『刀剣』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は 前編

 僕は昔から、「かたな」が好きだった。思えば小学生のころから。


 まあ男の子なんて物心つけばチャンバラはたいてい好き。

 そういう生き物だし、小学校から市の教室と地元少年剣友会で剣道はじめたというのもあるか。

 DIYが好きな父親から、木工であまった板の端材をもらった。そんで、小学校の図工のアレ……彫刻刀で、ちまちまと木の短刀を削った。

 所詮は板から削り出したモノだから。ちゃんと立体感のある剣じゃない。

 とてもお粗末なものだ。とはいえちゃんと反りがあるし。幼い僕はカッコイイと喜んだ。宝物と思った。

 なんせ抱いて寝たぐらいだからな。


 ふふ。おいおい、なんかコイツ。すごくカワイイ少年じゃないか?

 根っこは変わってないのでね、チヤホヤ可愛がってくれてもかまわんよ。さぁさぁ。


 んで、中学から剣道部に所属すると、いずれ木刀が必要になる。部室にもある。

 昇段試験の内容に型も加わってくるので、どうしたって必要だ。部室のは灰色に朽ちて、凹みまくってた……。ともかく続ける気がある人は、大抵買う。

 木刀にもいくらか種類がある。桐の木刀とか、白樫の木刀というカッコいいのもある。何倍も値段がするわけじゃないが、気品があってすごく羨ましい。自信がないと、なかなか大きな会場には下げて出れない。しがない少年剣士には、そんな憧れアイテム。

 僕はフツーの赤樫の木刀を買った。身の丈に合っている。というか周りもみんなコレだったし。相棒に思えて、進学して一人暮らしするときも寮の自室へ持って行った。やはり、枕元に置いて寝た。


 ……我ながらちょっとヘンタイじみてるな。名前つけたりはしてないぞ。


 親元を離れると、自分のスペースの使い方も自由になる。なので模造刀も買ってしまった。安いレプリカなので振ったりはできない。

「へぇー、こうなってるのかァ!」

 ……とワクワクする用。創作資料としてはいいと思います。



 そんな僕が社会に出て、求職している時だった。

 この時のシゴトに、見切りをつけたのだ。運営会社が破産する。でもって、うまいこと他の会社に事業継承できるかも今の業務形態が続けられるかもわからない。つまり今の雇用が保証されない。そんな状態だった。ウワサではどうも全員、人員整理されるのでは? との事で。こーなると、もう勤務自体が苦痛になってくる。

 楽しくない。僕は決断した。

 終焉がバッチリ見えてる仕事にやる気が湧くようには、人間できてないんじゃないかな。

 

(本読んでるだけでカネ貰える仕事ねーかな!)


 とか頭ん中でグチりつつ、近くのビルにあるジョブ検索センターでガチャガチャ端末をいじくっていた。なんか、ハローワークの市街地出張センターみたいなとこだね。そして。《急募》の所にそれはあった。目を見張った。いや、目を疑った。


 職務内容、日本刀・古美術品の販売。ほか付帯する業務。


 オイオイまじか。

 大好きなカタナを売る仕事……こんな誘惑はなかった。いや運命に違いない、とまで思った僕は応募を決めた。プリントアウトした求人票を家に持ち帰るなり電話で面接のアポを取り、履歴書と職務経歴書に取りかかる。

 さて。なんの経験が重視されるのか分からん。

 ともかくも、とりあえず接客経験を前面に出して書いといた。物を売る以上は、客との対面はあるだろう。悪い印象にはならなかろう。


 さて結果からいうと、即日採用された。社長自らの面接は、ほぼ彼の演説会であった。経営者というのは

『俺が俺が! 俺は俺は!』

 みたいな人がけっこう多いので別に驚かない。

 ぼくが、

「はぁそうなんですね~。なるほどそういうものですか~!」

 とハナシを合わせているうち、社長は

「じゃあキミ、とにかく明日からウチでやってみようぜ!」

 ということになった。履歴書と経歴書はまったく読まれなかった。いや、無職の僕に嫌も応もない。


 さてこの刀剣商。社長と、管理職ぽいオーラなおじさん。総務とか経理の事務の女性がひとり。で社員が7~8名、ここに僕が加わる。時々、研ぎとか細工をする人が来ている。この人は嘱託とか?

