『刀剣』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は 後編
(前半のあらすじ!)
いかにもドーデモ良さげな棚から引っ張り出したぺラペラファイル。その中身を見てしまった僕。
ウワァ! 素人目でみて、売上げがスッゲェ良くないが大丈夫か?
とりあえずデスクで頭を抱えてしまうのだった!
……さて。落ち着け。
半期売上、つまり6カ月で800万ぐらい。ヒドイ。ヒドイな。
もう〝非道い〟などとカッコよく書きたい。
とはいえ刀身だけ売ってるわけじゃないハズだ。きっと他にもある。
刀には拵えがある。装具がたくさんある。時にはお客様から、幾らくらいのどの鍔をみつくろってくれだの、この刀に何のイイ感じの鞘を付けてくれ、とかリクエストあるんじゃないか。部品はやたらあるのだ。そっちの売上とか。
それに、研ぎやら事務取次ぎやら、副次的な頼まれごとも多いだろう。
そうさ。僕が知らないだけで、そっちの収入の方が多いかもしれないな。頻度は高そうだ。そうだそうだ。見る限り、あのファイルはあくまで「刀身」を売った記録だ。ひょっとするとあの何倍も総売上はあるかもだぞ。落ち着け。
たとえば車屋さんだって、修理だ車検だ用品だ保険代理店だで色々と稼いでいるのだからな。クルマだけ売っているわけじゃないよ。うむ。
しかし……? 費用のほうはどうなってる。
ザックリ社員10名としてもバカにできない現金が毎月でていく。そして、いかな名刀を何百何千と所蔵していようと、モノはモノだ。あのファイルをかなりムリヤリに好意的に解釈しても、やはりキャッシュが絶対的に足りない。お給料が日本刀の現物支給とかか。違法性を突き抜けて斬新すぎるだろ。
税金だって、もろもろのヨソへのお支払いだってカタナでは払えない。現金化しなければ。どうやって回転している?
「おい、いいモノみせてやるぞ」
との声で、僕は我に返った。管理職ぽいオーラの人だった。実際の肩書、知らんのだ。
いいモノ、とはDVDだった。
高性能カメラで、稀代の名刀を端から端までもう、それこそじっくり舐めるように至近距離で撮ってある。そういう映像集だ。こういう映像、大きい本屋さんにいくとディスク付きの本がわりと売ってるよ! 見てみたい人は買ってみてね。何千円とかするけど。グラビアアイドル見るよりは心が引き締まっていいんじゃないかな。
で……応接のテレビを借りて画面ドアップの刀をじっと見つめながらも、僕の心は安らかでなかった。集中できない。やはり、
(この会社ヤバいのでは)
という危惧が胃袋にずっしり重く
さて2日目ぇ!
前日の緊張からか爆睡した僕は元気いっぱい。始業より早く出勤し、軽く掃除機をかける。ゴマすりというのは口ではなく、手でやるものなのだよ。でも、最初しかしない。やり続けると当たり前にされるからね。第一印象だけはバカにできない。良く作っておく価値がある。
おなじく出勤が早い事務員のおねーさんは、
「ありがとね~」
とか言ってくれた。
が、そもそも廊下がすごくホコリっぽいのは昨日から気になってたのだ。綿ぼこりがすみっこに溜まるほどだ。自室はぶっ散らかす僕だが、職場はいやだ。気になるし、まったく気にならないヤツとはあんまり仕事したくない。
あ、ちなみに事務員の〝おねーさん〟といってもロングヘアが似合ってる感じの人で、実際は何歳だか知らない。なんとなく僕基準でおねーさんなだけ。多分かなり僕より年上。可愛かったよ。可愛い系。
掃除機をしまっていると、おねーさんは廊下の突き当りの人気のないトコロから、ちょいちょい、と手招きしてきた。〝ちょっとこっち来て〟な奴だ。
何だ?
おいおいなんか期待しちゃうぞ。とジョーク脳内セルフサービスしつつ、でも何のハナシだろうか、とマジメに心配しつつ僕はついていった。
「なんでしょうか」
と僕は言った。
ここにも掃除機かけてほしいんだけど、って雰囲気じゃない。
おねーさんは周囲をちょっと確認してから、小声で言った。
「なんでアキシマ君は、この会社に来たの?」
……えっ? なんでって。採用されたからだけども。
「日本刀とかが好きなので」
と当たり障りなく答える。
するとおねーさんは憂鬱そうに、驚くべきことを語り始めた――
とにかく、売れていないこと。
お客との仲は深いけど、毎年高い買い物をしてくれるわけない。
ここ十数年、社員を全く昇給させられてないこと。
当然、ボーナスなんて一円も出せてないこと。
とくに今年にはいってひどく、どんどん証券や土地を切り売りしていること。
「履歴書みたけど、アキシマくんはまだ若いし、普通の仕事もできそうだよね? それでもここで続けるの?」
そこまでか。そこまで言いやがった。
例のファイルを見てなければ、まだ動揺しなかった。
だが、僕は完全に呑まれていた。
(ああ、やっぱりか!)
