『キャンプ』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は②

【1日目のあらすじ】

消防士の大屋、自衛官の森田、会社員の秋島(ぼく)。なんか一人だけ弱そうな三人組は山遊びに出発。人力で食料その他を運び上げる。夕方にキャンプ地に着くという、だらしないスケジュール。テントを組み、火焚き場を組み、なんとか晩飯にありついた。そして一息つく。完全に太陽は沈んでいたァ!


 あ、ちょっと前回、不明瞭なトコがあった。

 これは僕が現時点で最後に行ったキャンプのハナシなんだけども、このスポットは初めてで、そのときの話です。大屋は二度目だったらしいです。

 

 寝床はできた。で、腹が満ちた俺たちは、思い思いの飲み物のシェラカップを手に火を眺めてくつろいだ。しばらく話に花を咲かせていたが、次第に口数も少なくなりじっと火を見つめているようになった。

 山で眺める焚火ってなぜか、落ち着くよね。僕はこの時間がたまらなく好きだ。ただ闇にちらつく火を眺めているのはなにか、ひどく贅沢な時間だと感じる。


 飲み物は二種類しかない。水道水か、粉末わかめスープ。以上だ。

 麦茶のパックは少しあるんだが……ナベはひとつだ。飲みたければ水を汲んでパックを放り込み、火にかけて沸かした後、さらにナベを運んで河の流水に漬けて冷やす。ここまでやる必要がある。

 夏だからアッツアツのホット麦茶を欲しがる奴はいない。

(だれか煮出して、冷やさねーかな)

 と多分みんなそう思ってた。が、全日程、俺たちは水道水をがぶ飲みした。

 そもそもだな。このナベ以外に、大量の麦茶を汲んで置いとける容器がないわけだよ。他には何もないんだ。

 ということは……。

「腹減った! ラーメン茹でよう!」

 となったとする。するとその都度、どんだけキンキンに冷やしていようとナベの麦茶は捨てるしかない。無計画の極み。だって麦茶味のラーメンはイヤだろ。


 さて男同士の変な見栄でコッソリしてしまったのだが……俺は、正露丸糖衣錠をバックパックに仕込んでいた。小さなパケに入れて、コッソリと。トイレは尊厳にかかわるコトだからな。テンションだだ下がりするから。

 だって食材はすべて常温だし、酒も飲む。なにより生水をガブガブ飲む。フツー、備えるだろう。真夏に腹こわして、脱水症状起こしたらヤバイ。即帰宅だ。決してビビりじゃないぜ。俺は慎重で周到なのだ。 

 しかし……誰も腹をくださなかった。拍子抜け。

 まぁ仮にも、日本国の水道だし?

 ただ推測するに……みんなして心因性の便秘になってたんじゃないか?

 一応トイレあるとはいえ、あまりにも汚いし。真っ暗だし。

 エゲツない攻撃(かゆい系・かぶれる系)してきそうな大きいムカデとかゲジゲジが常にいたし。俺は一度も大のほうに行かなかった。大屋と森田も、そうだったと思う。

 なぜならトイレットペーパー――流せるティッシュ的なやつ――まったく減ってなかったもん。

 入院だとか旅行だとか、非日常な生活だとホラ。

(あれ? 考えたら驚くほどトイレに行ってないな!)

 ってあるじゃん。アレの究極状態に、三人ともなってたんじゃないかな。腸がほぼ動かなくなって吸水に徹してたのでは。真夏だし。いやあ、人体ってスゴイ。


 この初日の夜、俺は焚火を離れ、小のほうに行った。

 ちょっとビール飲んだし、木の根につまずくのが怖い。足元ばかり照らして歩いていた。その時だ。

 突然、近くの茂みがバキバキと鳴った。完全に不意を突かれた。驚きが過ぎると声なんて出ない。ひゅ、と肺が鳴る。

 黒い塊が飛び出て、茂みを縫いながら走り去っていった。

 ……マジか!

 全体は見えなかったが間違いなくイノシシだった。デケー。あと臭い。ケモノってすごくケモノくせーのな。心臓バクバクだよ。畜生、非常に腹立たしい。


(イノシシくんさぁ、こんな近づく前にさ! お前が気付くべきだよね! ぼくさ、人間だから! 夜に目はきかねーんだから! んで耳も鼻もお前の方がいいんだからサァ!!)


 とイノシシからしたら言いがかりなのだが、俺はとても腹が立った。あー、ビビった。以降、夜に一人でうろつくときは、なるべく鼻歌を歌ったりした。

 みんなの所へ戻った俺は、

「なあオマエラ! イノシシ見たぜ!」

 ……と話したくてしょうがなかった。

 だが、敢えてシレッとした顔で黙っていた。

 この際だから、大屋と森田もイノシシに出くわしてしまえ。ビビれ。

 いい気味だと思ったのである。

 そしてだな?

「お、おいっイノシシが」

 と奴らが慌てて騒いだ時にだな?

