『キャンプ』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は③

【①~②のあらすじ】

消防士の大屋、自衛官の森田、会社員の秋島(ぼく)。我々はキャンプ設営を無事終え、晩飯をむさぼり就寝。しかし軽装を徹底しすぎた我々は、ドマヌケなミスをしていた。テント内マットとして現地調達した段ボールが少なすぎた。冷たい。地面が氷のようだ。寝袋が意味をなさない。歯をガチガチいわせながら撤収すら考えるマヌケトリオ。しかしイケメンサイコ森田が立ち上がった。

「俺がいったん下りて、持てるだけの段ボールを調達してきてやろう!」

「そうか! さっすがァ! 頼んだぞ!」

俺と大屋はありがたく二度寝し飯を食って、勇者・森田の帰還を待つのだった。



 ……さて。睡眠欲と食欲を満たした俺だが落ち着かない。

 今夜も寒さに耐えながら眠るかもしれない。正直、俺は真夏のキャンプであれほど地面が冷たかった記憶がない。春や初夏なら……『夜は冬になると思え』って想定で準備するが。

 やっぱ河があるせいかね? テントから距離はあるが、かつてない近さではある。水流で地熱もガンガン冷えるのかもしれない。

 それに森田の帰りが存外に遅い。彼が出立してから、我々は二時間ほど眠った。メシを食った。なので約三時間たった。森田の足腰をもってすれば往復はとっくに済んでいるはず。

 行きにはホイホイどうぞと段ボールをくれたスーパーだったが、なにか時間がかかっているのだろうか?

 もし段ボールがムリでも、森田はなんとかしようとするだろう。田舎なのでアウトドアショップなんて近くには無い。スマホで店を探してマットを買い求めているのかもしれない。あの底冷えの強さは、マトモなキャンプ用品でなければ心もとない。それかやっぱ段ボール。

 オマエ、ほんと段ボール好きだな!

 と思われるかもしれないが、スゴイからな。ホンットーにスゴイからな。しかも焚き付けになるし、最後は灰にして持ち帰れるからな。断熱性はハイキング用の薄い銀シートなんて目じゃない。あの公園の芝生とかでよく寝転んでるヤツ。しっかり厚さのある銀シートは暖かいんだけどね。

 とにかく今夜も寒さに震えるようなら、明け方には撤収作業を開始することになるだろう。想像するとかなり憂鬱。敗北感でいっぱいで、みじめだろうな。やだなー。


 一方で大屋は、釣りの用意をし始めた。俺が悲観的なのか、こいつが楽観的なのか、わからん。こういう時、なんでこいつと一応は気が合ってるのか分からん。


「魚がいる〝溜まり〟があるんだ」

 と、大屋からあらかじめ聞いていた。だが見渡すかぎり沢ばかりだ。俺のような素人に釣れるだろうか。しかもこんな昼間から。魚からは、俺らが丸見えだろう。

「なあソコんトコどうなんだよ。大屋くんよ」

「誰でも釣れるから心配するな。で、エサがいる」

「こんにちは~」

「じゃあ俺、何かエサ準備しよか……オマエ何か言ったか」

「おまえこそ何か言ったか」

 謎の『こんにちは』の主を見渡す。渓流釣りのおじさんであった。

 俺はこの不意打ちに驚いた。大屋も。

 しかもこのおじさんははるか上流から来たのだ。フライフィッシングの装備に、バッチリ釣り用ベスト。ポケットだらけのヤツ。あれ、ダイワとかのバッチリ釣りメーカーの高いヤツだぜ。下半身は……なんていうんだ。アレだよアレ。完全防水のオーバーオールみたいなやつだよ。腰上まである、長靴と一体化したオーバーオールみたいなヤツを着ている。スゴイ完全装備。

「こ、こんにちは!」

 山での挨拶は大事なマナーだとかいう。

 俺も大屋も慌てて立ち上がり返事した。釣りおじさんは、ニコニコしてお辞儀を返してくれた。そしてまた真剣な顔で、太腿ぐらいまで水に浸かりながらロッドをあやつる。そのままゆっくり、本当にゆっくりと下流にくだっていった。渓流魚を求めて。川の中をしずか~に。足音が無いんだから、気付けないって。

