱線したところで続き。

 いったん沸かしたので、ナベと水は予熱をゲットした。まず多すぎる湯を捨てる。ここに魚を投入するとぐらいになるだろうな……って所に、水位を調整する。そして醤油をナベに投入。

 茹でると決めてある以上、沸騰すりゃいいんだから火はちょっとでいい。なんかしらんが大屋は感心した風で、腕組んで眺めていた。なんなんコイツ。

 あとは魚をナベにぶち込み、ついに火にかけるのだが……俺は雷光のようにひらめいた。この時、オレに電流走る――。

 ラーメンやらソバの、即席麺の袋が目に留まったのだ。オイオイ、調味料がないと思ってたが、あるじゃないか。しかもプロの食品メーカー様の完成品がここによォ!

 どうせすぐ腹が減るから、俺達は麺類を、一人あたり2玉でナベにぶっ込んで食べていた。しかし2玉食うといっても、スープまで二人前を飲み干すわけではない。ちょっとさすがに、うぇっぷ、ってなる。

 つまりこの粉末スープなどなどは、余らせようとすれば余る。なら、この市販のメン製品の付属スープを使えばいいじゃないか!

 絶対マトモな味になる。ナイスアイデア俺。そうしようぜ、と言うと……二人はとっても嫌そうな顔をした。なんなんお前ら。


「せっかく釣った魚をトンコツ味にすることはない」と大屋。

「しばらく続くから同じ味はイヤだ」と森田。 


 殺生と刃物作業疲れの挙句、この羽毛の様な些細な追撃で俺はついにふてくされた。

「あーわかった! ハイハイ。もう知らんからな。もーマズくても知らんからな。もーおれなーんも知らん。言えることは言った。文句いってもぜーんぶ知らんからな!」

 醤油しか入ってないという事は、醤油の味しかしねーぞ。淡白な川魚に、湯を通すだけなのだぞ。醤油水で。

 読者諸賢に日々自炊やご家庭料理をされている方がいれば、俺より分かるハズだ。もちろん調味料が醤油だけでも美味しい料理はできる……だろう。でも、それは合わせた食材の味とかの、ありがたい力添えあってのことなのであって。キノコとか、薬味とか、まる天とかのアシストあってのことさ。

 ……そ、そうだよね?

 もしくはバターやマヨネーズ、明太子などの、単体で強烈なパワーを出せるスーパープレーヤーがいて、あと必要なのは醤油だけかも、ぐらいの時だよね?


 なお誰かがスネるとたまに、

「いちいちふてんなよ」

「うるせえしね」

 などの挨拶を儀礼的に交わすのだが、字面じづらが殺伐としすぎるので、当キャンプ記では全カットしている。ご了承ありたい。


 俺どうなっても知らね。河原に大の字になりたい。もう俺しーらね!

 そんな気分で後を引き継いだ二人の手並みを見守る。火にかけるとすぐグツグツ沸きはじめた。なんか灰汁っぽい泡が出ている。でも醤油色で何なのかわからない。どうするべきかもわからない。皮とか背骨、取り除いていないからな。ナゾな汁は多少でるだろ。知るか、野となれ山となれ。

「もう大丈夫かな?」

 と大屋。いやもー俺知らね、と言いたい。だが、まだ魚に色が染みたようには見えない。

「もうちょっとじゃないか」

 と言っておく。ここの厨房、自信家が不在なのである。

〝ソロソロイイカー〟

〝マダジャナイカー〟

 がやまびこの如く、何度か繰り返された。結局、半ばみんなが飽きてきた。

「もういいだろう。多分いいだろ」

 ということになった。もう薄暗くなり始めている。みんな考えるのがめんどーくさくなってきた。


 よし、ついに実食だ!


 見た目は……醤油色。醤油色の小魚。一尾、食ってみる。うーん、すごい淡白な白身。骨は全く気にならない。小骨も背骨も、ほぼ歯ごたえなく噛み砕ける。で、醤油だけの味。で、非常に良くないのが……臭みが抜けてない。さほど強くはないが。

 大屋と森田も箸をつける。

「不味くはないな」

「まあ……食える」

「生臭い。もっと醤油を足そう」

 醬油をドバドバ入れて、軽く一煮立ちさせる。完全に力押しである。その醤油味を、白ごはんでガンガン胃に押し込む。二十数匹とはいえ、ほぼ小魚だ。腹減りの男三人で分けると、少なかった。

「ネギとかショウガとか、なんか入れるべきだったかな」

 と森田がもっともな事を言った。うん、なんかそういうのが入ってたら全然違ったかも。


 ひょっとしたら紫蘇しその葉っぱとかなら、そのへんに生えていたのかもしれない。が、誰もそういう知識はなかった。ベランダで育てたことはあるけど、山野で見分ける気ではなかったからな。なんかと間違えたらやばいんでしょアレ。なんにせよ俺は止めたと思う。人目のない山林にヤバイブツを不法投棄するヤツ山ほどいるし。ある程度人通りがある農村の畑付近とかの方が、土壌は安全だと俺は思っている。


「おい大屋、俺にもヤマメを食わせろ」


 と一口二口もらってみた。お、少し脂っ気があってやわらかいか? しかしやはり醤油味でわからん。総括して、今回の茹でモノは料理としてどうかと言えば……微妙もしくは、アウトだ。残念だが認めるしかない。

 ただ、体が欲しがってたものがみなぎる感はあった。これはよかったんじゃないか。たとえるなら……なんだろう。超久しぶりの濃いエスプレッソ? 仮眠直後の頭の冴え? すごい空腹時にドーナツ食った後? 