 俺は平然と、

「フム。そりゃ山だからな。いるに決まってるだろ……」

 とクールに言い放ってやるのだ。しかし、この企みは成就しなかった。

 二度目の遭遇では、イノシシの野郎は遠くの斜面にノンビリしてやがった。

「おいアレ、イノシシだよなあ」

「おお。やっぱいるんだな」

 という会話になった。その風景はあまりに牧歌的だった。三人で眺めた。で、のんびりなごんだ。誰ひとりビビらず、慌てなかった。

 まったくもって使えねえイノシシだ。


 明けて二日目、早朝。

「ささささ寒い」

「これはキツイ」

 と歯を鳴らしながら我々は火の回りに集まっていた。とにかく湯を沸かし、ワカメスープを飲む。今すごくホット麦茶が飲みたい。がぶ飲みしたい。


 前夜、テントでぐっすり寝入った。まではよかった。

 しかし明け方ごろから、地面が冷たくてたまらない。氷の上で寝ているようだ。

 こういうの確か、底冷えと呼ぶ。シュラフの中の体温はガンガン奪われていく。それでも明るくなるまで眠れたのは、みんな疲れていたのだろう。

 俺も相当に寒さを感じた。が、なかば意地で寝た。うるせー俺は眠たいんだ邪魔するな、とつらいのを意識から追いやって、とにかく眠った。

 その数時間のムリヤリな睡眠の代償として、我々は歯の根も合わない震えよう。体が芯まで冷え切っている。

「なぁ、今夜もこれは流石にキツくねーか?」

「キツイ。最悪、撤退するしかないか」

 という発言すら二日目にして出る始末。撤収作業って設営より時間食うからね。

 全員かなり弱気の中、とにかく朝メシを食う。みんながラーメンを選んだ。暖かい汁物が欲しかった。

 太陽が頭をだすころ、ようやくそれぞれから、建設的な意見がでた。

 原因は明らかだ。インナーマットにした段ボールが薄すぎた。テント内に敷くマットね。それだけ。断熱の不足。ただそんだけ。

 全身を地面から冷やされちゃ、服を着込んだりしたところでどうにもならない。

「要はもっと、ナニカ敷けばいいんだよな……」

 軽く周囲をうろついてみた。

 しかし残念ながら、ここは日本の山林である。焚火の近くで毛布かぶってカッコよく眠れる、西部劇の舞台じゃねーのだ。

 多湿だ。あらゆるものが、夜露と朝露で濡れている。

「板とか転がってないかな。ベニヤとか」

「どうせ湿気ってる。このうえ、シュラフが濡れたら死ぬぜ」

「穴でも掘って、焚き火でテントを囲むか?」

 焚き火の燃焼点を増やして暖まるのは、サバイバル番組ではよくやっている力業だ。俺は口にしてみた。

「やらないよりマシかもしれない」

 と森田も同調しかけた。だが、この暴論にテント所有者の大屋は激怒。

「ふざけんな、絶対ダメだ」

 すごくこわい。たしかにテントはススだらけ穴だらけになって使えなくなるだろう。しかしもう三名の就寝スペースをまるっと暖めるとなると、火じゃどうもならんな。電気とかガスって偉大なんだな。

 かりにも経験者が三名あつまってこのザマである。無計画のバカが三名というべき。三人寄れば文殊の知恵とかいうの、俺らは例外らしい。

 しかし勇者はいた。森田である。

「俺が行こう」

 と言い出した。

 なんと単身で山道を下り、追加の段ボールを調達してくるという。

 途中の民家に「すいません乾いた段ボールくださーい」とはいかないだろう。田舎でみんな気がいいし、状況を説明すれば分けてはくれるだろう。だがソロキャンプではない。三名分だ。

 確実なのは駅前のスーパーまで、また下りることだ。行きに無造作に分けてくれた。森田は無表情だった。

 思い切りがいいというか、何というか彼の真意は読みにくい。決心が速いわりに、顔に出さんのだ。


 ちなみに森田くんにも、高校時代の強烈なエピソードがある。

 これは俺の伝え聞きで、あやしいところは相当に混じってるよ。だが、大筋は事実だろう。ある日、森田の部活のOBがバイクを買ったのを自慢に来た。たしか250ccぐらい。しかも夜にグラウンドだか私有地だかに、現役の部活生を集めたという。森田くんもそこに居た。

 これ……よく集まるよな。練習帰りとかだったのかな。オレそんなの呼ばれても行かない。

 でまあ、新車を自慢するだけなら良かった。なんとOB様は後輩達に、

「ちょっと乗ってみろよ。楽しいぞ」

 と、のたまったそうだ。

 ウチはバイク通学禁止だったので、免許持ちはあまりいなかったと思うんだけどね。この辺の細かいやりとりはね。ウワサのウワサの又聞きだから、どこまでが事実か知らないよ。まあ事実だったらヤバイよなコレ。

