『キャンプ』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は⑤
【前回のあらすじ】
消防士・大屋! 自衛官・森田! 会社員・秋島(オレ)!
三人のキャンプ生活を描く当エッセイ、まだ二日目を書いてるのに字数が止まらない。フエルワカメぐらい膨らんでいる。
ついに、メインのお楽しみの一つである釣りにでかけた俺と大屋。
成果はノーマル小魚(通称バカハヤ)が二十数匹にスーパーレア(立派なヤマメ)が一匹! 俺たちは笑顔で帰還した。
俺、つまり秋島は思っていた。
(言い出しっぺの大屋が、魚を調理するのだろうなぁ)
だが釣り場の経験者であるハズの大屋は、言い放った。
「えっ。料理は秋島がすんだろ?」
話が違う……。じゃなく打ち合わせ自体していなかった。どうしよう。
さぁさぁ誰が魚を料理するのか。
まず、「釣りは興味ねえから」と不参加だった森田は除外される。大屋か俺がやるべき仕事だ。森田はなんかニヤニヤしていた。
キャンプ地と釣りのポイントをセットで立案した本人――つまり大屋――がやるんじゃないのか。それが道理ではないのか……。少なくとも俺がそう予想してしまう、コレは自然なコトではないか?
もちろん俺はお客様のつもりでここに来たわけじゃない。何でも手伝う。それにしてもだぞ。
『えっ、秋島がやるんじゃないの?』
って、いきなり矛先が俺に向くのヒドイだろ。どんな魚かをふくめて、〝良いトコロだぜ~〟というフンワリ事前情報しか、俺はもらってねえのだ。予習のしようが無いのだァ。
かくして、かなり美しくない舌戦が始まった。だいたい博多弁なのできれいに加工して書くことにする。
大屋は言った。
「なあ秋島、俺はあのヤマメに刃物を入れる気にならない。きれいだ。美しすぎる」
その気持ちはすごく分かる。俺も同じだ。所詮我々は、町育ちである。あの模様は、俺たちに神秘的にすら見える。とはいえ! 殺した責任と言うヤツが我々にはあるのだ。
「いうて、釣っちまったんだからしょうがないだろ。お前の釣果だぞ」
「そこはアキシマが一人暮らし長いだろ。魚くらい自炊していただろ」
これが、大屋の想定だったらしい。俺は言い返す。
「あのな。自分一人に魚をさばく甲斐性が、俺にあると思うのか。スーパーの切り身を焼いていた。それだけだ」
「それでも俺よりマシなんじゃないかと思う」
「んな訳あるかァ! お前こそ兄貴が川魚を料理するの、見てたんだろうが」
「全然みてねえ」
このヤロー、ぬけぬけと……。
すると大屋はさらに畳みかけて来た。
「それにナイフも、二本ともお前のじゃん」
いいや大屋も、木の鞘の小さな包丁を持参している。短くてガタつき気味の。
「知るか。関係ないね。俺のナイフを誰が使おうと、俺は気にしないもん」
なお森田はニヤニヤしていた。多分面白がっている。
そうだ、そういえば自信はないが、やっておくか!
グッズ語りが嬉しい楽しい方、あとはナイフに詳しくない方のために解説をいれておこう。(こうして文字数がフエルワカメする)
僕が持参したナイフは、釣りの時いつも使っているツールナイフが一本。それと、オピネル社のフォールディングナイフ一本。
まずツールナイフだが、要するに、色んな機能が折りたたんであるアレね。古い呼び方を、十徳ナイフとかいうよね。僕のツールナイフには、ハサミ、結び目ほどき、ノコギリ。さらに缶切りとマイナスドライバ。あとは大小のブレード。そのくらい。そんなに分厚くない。シンプルなほうだと思う。メーカーはスイスバック。
コイツは何するときでも重宝した。とりあえず持っておけばいろいろ何とかなる。釣りではライントラブルとか、魚に針を飲まれた時とか。
短いブレードは先端が変色している。たしか足にトゲが刺さって埋まってしまったときに、格好つけて刃を火であぶってナイフで取り除いたせいである。完全にやりたかっただけだなコレ。
続いてのもう一本。100年の歴史を誇る老舗メーカー、フランス国はオピネル社のフォールディングナイフ。柄にブレードを折りたたむタイプ。