 そんな風に頭がエイッと働きはじめ、気合いが戻るのを感じた。空きっ腹に良質なタンパクと白米を食ったので、元気でたのかな。

 それに効果はともかく、小骨のカルシウム。これはたっぷり補給できた。落とした頭蓋骨以外は、全部食ったからな。じゃがりこ程の歯ごたえもなかったぜ。麺、ごはん、加工肉ばっかりで、カルシウムなんて食ってないもんな。

 味がアウトで単調なりにも、俺は満足した。殺戮者としての責任は果たしたと……言えるんじゃないか? 立派に自分の血肉にしたから。


「じゃあ、俺ぁナベを洗ってくるわ」

 と大屋も元気がでたのか、内側が黒~くなったナベを持って出かけようとした。が、森田が言った。

「でも俺、まだ腹すいてんだけど」

 たしかに一人8匹ちょっとの小魚を、パックご飯でワシワシ食べただけだ。

 いやあ。でも肝心のナベが、あの状態ではなァ。醤油か焦げかで、内側真っ黒。実は俺も物足りなかった。そこで今夜は酒宴を張ろうとこっそり決めた。物足りない分、ツマミ食べちゃお。


 なんせ、この日の俺たちには心の余裕がある。心の支えがある。

 すなわち、森田が調達してきた段ボールがある。グッスリ眠れるはず。

 だからさ、森田は今日のMVPなんだから、どうしても腹が減るなら大屋がナベを洗ったあとに好きなもの作って食えばいいじゃない。好きなもの好きなだけ食べたらいい。俺はそんなことを言った。

 それじゃ、と大屋は流しへ、ナベ洗いに出かけていった。

「いま食いてーんだけどなー」

 と森田は言ったがどうしようもないだろう。それにナベは大屋が洗うべきだし。言い逃げは絶対に許さん。

 森田は魚のハラワタをわざわざ二重にしている袋をひらいて見て、

「これ、燃やせばよくねーか?」

 と言う。俺は魚の生首と目を合わせながらソイツを掻きだしまくったので、あんま見たくないんだよ。

「いや。焚火で生ごみを灰にするの、すげえ時間がかかると思う」

「埋めちまうとかどうよ」

「虫もだけど、カラスとかも来ちゃうんじゃね」

 しょうもないことをダベッてると、意外と早く大屋が戻ってきた。うわ、ナベめっちゃ綺麗になったじゃん。やるじゃん。

「いやー余裕だった。みろこのキレイさ」

 みたいに言うので俺は少しムカついた。どうせならもっと焦がせばよかったわ。


 ナベが復活した。食おうと思えばいつでも何か食える状況となり、逆に森田は落ち着いたっぽかった。何か作ろうと言わなくなった。陽はとっぷりと暮れた。俺たちはくすぶる焚火を中心におくつろぎモードとなり、スマホをだして眺めたり、だらだらとバカ話をした。


 なおスマホだが、別にこれはだね。

『見ないようにしよう』だとか『野外にきてスマホいじってるのは冷める』とかの決まりや、互いの了解があるわけではない。もしなにかの拍子でポケットから落ちれば河原の石に直撃し、斜面なら転がり落ちる。悪くすればそのまま水没。

 誰もポケットに入れて持ち歩こうとは思わなかった。あとムダにバッテリーを減らすのもよろしくない。結果、みんなテント内に低電力で置いておく事になっていた。

 事前に週間天気レベルで分かっていたことだが、三日目ぐらいから天気があまりよろしくない。つまり明日からだ。これはみんな知っていた。

 平地の予報は降水確率30%くらい。平地の30%。これはもう斜面のキャンプ地では雲がたまって、だらだらと一日降るぐらいに覚悟した方がいい。一方でまったく降らなかったりするのが山のわからんとこだが。


 森田がやはりハラワタを燃やしたがるので、メインの焚火でやるなよ……やるなら勝手に、すげえ離れたとこでやってくれ、というと嬉々として燃やしに行った。よくわからん。

 

 俺は脳裏から魚の生首と、鮮やかなハラワタが離れない。たかが町の坊ちゃんごときが、慣れない事するものじゃないなァと思った。だが次はもっとうまくやろうとも思った。

 多分各人各様の思いがありつつその夕べは更けた。

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