『骨董』をカジって飛んだ趣味イナゴな僕は

 ホビーホッパー。


 ……なんて言葉はないけど。

 趣味を転々とする人、という言葉としてみる。

 うん、わりと僕だ。


 いちいち

「よし、やーめた! 次だ!」

 なんて考えてるわけじゃないけど、バッタみたいにとびつく。しばらくカジる。そしてヨソに、ぴょんと飛ぶ。どことなく恥ずかしくもあるんだが、個人的にはコレ、結構いい事だと思う。なんやかんや、話したくもない相手でも、話題が続きやすいからな。ああそうさ。沈黙をまぎらすだけの雑談なんて大嫌いだ。糊口のために、話すときは話すけど。


 あっマズい、また脱線する。

 とっ、ともかく!

 せっかくだからカジった趣味は語ってしまおうかなあー!

 ……というのがこれ『趣味イナゴな僕は』シリーズです。

 ガチ勢さんは生暖か~い目で見てくださいませ。

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 骨董と言っても、古いものを見て楽しむという、かなり広めの意味。あまり手元に所有することに、固執はしてきてない。


 高校のころ、帰宅路の途中におもしろそうな店を見つけた。

〝がらくた屋〟

 と古そうな、銘木っぽい看板。達筆なんだかヘタウマなんだか分からない感じで書いてある。雨ざらしでくすんで、すり減ってる感じもある。なので、〝屋〟だったのかというと、確信はない。


「強いて読むと、『がらくた〝屋〟』に見える……けど。〝がらくた店〟かね?」

 と言うと、友人の村中くんは

「〝亭〟とでも、読もうと思えば読めるぜ」

 と言った。そのぐらいボヤケてた。

 背の高い植木にかなり遮られてるが、ジブリなんかにありそうな、木肌むきだしの一軒家。とにかく僕ら2人は迷うことなく入った。若いから、いちいちためらわない。

 

 中は一見してがらくた……と総じて呼ぶなら、カンバンの通り、コレらはそうなのかな……ってモノが乱雑に置かれていた。ハダカ電球みたいな、安心する色の照明。つうか古い民家の一階ぶち抜いてあるだろココ。柱とか切ってないだろうな。こんなにモノ置いて、倒壊しないよな。そういう感想。

 当然、よく分からない。いや、しかし分からないなりに、たいしてお高いモノはないのだろうと思った。


 オシャレな初老の女性が座っている。チリチリの髪は、年のせいだか、セットしてないパーマなのだか分からない。全体にニットやらヘンプ素材系で、色鮮やかでセンスの感じられる服装だった。

 彼女は無関心でもないけど歓迎してもない、何とも言えぬ調子で

「……いらっしゃい」

 とだけ言った。


 で、また手元の本に目を落としてしまった。


 しかし我々は若いので細かい事は気にしない。つぶさに見て回った。僕も、たぶん村中くんも夢中になっていた。どれも珍しくて珍しくてたまらない。

 はじめは『ヒロポン』って書いてある紙の小袋を見つけて「ウワァ!」やら、謎な木製部品の山からひとつひとつ、用途を推測しあったりやらしてた。通学路、帰るついでだから、僕一人だったり、この村中くんといっしょだったりだが結構な頻度でお邪魔していた。


 うん。まったく買いもせずに。べつに邪険にされなかったし。


 まさにこの、小説の中に出てきそうなお店で、僕は古い物の美しさを知った。

 飴色に擦り切れた木目の美しさを知った。欠けた謎な陶器の紋様や、かすれたうわぐすりの色。茶色くなった軍隊手帳の何気ない書き付けからただよう往時の日常。煙草盆の古い鉄錆の風合い。古くて出来の悪いロレックスのイミテイションからでさえ、何やら訴えかけてきそうに思われてくる。


 ある日、僕は古ぼけた布製の人形を見つけた。

 ケースなんて上等なモンはない。ポンと置かれてるだけ。

 銀髪の三つ編み。水色のドレス……というよりはひらひらしたワンピース? どっちつかずだ。小さく、ごく薄い笑みの唇。普通に見て、けっこう冷ややかな笑み。鼻はあまり高く見えない描き方。そして特にやられたのは目だ。形容しがたい。

 目は笑ってるのだが、なんか

「そーら見た事か」

 みたいな含み笑いな、意地が悪そうな目。全体でいえば怖い顔だ。

 これを女児にあげたらその場でギャン泣きし出す。間違いない。

 なんじゃこりゃ、と思った。


 が、これが僕が初めて「手元におきたい」と感じたモノになった。自分でも、なんでこれが欲しいのか全くもって言語化できなかった。今でもムリ。


(モノに惹かれる、取り憑かれる、てのはこういう事なのかな)


 と思ったのをおぼえている。理屈じゃないのだねェ。

 

 僕は初めて女店主に、

「これって、いくらですか」

 と、値を聞いた。


 彼女は即答した。

「いくらなら買う?」


 高校生にわかるかァ! つうか客に訊く奴があるかァ!