どのぐらい老舗かといえば……まあこう、なんかの映像でフランス人が、柄が木の刃物でフランスパンを切ってたとする。それはたいてい、オピネル社のパン切り包丁。もしくは、そのパクリぽいはずだ。そのぐらい、今や台所からアウトドアまでいろんな名品を作っている。
僕のはきわめてスタンダードなモデルで、念のため携行したものだ。この会社の折り畳みナイフは開くと、『ビシッ』っと固定できる。これはすごく安心感があるのだ。使ってる途中にブレードがグラついたら、コワイでしょ。
しかもオピネルは安い! なんと二千円台ぐらいから老舗品質を入手可能なのだァ。暖かみのある木の柄で、丸っこくて、とげとげしい感じが無い。実用的かつ、落ち着いている。
でね、オピネルのナイフの何が良いって、刀身が〝柔らかめ〟なのだ。個人的な感想なんだけど、さほど間違ってないと思う。
ほんの少しくらい、欠けようが問題ない。地面から陶器のカケラでも拾うことができれば、その場でこすって切れ味をいくらか回復できる。そういうタフさがある。ファンからは怒られそうな使い方かもしれないのだが……。
しかしね。なんだかんだ日本でちゃんと準備したキャンプをするなら、こんな立派なブレードなんて、ほぼ出番はない。料理するなら、コンパクトな包丁セットを持ってけばいい。
あくまで今回も〝念のため〟に俺がバックパックに放り込んでいたにすぎない。
つまり大屋のやつはこう、
『おまえのナイフを俺が好き勝手しても、おまえはそれでいいのか?』
と攻めてきたわけだ。知らないね。道具は道具だぜ。汚れて擦り減って、曲がったり欠けたりするものだ。僕はコレクターじゃないので平気。
「俺のナイフを使いたきゃ使っていい。ハヤは小さいからツールナイフはちょうど良いかもしれないし」
と俺がいうと、大屋は少し考え込んだ。
そして、全てをひっくり返す一言を吐いた。
「仕方ねーなあ。じゃあやっぱ俺がやるしかないのか? 兄貴がアジを刺身にしてたから……」
俺は耳を疑った。襟首つかもうかと思った。
「おい待て。おまえ今なんつった!」
「兄貴と堤防釣りに行ったときに、アジを刺身にしてくれたんだ。あれは手元を見てたからな」
そうか大屋、お前もやる気はあったんだよな。とか感動してる場合ではない。生か……⁉ お前は生で提供するつもりか。
この議論の初めっから、俺はとぼしい川魚の知識を記憶の底から必死に掘り起こしていた。たしか生で食うのは……しないはず。そのはずだ。
恥ずかしいことに、淡水魚の調理の知識で俺の頭にまずのぼったのは『トム・ソーヤ―の冒険』だった。トム達はプチ家出して、ミシシッピ川の小さな無人島で、サバイバル生活をするのだ。ココ好きなくだりで、子供のころから繰り返し読んだから覚えている。釣りをして、パーチやら焼いて食ったりしていた。ようは川ナマズだろパーチは。ミシシッピってデカい川だろ。
ともかくトム達はまず魚に火を通していた。
そしてその章では著者マーク・トゥエインも、
『川魚は火にかけるのが早ければ早いほど美味しいということを、トム達は知らなかった』
とか、書いてた。ミシシッピ川の水先案内人の職にあった、あのマーク・トゥエインがそう書いている。焼くのが前提で当たり前、って感じがスゴくある。
次に思い浮かんだのが、ウィキペディア三大文学と呼ばれるうちの『地方病』だった。ネタバレは避ける。が、淡水には寄生生物の中間宿主が山ほどいる。そのことを涙と感動と共に、俺は知ったのだった。
たしかアニキサス? アニサキス? あれが死ぬのにも加熱が必要だったような気がする。
さてここで、
(いやいや、スマホあんだから、調べて正解みつければいいじゃん?)
と思う向きもあるかもしれない。
ハッキリ言って、それがド正論である。100%掛け値なしでその通り。しかし今、俺と大屋は一種の意地の張り合いをしてる最中だ。ノコノコ、テントからスマホ取り出して調べはじめたりしてみろ。どうなると思う?
『――ホラ見たか! 森田も見たか! やっぱ秋島がやる気あるじゃん! 任せようぜ!』
という空気に完全になってしまう。押し返せなくなるのが目に見えている。
調べるのは後からでも良いのであって、ここではこの言い合い、張り合いである程度は押しておかねばならない。男同士というのはこういう時に面倒だ。さっぱりしてて合理的に解決しそうなイメージ?
