『キャンプ』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は⑦

【前回のあらすじ】

とりあえず釣り人(殺戮者)の義務である、魚の完食を済ませた俺と大屋。とばっちりを食った形で、文字通り魚を食った森田。だって森田はハッキリ行かないと言って、釣りに参加していない。

すまん森田。もっと無難なもの食いたかったよな。すまんな醤油味の小魚で。でもお前が食べてみたいといったのでしょうがない。そんで明日から、天気がイマイチらしいぜ。



 我らがキャンプ地。二日目の太陽は完全に沈んだ。

 が、俺達の心は晴れやかで……なんならおどっていた。ウキウキだ。


 なにせ今夜、俺達には希望がある。安心感がある。

 初日は冷えた地面から文字通りの低温調理、チルド攻撃を食らってガチガチに震えた。だが今夜は違う。森田の調達してくれた大量の段ボールが守ってくれる。テントに入ると、足の下には、ウレタンマットぐらいの感触がある。足の裏から地面の石の凹凸おうとつまでが感じられた初日とは……すべてが違う。

 まあね、明日から来るらしい低気圧もある。湿気しっけるだろう。俺らの体重も乗るからね。段ボールだから薄っぺらくもなるだろ。

 にしても怖いものなしって気分。ここまでやってダメならもう、

『真夏に冬並みの装備をしなかったのが悪かった!』

 ぐらいのやらかしレベルになる。もうそこまでくれば全部、大屋のせいだ大屋の。唯一ココのリピーターなんだからな。


 晩飯があまり……お世辞にも。とても美味しいとはいえなかった事もあり、俺達は酒宴を張ることにした。おなかも六から七分目ってトコだし。

 ツマミの真空パックのチャーシューやらハムを〝冷蔵庫〟から取り出す。

 冷蔵庫とはつまり、渓流に作った石囲いだ。加工肉パックは一応ビニール袋で遮光して、川の流水で冷やしてる。ただもともと保存品ではない。だから確実に日持ちするスナックや乾きモノは、温存することにした。ツマミにはこれらの肉類をガツガツ食う。この天然冷蔵庫は缶ビールも五分でキリっと冷やしてくれる。そんなゴキゲンなヤツさ。


 テントに引きこもって呑んで食って、バカ話としゃれ込む。

 やはり今夜は森田への感謝会だ。こうして朝方の冷えに恐怖せず安心して酒が飲めるのも、彼のおかげだ。


「まったく、おかげで助かったぜコイツめ!」


 大屋も俺も、うやうやしく、下から森田と乾杯。苦笑している森田もまんざらでもなさそう。コイツ、こういう照れ方するやつだっけ? もっとシレッとしてる印象だけど、それなりにテンション上がってんのかな。

 俺も調子付いて飲んだ。脳裏に魚の内臓の鮮やかな映像がフラフラしている。ナイフ作業の疲れで頭がボーっとしてる。こういうときは、酒で頭ン中を消毒しちまうのがいい。

 これは悪癖なんだが……俺はこう、マラソン飲みな人だ。ずっと飲む。3時間の飲み会なら3時間、朝までの時は朝までずっとアルコールを口に運んでる。飲み続ける。あとから指折って数えると9時間ぐらい飲んでたりする。お財布が死ぬ。

 大屋はグビグビっと一気にスゴイ量を干してしまい、あとはボチボチあけていく、という感じ。すごく陽気になるが顔に出ないので、程度が分からない。元ラグビー部なんで色が黒い。黒すぎて、ホントにわからない。

 で、実は森田とシッカリ飲むの、俺は初めてだった。森田もけっこうグイグイいく。そりゃそうだよな、こいつも元体育会系だもんね。机仕事とはいえ自衛官だ。

 俺たちの話は尽きなかった。

 登りがキツかったよな。ヤマメが美しかったよな。秋島の料理はヒドかったよな(俺は怒りに震えた)。明け方寒くてヤバかったよな。

 しかしもう大丈夫だ!

 なぜなら森田が単身で、これだけの量――まさに俺たちが今くつろいでいるお尻の下、テントの床一面――段ボールを確保してくれたからな!

 俺と大屋は幾度も森田をたたえ、その度に森田は照れながら缶を飲み干した。いいか、くれぐれも断っておく。飲めとすすめたわけでもない。まして一気飲み、コール飲みなんかじゃない。そんな事する訳ない。コイツが勝手に飲んでるんだぞ、楽しそうに笑いながら。


 何物にも代えがたい時間だ。しかし宴には終わりがある。しかも突然だった。ふわふわと相好を崩して呑んでいた森田が、突然立ち上がった。そして酔っているとは思えない俊敏さでテントのファスナーを開いた。そして、そのまま外に駆け出していった! 闇の中へ!