 代表含め、約10名ほどとなる。少ないようだが、美術商というものの従業員数の相場がわからん。まったく分からん。


 出勤してみると、その日は例の管理職ぽい男性一名、事務員さん一名、ほかの従業員は留守番の先輩一人だけ……。

 どうも寂しい初日だった。

 聞いてみると、遠方にセールスに行ったりナンダカンダで出払っている。今日は誰も戻ってこない、とのこと。挨拶はすぐにすんだ。

 なるほど、そういう時もあるだろうな。

 先輩が、

「まずは現物をみてみないことには、始まらないっしょー!」

 と言って僕をとある部屋に連れて行った。


 その部屋の蛍光灯がついた途端、僕は息を呑んだ。

 いや、息が止まってたかもしれない。

 大きく長い机がずらーっと並んでいる。白布がかぶせてあり、その上にはびっしりと日本刀の刀身がならんでいた。全て本物だ。当然ながら。

 銀色の海だ。

「どうだ? すごいだろう」

 と先輩は嬉しそうにかつ自分のことのように、得意げに言った。わっかりやすく僕が呆けた顔で驚いてた。というのもあるだろうが、彼も刀が大好きでしょうがないのだ。

「これとか……これなんかな、本当にいいモノだよ。ホニャラ万円、こっちはホニャララ万円は下らないだろうな」

「あのー、いいんですか、ココでそんなしゃべっちゃっても」

 と僕は小声で訊き返した。

 人間、話せば唾液が飛ぶ。目に見えないサイズの飛沫でも飛ぶ。刀身に付着すると錆の原因になると聞いていた。鉄は鉄なのである。

「あー、このぐらい大丈夫大丈夫。あっほら、今ある中ではこれも良い刀だぞ。さすがに、虎徹くらい名前なら聞いたことはあるだろう」

 ホントに大丈夫なのか? 

 と不安な僕をよそに、先輩は一振りを持ち、手順通りに渡して、見せてくれた。

 これが虎徹なのか。反りが薄く、ずっしりと構えたような迫力がある。ナイフでいえば、ミラーフィニッシュの様に磨きあげられていた。


 なお、刀身の光り具合は仕上げ次第でけっこう変わるとか、虎徹はすごく贋作が多い、とか知ったのはずいぶん後の事である。感動がホンモノだったので、真作だったってことにしよう。自分の感動をわざわざ自分でおとしめる必要はない。

 

 それから何本も見せてもらって夢のような部屋から事務所に戻った僕は、やはり夢見心地でボーっとしていた。先輩は他の仕事があるらしく、

「今日明日ぐらいは、とりあえずこれを読んどくといいよ」

 と刀剣に関する本や小説を4冊くらいドンと置いた。

「ハイワカリマシタ」

 先輩は、席に戻っていった。


 さて、我に返った。本の背表紙をざっと見る。

 えっ、この直木賞小説も資料なの?

 諸君よろこべ。勉強とはいえ小説読んで賃金が発生するお仕事、存在した。あとは刀剣の入門書。さて夢心地は一区切りだ。いっちょう、自主研修のお時間と行こう。

 各部名称、刃の表情を何と呼ぶか、など基本的なことから勉強。そのぐらい知っとけよ、なんて思われるかもしれない。だが、

「なんとなくカタチとか見栄えが好き」

 だった僕と、愛好家の基礎知識レベルは違いすぎる。

 何時間か集中して、座ってるのに飽きた。少しは身体を動かさないと効率落ちるしね。


 思い切り伸びをして、僕は事務所をウロウロした。どこに何があるかくらいは、知っておくべきだ。


 ひとまず、紙ファイルがズラリと並んだ、カジュアルなスチールラックに目を付けた。それこそワンルームとかにありそうな、どこかで見た気がするラック。あっ、無印とかハンズで見覚えある感じだ、コレ。オフィス用のキャビネットじゃない。


 よーするに〝別に読んでもいいよ~〟な雰囲気だった。取り出して、パラパラっとめくってみる。大事な書類ならこんなトコにポンと置いてないだろう。

 つーか、背表紙くらい貼れよな。なんかルーズだなァ。テプラないのかな。貼ろっかな。そういうのこそ新人のシゴトな気もするし。


 順番に中身をささっと見て、戻していく。どれもあまり内容がわからなかったが――それがキミドリのA4ファイルだったのをハッキリ覚えている――を開いた。そして俺は絶句した。

 目を見張ったり息を飲んだり呆然と感動したり絶句したり、まったくイソガシイやつだな!

 と自分でも思う。この日は心がとてもイソガシイ日だった。


 書類はきわめて単純。

 毎月つけているであろう手書きの折れ線グラフ。月々の販売数と収入を、折れ線グラフで書いてる。点の横に、商品のおおよそと販売額が書いてある。

 手書きで、

『無銘 打刀 ナントカ万円』

 だとか、そんな感じ。


 なぜ、絶句したか。

 半年で三振りしか、売れていなかった。分かりやすく言えば三本。

 ざっくり合わせて800万いくら、というところか。月で三本じゃない。四半期でもない。半期で三本だ。6か月間でだ。これで大丈夫なのか?

 僕はさかのぼってページをめくる。一応、もっと売れてる時期もある。それでも、3倍も10倍も売れてはいない。


 僕は……ちょっと眩暈がするのを感じながら席に戻った。

 

 ちょちょい! 僕が頭を抱え始めたところで! 後半に続く。

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