そんなもの人と場合によるって。特に人に。
これはヤバい。生食に無警戒な大屋にだけは、調理させられない。
「うーむ。仕方ねえなァ……もう俺がやるよ……」
と俺はいかにも観念した感じで喉から絞り出した。大屋はホッとしたようだった。ここで間髪をいれてはいけない。
「でもその分、ちゃんと手伝え。まず料理の後、ナベを洗ってほしい」
「よっしゃ。分かった」
「あと、生ゴミがスゴイ出ると思うから、手伝ってくれ」
森田も、せっかくだし食べてみたい、と言った。なので調味料の準備を頼むことにする。
まず、ナベは我らの唯一の調理金物だ。洗い終わるまで、次のメシが食えない。しかし棒ラーメンだのを茹でる比ではないほど、今回は汚れたり焦げたりするだろう。もうこれは誰かに押し付けたいこと、この上なかった。
また俺はとにかく安全に、大きめにハラワタと頭をくりぬくつもりでいた。残骸イコール生ゴミはたくさん出る。多分だけど。
さっきの意地の張り合いの効果はこういうトコで出てくる。俺が喜んで料理を買って出たカタチになってると、こいつらはゼッタイに積極的に協力しない。
(嫌々ながらも、秋島がやるらしい。俺達も何かはしよっか……)
みたくなるわけだ。
こう書くとなんか俺が策士ぶって見えるが、所詮はこんなもん結果論であり、偶然である。ともあれ、ここはルート間違えなくてよかった。結局やるハメになってるけど。
男同士ってシッカリめんどうくさいでしょう。
ここからはわりと孤独な作業だ。俺はテントの中でざっとスマホで調べた。
およその認識が間違ってないことを確認する。そしてなんと、まな板がないことが判明した。時間が惜しいので荷物とゴミの中から、ビール6缶パックの厚紙をはがす。三組ほど重ねて、まな板に代用する。どうにかなるだろう。もう思い出しててオノレが涙ぐましい。
なんだかだ、ぐだぐだ口ゲンカしてるうちに時間は経っている。多めに見て、手元がハッキリ明るいのはあと二時間ちょっとだ。猶予はあまりなかった。
しかも流し場はトイレの方にあり、焚火のカマドから少し離れている。距離はともかく足元がよくないため、工程にくわえて行き来の時間もかかる。
俺は魚のバケツと厚紙のまな板もどきを持って流し場に急行。
ハヤの頭から落とすことにした。強度と刃渡りから、オピネルのナイフを選んだ。ガンガンとハヤの頭を落とす。正直、こっちの大きいナイフを使う事態があるとは思わなかった。
途中で大屋が、紙袋を持ってやってきた。
「ひとまず生ゴミ、これに入れようと思う」
と言う。大屋がドンドン放り込み、俺はガシガシ切り落とす。ヤマメの番が来た。見とれている暇はなく、ザックリ頭を落とす。
頭を落とし終わったら、次はハラワタだ。なんせ小魚ばかりとはいえ、二十匹からいる。ヒレを刃先でなぞって落とす。そして肛門から頭方向に切り裂き、指と水でしっかりと内臓を除く。
心の中は、
(本当にこれで合ってるんだろうか)
と不安で一杯。ああ投げ出したい。
ここからは、オピネルのナイフでは長すぎた。ツールナイフに持ち替える。うわぁ。すげえ効率あがる。
〝キャンプにはナイフもってくべし〟って信仰が維持されているのは、正直けっこう謎だ。今でもそう思う。実際そんなに使うかね。まさにそのありがたみを味わってるけど。
とにかくすごく自信がない。ワタを落とすたびに入念に指先を突っ込んで、残ってないか確かめる。さらに水で切り口の中を、ザザーっと勢いよく洗う。それでも怖い。何度もなぞって、落とし残しがないか確認しては、水で流す。
「いや~、お前よくそんなグロイのサクサク出来るな。すげえなお前」
ハラワタとヒレを拾って回収してた大屋が、ここで……そう口走りやがった。実は素直な賛辞なのかもしれないな。でもな。この野郎……おまえマジでこの野郎。人の気も知らないでコノヤロー。
この時、控えめに言えばビンタかましたかった。本音をいえば顔面かミゾオチにコブシを叩き込みたくなった。要するに殺意もどきが湧いたのだが。
だが手を止めたくないし、手を止めると俺は作業を投げ出してしまいそうだった。
「ねえ、なんかもーどうでもいいじゃん、カレー食って酒飲んで寝ない?」
とか言い出したくなる気がした。
なのでもう、ともかく無心で手を動かす。これ一種のゾーンじゃない? 選ばれしものが感じられる領域じゃん。
かくしてギロチンにかけられ内臓とヒレを(多分)とり除かれた、お魚さん達の死骸が積みあがった。よし、とにかく下処理は終わった。しかし俺たちは彼らを殺したのだ。義務はまだ果たせていない。
大屋には水場に残るよう頼んだ。
ゴミの密封と、とにかく魚をよーく洗いなおしておいてくれ、と言っておく。やっぱ、川がキレイでもそれなりにヌメリがあるんだねェ。これはビニールバケツでできる。水で洗って取れるものかどうかは、知らん。しないよりマシだろ。
その場を任せ、俺はテントで調味料の物色をしてる筈の森田の元へ向かった。
「どう、なんかあった?」
と訊くと森田は答えた。
「醤油はあった」
これはラーメンやカレーの味変に使ってたもので、それは知っている。
「ほか何あったっけ?」
「ないっぽい」
「そうだったっけ?」
「多分ない……」
俺と森田が二人して頭を抱えたとこで……続くっ!
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