 なんだ……何が起こった。ヤマノケに憑かれたか。

 俺と大屋は、劇画みたいな茫然の表情で、顔を見合わせた。何が起こった。外は真っ暗だ。あんな走ったら、普通に危ない。首を出して様子を見ようとした。が、間に合わぬうちに、それは聞こえてきた。テントの向こうから。


 オエエエエエエ


 ああ、吐いてるのか。俺は酔ってるせいか、

「キャンプを汚すなよー!」

 と大声を出していた、もっともなのかズレているのか、自分でも分からない感じの。大屋は爆笑していた。心配ながら俺も徐々につられてしまい、笑いがこみあげてきた。互いに声を抑えながら、ひとしきり笑った。

 まあなんだ。ビックリしたものの、とどのつまり吐いただけだよ。どうという事は無いわけだ。俺と大屋はライトを出して、遠目に見守った。森田は川に向かって吐いていた。背中がひきつってる。わりと吐いてるぽい。おいおい、川を汚すなよ。

 さて、確かに苦しそうなんだけど……。町中での飲み会なら躊躇ちゅうちょなく駆け寄って、世話を焼くところだ。しかしこういう時、ちょっと判断に困る。


 森田はいまどんな気持ちだろうか。

 手取り足取り介抱されたらミジメなのだろうか? それともガチで助けてほしいのか? ちょっと分からない。助けると言っても、俺ら二人にできることと言えば……流し場から水道水を汲んでくることぐらい。

 俺と大屋は、小声でどうすべきか話し合った。

「よし。とりあえず、ほっといてみよう」

 という結論になった。まずは森田のプライドを優先してみよう。

 そろりそろりとテントの中に引っ込んで、俺たち二人はそっと聞き耳を立てた。森田はしばらくゼエゼエ言っていた。それから川で顔を洗ってるぽいような音。で、サクサクと、足音がこちらに戻ってきた。そしてテントの入り口からひょいと、異常に青白い顔が出てきた。

「おう……大丈夫か?」

「ライトだ。ライトを貸してくれ」

 そのまま森田はライトを受け取り、去っていった。足音は流し場の方へむかっていく。どうも、自分でなんとかしたいようだ。

「お前がさ、飲ませるからさあ……」

 大屋がふざけた事を言う。冗談でもそれはひどいし、そんな事していない。

「あいつが飲んでただろ。百パー完全に進んで、あいつが好きに飲んでただろうが」

 10分くらいしても戻らなかったら、様子を見に行こうな。

 とか話していると、ザク、ザク……。とこちらに降りてくる足音が聞こえてきた。ちょっとげっそりしてるが意外とサッパリした顔で、森田がまた顔を出した。

「俺の、タオルとシャツを取ってくれ」

 というので、渡してやる。またザクザクと足音が流し場のほうへ去っていった。

 なんか、これは森田が乗り切りそうじゃないか? 大丈夫だな! しかし、うたげはさすがにお開きだ。

「俺は酒とツマミを片付けて、すぐ寝れるようにセットしとく」

 大屋がそう言った。くそ、先手を取られたか。


 まあ仕方ない。大屋はこの作業自体を、不要としてシカトする可能性がある。俺はナベをもって、森田のやらかした場所を見に行った。

 照らせる限りでは、盛大には河原は汚していない。少し俺は感心した。なかなか器用に吐いたものだ。とはいえ、川を汚すなよ。若干残った森田のヤラカシを、ナベに川の水を汲んでは勢いよく洗い流す。とにかく何度も流す。

 嫌な役目だ。しかし汚物に虫がたかったらサイアクだ。どんな立派なカブトムシでもクワガタでも、今回ばかりはさすがに要らないぜ。朝一にそんな後片付けも、すごく嫌だ。いまこの、酔っぱらってるうちに、だいたい済ませたい。

 ちなみに俺は『汚い/汚くない』の脳内スイッチをオンオフできるほうだと思う。こう排水溝の掃除とか、どんなにぬめってても無表情で手袋ナシでするタイプ。早さが正義なタイプ。使い捨てでも、汚れた手袋のゴミ残る方がダルイじゃん? 塩素使うならアレだけど。

 脳内の清潔スイッチオフ。とにかく洗い流すのだが……なにせ暗い。よく見えない。森田のアレなのか、葉っぱとかなのか、分かりにくい。 

 まずライトで照らす。ナベの操作に両手を使うので、ライトをしっかりポケットに収める。水をすくって流しまくって、またナベを置く。またライトを取り出して汚れを探す。ポケットにしまう。ナベを拾う。流す。このくりかえし。


(これ以上は、やらかした本人のシゴトじゃね?)