「人がいたな……」

「うむ。カッコ良かったな」

 そりゃガチの秘境にきたわけでなし、人ぐらい通るだろう。

 ただ、おじさんは鬱蒼と樹木のアーチのかかる上流から現れた。川に浸かって。

 不意打ちだよ。そっちから!? ってなるよ。

 そしてのっそりと去っていった。これは面食らう。渓流のおじさん妖精。どうも森に住むナニカにからかわれたような気分になる。人でない何かが、世の中まだまだ居るような気になる。俺はね。

 大屋は単なる怪力ではない。風景に素直に涙したりするマトモな自然児だ。ただこういう、物の怪とか山神みたいな想像まで楽しむかは知らん。

 なんかこう、根源的な自然への恐怖や畏敬を再認識できるのはいい。周囲を真摯に恐れることができる。野外泊の醍醐味なのだねェ。


 それはともかくだよ。

「オイあのおじさんガチ勢じゃねえか。俺らでも釣れるのか?」

「大丈夫だって。おまえは、この袋にミミズ取ってこいミミズ」

 大屋は黙々と仕掛けを作っている。

 ウキに針一本、重りは鉛玉ひとつの簡素な仕掛けだ。竿はホントにタダの竿。ひっぱって伸ばしたら3メートルくらいのやつ。リールはない。先端がナイロン糸の竿。うわ、オレこのタイプ使ったことねーわ。

「ミミズかー。虫とかなら、なんでもいいのか」

「なんでもいい。いくらあっても困らないからとにかく沢山な」

 まあ、釣りの準備を一任してるしな。

 俺は手ごろな木切れを手に、湿った地面を掘り起こしてまわった。山のミミズってすげえデカいから嫌なんだよ。あのロープみたく太いのを、引きちぎって釣り針につけるのはゾッとせんな……。

 そういう思いが山の神様に通じたのか、むしろ細めのミミズがけっこういた。なんかやたら長い。コンビニ袋にガシガシ詰め込む。多少は土も入れる。湿気が無いとコイツラ死ぬから。すこし重い。

 イモムシもみかけたら放り込む。こいつはいちいち謎の液を出すのでウザい。ティッシュとかズボンで拭くのも嫌。なので樹の幹とか葉っぱになすりつける。

 なんか経験上、死んでヘロヘロにくたびれたミミズより、ジューシーなこいつらの方が魚の食いつきは良い気がする。イモムシはエサとしては優秀なのでは。ベア・グリルス、めちゃ喜んで食ってるしな。エド・スタッフォードも嫌そうだったけど食ってた。


 そういえば中学の頃、ルアーに自分の血液を塗り付けるちょっとオカシイやつがいたな。そんなものは水で流されちゃうんじゃないかと思っていた。だが釣具店には、魚を引き付けるニオイをルアーに付ける液体が売ってた。効果のほどは……知らない。それに自分に針ぶっ刺して血を出すの、やはりどうかと思う。

 でもやっぱ、あのアイテム効果あるのかな。釣りに詳しい人、ぜひ教えてください。以上は余談。


 さて、ほどなくミミズが袋いっぱいになったので、俺は戻った。

 大屋は満足のようだったが、

「おまえ取りすぎだろ」

 とウケやがったので、俺は不機嫌になった。多いほどいい、つったのオマエだろ。大屋は釣りに行きたがった。もう太陽は中天にある。だが、さすがに待つ事にする。

 なにしろ森田が帰ってきてない。断熱材を調達してきて戻ったら、みんな釣りに行っててキャンプは無人……は可哀想だ。どちらかというと成果が気になるし。

 まあ昼メシだけは済ませておこう。それは許されるだろう。俺が焚火を復活させてると、フラリと森田が帰ってきた。樹で見通し悪いから気付かなかった。

 現実の進行なんて無造作で、こんなもんだよね。

 しかしだァ! ヤツの調達成果は、十分にドラマティックなものだった。

「この野郎、さすがだぜ」

「お前ならやると思ってた」

 俺たちは肩をたたき、惜しみない賞賛を浴びせた。

 森田のバックパックには丸めたり折ったりした段ボールがこれでもかと差し込まれ、押し込まれていた。ぱんっぱんに膨らんでいる。さらに両手の紙袋にもいっぱい。斜めがけのカバンにもはみ出して押し込んでいた。