 と、心はツッコミでいっぱいだが……。

 お小づかいと、胸中でグルグルしているナゾのもの欲しさを考える。

「四千円」

 となんとか口に出た。

「売った。ピッタリ賞だね」

 は? 

 いや待て、それァどういうことですか?

 と僕は訊いた。


 んでね? 

 説明によると、どうやら店主は店主で

(この小僧がいくらと言ったら、売ってやろう)

 と数字を決めてあったらしいよ。足りなかったら、売らなかったらしいよ?


「面白い趣味してる。でも学生さんだから、三千円でいいよ」

 

 とまけてくれた。いや、どうかわからない。

 だってさァ、千円でも五百円でも、この人売ってくれたかもしれねーじゃん。保証ねーもん。まったく嘘と言わないまでも、少しからかわれた気はするし。ただまぁ、すごく真実味を感じる雰囲気だった。オーラといおうか。今でもあの言葉がぜんぶ嘘だったとは思わない。そこは小僧の俺の、純真なカンを信じたくはある。


 いうて海千山千の店主からしたら、そんなのは余裕の演出、遊びだったかもしれないけどね。


 とにかく、晴れて僕は正式に誰にも恥じる事がなく、真に、この不思議な人形の所有者となった。達成感のような、どこか現実が信じられないような高揚感があった。人形を見やるたびに感じる満足感も。これはずっと感じていられるのだ。ハマったらヤバイ道楽かもなって頭をよぎったが、まあ数千円だし。高校生ごときが馬鹿にしていい金額ではないが、命にかかわる額ではない。


 それ以来、この店主さんとたまに話すようになった。


 モノの置き方は実はさほどに乱雑ではないんだよ……とか、この中には、何十万円くらい出す人がいるモノが少数まじってるよ……ということを聞き知ったのも、言葉を交わしだしてからだ。


 そんで僕はたしか、これにそんなカネ出す人の気持ちがわからない、とか言った。


 それに対する店主の返事を要約すると、

「カネを出す人が奇特なのか? モノにその金額に値する奇特さがあるのか? というのは、ぶっちゃけ私にもよくわからない事なのだよ」

 という事だった。


 なるほど。僕も「なんでこんな人形に三千円出したんだ?」とさんざ言われた。

 

 そうか、結局、僕の三千円もどこかの誰かのウン十万円も根っこは同じなのか。

 だから骨董や美術って、おっそろしい世界なわけかな。魅了されたら言い値でも出しちまうし、お得ならコリャ二度とないチャンスだぞ、って飛びついてしまう。よくよく手元で調べてから気付いても、後の祭り。

 三千円は、安い勉強料だったのかも。

 

 

 さて、彼女――いまは人形のこと――と、おおよそで10年間ほど一緒に暮らした。その後も、別口でほしくなったものがあり、半分露天みたいな空き地の商人から手に入れた。


 ラピスラズリで装飾されている、フォールディングナイフだ。刃物としての機能は全くない。ペーパーナイフ以下。というか刃に負荷がかかると折れてしまうというシロモノ。ということで安かった。さらに値切ったし。

 僕は、柄の蒼いラピスの装飾が眺められれば幸せだったので、とても好都合だった。コイツにもなんだか運命を感じた。

 たまに骨董屋とか美術屋を冷やかすようになった。


 えーと。

 いきなりの顛末になるのだが、やむない成り行きで、私物を処分せざるを得なくなった。ちょっと我が儘が言えない状況が来ちゃったのだ。

 刑務所にいくことになったので、とかじゃないぞ⁉

 いつまでもすべてのスペースが自分のものじゃない系の生活の変化だ。


 ナイフは後輩にゆずった。真面目に欲しがってくれてたので、ためらわなかった。しかし人形だけは、誰かに譲る気になれなかった。

 いや、そもそも欲しがるヤツが皆無だったのだ! だよな、すげえコワイもん!


 なので、頼んで寺で供養してもらった。俺の親、寺の娘なのだ。親戚価格で助かったぜ。

 こうして、心にしこりの残らない方法で彼女を手放せた。一応は気が済んだ。可燃ごみで処理だなんて一生ヤな感じが残ったと思う。

 それでも申し訳なさを感じた。僕がもっと裕福で力があれば、そもそも処分せずに持ち続けられたかもしれない。少なくとも適切な相手に譲れるまでは。

 所有とは責任なのだ。古くて代わりのないものであれば、その寿命の責任をあずかる身となるわけだ。


 そんなこんなで、今はもう、冷やかしも止めている。

 ナントカ洋行とかナントカ美術とかに入ると、やはり店の人が来る。何をお探しかとか、気に入りましたかとか、聞いてくる。あの〝がらくた屋〟みたいに好き勝手に放っておいてはくれない。すでに俺はどうみても成人で、来客があれば応対するのが普通のお店だ。当たり前だ。


 またあんな、素敵な店に巡り合えてビビッとくる物に巡り合ったらね。

 買っちゃうのかもしれない。

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