 完全な私有地だったのだろう。うむ。このOBの家すごい金持ちだったらしいから、そうだったのだろう。

 でね。そこはやはり高校生だし、乗りたくて乗ったヤツもいたらしい。嫌々なんだけど……という奴らも口には出せなかっただろう。とにかくみんなまたがって、ちょっと広場を走ったんだってさ。

 総勢何名か知らないが順番にバイクに乗った。そしてついに森田の番がきた。

 結果から言おう。

 森田はこのバイクをさせた。

 新車がバッチリ廃車だ。廃棄物。

『わざわざ後輩に新車の自慢にきて、ゴミにされたバカOBがいるらしい!』

 これには誰もが大ウケした。学年中に噂が駆け回った。

 爆発した、炎上した、など未確認情報が飛び交った。さすがに尾ヒレだと思う。

 俺は好奇心を抑えかねて、当人の森田の教室に何が起こったのか訊きに行った。彼は顔と腕を軽く擦りむいてた。

「なあ……例の件、何がどうなってバイク壊れたんだ?」

 森田は何故か、はにかみながら答えた。なんなの、その照れ顔。

「50kmくらい出てて、目の前がコンクリ塀だったから。いそいで飛び降りた」

 うっわぁ。よく軽傷ですんだな。思い切りがいい男だ。並外れている。ぶっちゃけ、ちょっと常軌を逸している。そもそも他人のモノ借りて、お遊びで出すスピードではない。

 俺なら徐行かチョイ上くらいのスピードで一周して、

「ありがとうございます、楽しかったでーす」

 で済ませるよ。

 正直ちょっと危ないヤツだと思う。この森田とも一切喧嘩したくない。怪力男の大屋とは、別の意味で敵に回したくない度が高い。

 しかし衝突前に飛び降りたのは大正解だったろう。ヘタに壁に衝突してたら生きてないんじゃないか。

 なお後日譚だが。

 OBの親御さんは、我が子の振舞いにそれはもうガッチリお怒りになられた。そりゃそうだよ。全責任を息子に取らせ、分割で家に金を返すようにさせ、運動部にも森田にも一切のお咎めがないよう取り計らった……らしい。又聞きだが。

 このウワサ通りなら、実家がお金持ちで発言力があって、OBは何だかんだ助かったね。少なくとも、森田の部に出場停止とかそういう処分が無かったのは俺も知っている。

 そしてバイク一台で済んで良かったよホント。誰か大ケガしてたら償いようがない。

 

 ああ、すごい脱線した。

 そんな森田が、俺が追加の段ボールを調達してくる! と言う。

 思えば大荷物を持って登ったので、ここまでたどり着くのは大変だった。が、荷物なしで森田の鍛えた脚なら早いんじゃないか?

 三人で右往左往しているより、確実で現実的だ。

 それに段ボールは、最終的にテントの床に敷ければ、それでいい。道中で折ろうが曲げようが丸めようが問題ない。ひとつひとつが小さくても構わない。ぶ厚く敷き詰められれば、それでいいのだ。

 そこで俺と大屋は、一番大きいバックパックの中身を空っぽにした。他に、とにかくそれなりに入りそうなカバンやら紙袋やらビニル袋を用意し、森田に託した。

 こんなもん、量なんてあればあるほど良いからねェ!

「じゃ、パッといってくるわ」

 と森田はサクサク草を踏んで出かけてった。

 ちょっとそこまでみたいな足取りだ。こうしてる分には、ちょっとカゲのある、ハンサムでいい男なんだが。

 そういえば体育祭のときな。騎馬戦で森田と相対して闘ってるとき、すごい怖かった。何してくるかわかんねえオーラ出てんのよ。


 ともかく本当にありがとう森田。

 おまえの献身、俺たちは決して忘れない……みたいな感じに我々はあまりならない。男同士だとあんまり、ないと思う。

「よっしゃラッキー」

 と大屋は言い放った。容赦がない。

「これで寝れなきゃ、さすがに撤退かな」

「とりあえず寝なおしたいぞ。暖かくなってきたし」

 と俺は言った。寒さを押して眠ったので休んだ気がしない。ぬくぬくのシュラフでもうちょい横になりたかった。外気温は、Tシャツ一枚でも平気なほどになっている。俺と大屋は、ありがたく昼寝することにした。

「麦茶でも冷やしといてあげよっかねェ」

 と俺はカタチだけ森田くんへのねぎらいを提案した。

 だが、大屋は

「あいつ、ついでに駅前で美味いもん食って帰ってくるんじゃないか?」

 と言う。

 それはもっともだ。ありそうだし、権利でもある。ま、ビールは冷えてるし、いいか。シュラフにもぐり込むと、気絶するように眠れた。二時間ほどで、今度は逆に暑くって目を覚ました。

 スッキリした俺と大屋。湯を沸かし、レトルトとパックご飯のカレーを食う。

 よっしゃあ! 元気いっぱいだぜえ。

 

 さて、そろそろ森田が戻ってきてもいい頃なんだが……。

 五千字を軽く超えている。次回に続く!

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