 なんかそんな気がしてきた。見える範囲はあらかた流したと思う。俺は引き上げた。まあ下流には悪食のハヤ様が無数にいるので、大丈夫じゃないか。どこにやらかしたかも、吐いた本人が一番詳しいだろ。明るくなったら掃除させよう。

 テントに戻ると、顔面蒼白ながらも清潔な身なりの森田がいた。で、シュラフにもぐり込んでしまった。寝ゲロだけはやめてくれよ。しかしこの寝姿。

「エジプト展とかの……あれっぽい」

 と俺は吹き出した。

「おいやめろよ、バカ」

 小声で大屋が怒り、割と強く小突かれた。確かに良くない、酔ってるわ。でもお前も笑ってるじゃんよ。

 大屋と俺もシュラフに入る。まだこの時間は、地面は冷たくない。今日こそ大丈夫であってくれ。酔いもあって、俺はすぐ眠りに落ちた。


 そして翌朝。

 だ。カンのいい方はもう気付いたろう。に俺の記憶は飛んだ。喜んでくれ、書くこともなく朝になったんだよ。つまり、深夜の地面の冷えは我々に届かなかった。寒くもなんともなかった! 

 森田の段ボールは十分に我々を守ったどころか、ちょっと汗ばむぐらいの断熱性を見せた。我々はここぞと睡眠を貪った。なんせ起きたら、午前9時を過ぎていた。

 どうにもアウトドア感のない起床時間だが、ホントーによく寝た。俺は元気いっぱいになった。大屋も元気そう。

「いやあ、爆睡したな」

「俺は何度かトイレいったぞ」

「マジ? 気づかないぐらい寝てた」

 俺と大屋はそんな風に喜び合った。森田は……すごく元気がない。察するに二日酔いだ。カフェオレみたいな顔色で、表情が死んでる。こう、血の気がない。そっとしとこう。

 俺達はナベに湯をわかし、そばを茹でた。酒飲んだ翌日の定番で、こういう塩っ気のあるものがとてもウマい。森田もこの世の終わりみたいな顔しながら、けっこう元気よく食っている。安心した。

 河原を眺めてみる。とくに汚れているようでもなかった。俺は一応、森田に見回りと掃除してくれ、と言った。酷なようだが最後のチェックは自分でやってほしい。

「後でやるよ」

 と森田は大人しく答えて、ワカメスープやら水を飲んでいた。胃腸にはもう来ていないようだから時間の問題だ。


 さて、じゃあ当面心配しておくとすれば天気だ。昨日から降ると言っている。

 非常に薄いが、隙間のない雲が空を覆っていた。降り出したら、まず焚火はとても守れない。ライターがあるからサバイバル番組みたいに火種を守る必要はないのだが。俺は多少の枝葉を拾って、公衆トイレに置いといた。焚き付けの杉の葉も一緒だ。ナナメに雨がきたらちょっとどうしようもないが。

 幸いにもテントは、アウターで外屋根も張れるタイプ。でも一面だけだ。一人ぐらいはゆうゆう座っていられるだろう。俺と大屋は他の面も角度をつけてルーフにできないか試してみたが、あまりしっかりした張り出しにならない。何より、欲張るとテント内に雨水をかぶる。

 やめとこうぜ、という事になった。ちょっと狭苦しいが、本格的な雨になったらテント内で3人耐えるしかない。快適ではないが、俺らはそもそもタープを持ってきてない。手の打ちようがない。

 まだ柿ピーとか豆とかあるしね。昼寝ならいくらでもできそうだし。3人で閉所はストレスだ。予報ではせいぜい一日なんで、しょうがないだろう。

 そんな感じでワタワタしている間に、森田は水入りペットボトルとナベを持って、自分のやらかしたあたりをクリアにしてきた……ぽかった。顔に生気が戻っている。

 試しに言ってみよ。

「大丈夫かゲレゲレ森田」

「うるせえよしね」

 笑いながら、森田はローキックを返してきた。地味にいてえ。まぁほぼ回復したっぽい。


 安心したトコで、俺は何して遊ぼうか考えた。午後は確実に雨が降るっぽいからなァ。なんせ遊びに来てんだからね。

 この甘さで俺がやらかすのだが、まあ次に譲ろう。

 


 

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