というショック。
それに加え、
(なんでこのおねーさん、こんな話を俺にするんだ)
という訳の分からなさ。頭真っ白。
「えっと……それは……」
と僕は思いっきり詰まった。この瞬間に大勢は決している。
それでもやります……と、即答できなかった。なによりこのおねーさんが恐ろしかった。なんか執念じみてるってこの行動。
確かにさ、そういう状態なら人は辞めるだろうよ。
放っておいてもそうなる。とはいえ、それでも残るヤツは残っていくのではないか。実際に社員いるわけだし。それだけの魅力がある仕事だと思う。やりがい搾取でよくないと思うけど。
なんでこんなことをするんだろう。なぜ入社したばかりの夢見がちなルーキーをわざわざ捕まえて、自社のヤバさを説くんだ? 俺だけにやってるとは思えない。これじゃ常に人手不足、《急募》になるに決まってるよな……。
内部に、新人を離職させようと秘密裡に動いている、ナゾの反乱分子がいるんだから。しかもこの工作員おねーさん、総務と経理の実情をバッチリ握ってる。
「なんか、ココがフツーじゃないって感じに聞こえます」
と、僕は言ってみた。
「普通じゃないよ。まともな仕事じゃない」
とまでおねーさんは言い切った。
いやあ、こんなこと言われてさァ。やっとありついた仕事で、大好きな刀剣を好きなだけ眺められて、がんばって売れば給料もあがるかも! ……って思って入ってきてだよ。こんな説得をくらうとか。これまでに採用されて辞めた人は、とんだカウンターだったろうな。
僕はいくらか良くない予感があったので、ショックが少ない方か。
その日の仕事はどんなだったかよく覚えてない。
自宅に帰って、じっくり考えることにした。近くの自販機で飲料を買って、チビチビ飲みつつペットボトルで手遊びしつつ考えた。そんなことを妙によく覚えてる。この時、かなりマジメに考えてたようだな。
――いいだろう、状況がもう泥船なのはよく分かった! いや、よくないが!
確かにこの給料が生涯変わらないのは、キビシすぎる。ぶっちゃけ資産形成できる気がしない。で、あるからして。
「そろそろ自分の刀を持ちたい!」
など思うころには老後の見通しに頭が行ってて、とても買えんだろう。それに倒産したらどうしよう。そうそうツブシが効くスキルや知識じゃないし、すぐ転職先がある世界じゃないぞ。参ったな。
だがしかし、どうだ。
僕が八面六臂、一騎当千の活躍をして、将来的にインセンティブ制度を組み入れる発言力が付くぐらいにがんばったらどうかな。みんな大いに稼げるんじゃないか? とガラにもなく超前向きに想像した。のだが……取らぬタヌキの皮算用にすら、ならないことに気付く。
タヌキが沢山いる山なら皮算用ができる。だがこの山にはタヌキがすっごく少ない。つまり買い手の母数がとっても限られてる。絶対数が少なすぎる。タヌキが増える見込みも怪しい。いくら某ゲームが流行っても、そのファンの分、刀剣コレクターがごっそり増えるわけではないだろう。
獲物がいるんなら、皮算用できる。ところが、そもそも山にタヌキがいねえのだ!
いやー参った。まったく参ったな。ムリヤリ前向きに考えてみたが、やはり詰んでるかな。そこで僕は会社の決算資料を調べた。おねーさんを疑うわけではないが。
……ああ、こりゃダメだ。数字の良し悪しでなく、一見するだけで真面目に作られていない。中身を吟味するまでもなかった。この最後の一押し。
かろうじて背中を支えてくれてた、ポポロスパ2本ぐらいの僕の心のラストつっかえ棒は、アッサリポッキリ折れてしまった。
何日か勤めたが、やはり気持ちは変わらなかった。早い方が良いと思ったので、僕は社長に辞意を伝えた。彼は特に怒りも引き留めもしなかった。さては完全に慣れてんなコイツ。
やめるまでの数日間、見れるだけ刀を見て思ったことがある。
どうも僕は、好きになる刀の値が低い。百万を越したことが無い。どうもこう……雅で姿の美しい名剣より、クセとか不均衡とか不規則さとか。果ては微キズにまで惹かれるようだ。言葉にしづらい。
これが良い事なのか悪い事なのか、サッパリ分からない。が、やはり商いとして刀を他人に勧めるのに向いた美的感覚ではないのかも。
例のおねーさんの善意は、嘘ではなかったんだろう。しかしその行いは善い事だろうか? 会社からしたら悪だ。とはいえマトモな仕事じゃないって自分で言いながら、彼女はずうっとあの世界にいて、ああいうコトしているわけで。
僕には、どうこう言う資格は無いか。
もう立ち入らないと決めてしまった世界のおハナシだ。
念のため書いておくと、この話からどう追ってもその会社にはたどり着かない。
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