「まあ座れよ。ビール飲む? あ、飯食うか?」

 森田は微笑んだ。

「いや駅前でカツ丼とか食ってきたからメシはいい」

 俺と大屋は、とてもとても不機嫌になった。

 昨日から肉と言えばハムやベーコンしか食ってない二人に、カツ丼というワードは魅惑的過ぎなのだ。『とか』ってことは、ほかにも買い食いしたなコイツ。当然の権利だが、羨ましくなるだけなので聞かないことにする。


 しかし森田は空気を読まず、問わず語りした。なんか、自販機でコーラを見た途端にものすごい誘惑に駆られたらしい。買いざま、その場で飲み干してしまったという。しかも缶を二本。自分でもびっくりしたと。

 なるほど。俺は普段コーラ飲まない。というか甘いジュースを飲まない。ほしくならない。けど確かに今はものすごく飲みたい。コーラというより、砂糖のエネルギーと、甘さが恋しくなってんだろうかね。

 コメと麺とはいえ、糖分は取ってるけどな。動き続けてるとそうなるのかな。それより、早くこいつ黙らねえかな。功労者なのでちょっと言えない。達成感でちょっとハイなのだろう。森田はあまり、一息にべらべら喋るヤツではない。

 

 せっかくだから、さっそく段ボールをテントに敷くぜ! 

 と森田と大屋が言うので、俺は待ったをかけた。

「なんだよ」

「いま日が照ってるから、この段ボールは少し干したほうがいい」

「湿ってるのか? コレ」

「冷蔵車か冷凍車でヒエッヒエで運ばれてきたんだぞ。で、ポンと外に降ろされたんだ。結露が湧いてる。この際パリっと乾かそう」

 幸いにも夏の太陽が絶好調で地を焼いている。しかし森田も大屋もグチグチ言う。

「少しでも暖かい方がいいだろ。オマエラは冷蔵冷凍物流に俺よりくわしいのか」

 とまで言うとやはりグチグチ言いながらも、二人は承諾した。

 どうせメシの間、岩場に放っとくだけなのだ。ならやっておくべきに決まっている。カートンを触った限り、俺の基準ではかなり湿気ている。感触がクタッてる。冷えやすいはずだ。俺がそう思ったのであって、このままでも大して変わらんかもしれない。だがそれを言うとゼッタイこいつらは納得しないので黙っといた。

 俺のこの石橋叩きグセというか、取り越し苦労でも一応しておく傾向は、あんまり二人にない。今回のように、俺自身が効果はあやしいと思ってる時すらある。こういう、合わないトコがそれぞれあるおかげでバランス取れてるのかもしれない。

 ああ。要はみんな共通して、根がワガママというコトかもねェ。


 段ボールを干したまま俺と大屋がメシをすます。そしてついにテントに設置だ。

 俺は表面を触ってみた。どうよ、このサラッとパリッと感!

「ホラみろ、全然違うじゃん!」

 と俺は勝ち誇った。やっぱり干してよかった。

 なんか大屋と森田の反応は微妙であった。

「森田、違うと思うか?」

「よくわかんねえ」

 はー? おろしたてのシャツと、丸一日着てたシャツくらい違うだろうが。わかんねえかな。

 そして我々は森田の苦労の結晶を、テントに敷き詰めた。隅から隅まで覆う必要はない。大事なのはシュラフ三つ分のスペースをぶ厚くすることである。

 で、実際に乗ってみる。すごかった。足裏の感覚は、ウレタンマットを二重にしたぐらいの弾力があった。まあ敷いたばかりだしね。寝ると加重で平べったくなるだろうが。ホント感謝。


 森田は、自分も昼寝したいという。仮眠取ってないのコイツだけだし、歩き疲れたろう。でもカツ丼食ったくせに……は、胸にしまっておく。それに最初の使用権はやっぱ彼だよ。

 大屋は、陽の高いうちに釣りに行きたいと言った。俺も釣り場について全くしらない。早い方がいいと思った。

「二人で行っててくれていいよ。ビール飲んで寝る」

 と森田が言うので、遠慮なく出かけることにする。ビール消費すんのか。カツ丼食ったくせに。


 さて、こっからひとつのヤマである釣りと調理のハナシが来るのだが、カウントは四千五百文字を超えている。仔細に思い出して書き出してると、増える一方だね。

 すまん! 続く!

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