最適化の末に

疾風 颯

最適化の末に

「ねえパパ、見てよ!新しいおもちゃを作ったんだ!」

 明るく無邪気な少年の声が、豪奢な部屋に響く。その部屋はどう考えても異常であったが。

 窓はなく、光源もない。しかし、その空間で、彼らは何不自由なく存在していた。

「おやおや、それは楽しみだ。今度は何を作ったんだい?」

 【パパ】と呼ばれた者は、穏やかな低い声で聞き返す。

「これ、見てよ!」

「これは……何かのプログラムかな?」

「うん!これは、常に最適化を目指して、自身の存在を変化させるプログラムなんだ!これを野放しにしたら、面白いと思わない?」

 期待に満ちた少年の声に、父の声は興味深そうに頷いた。

「ふむ……絶えず変化する存在というのは面白い。ただ、最適、というのは何なのか……。そうだ、これの名前はなんて言うんだい?」

「【命】って言うんだ!」

「そうか、【命】か……。良い名だと思うぞ。じゃあ、【命】はしっかりと管理するんだよ。面白いものが見られそうだ」

「うん、わかった!」


§


「パパー!なんか変なの出てきたー!」

 困惑五割、恐怖三割、その他二割といった、少年の声が響く。

「どうしたんだい?そんなに慌てて」

「見てよ、これ。僕が作った【命】は最適を常に選び続けるはずなのに、こんなのおかしいよ、非効率的だ!」

「どれどれ……」

 どうやらそれは、【命】が変化した先の一つであるらしかった。【それ】は個々として圧倒的に脆弱で、しかし何よりも狡猾であった。個で弱いならばと、小細工を駆使して存在を保っていた。特殊ではあるが、これも最適解の一つであろう。

「いや、これも一つの形じゃないか?」

「そうかなー。でも弱すぎるじゃん。強ければそれでいいのに」

「どうだろう。強さというのは様々さ。それにただの勘だけど、これはきっと面白くなるよ」

「そう?じゃあしばらく【これ】を見てるよ」


§


 【それ】は非常に非効率的であった。力は無く、繁殖も少なく、また積極性すらない。必要のないことばかりし、そのくせ必要なことを厭う。

「意味分かんない……」

 【命】を作った少年は、理解出来ないとばかりに声を漏らした。

 【それ】は少年にとって異分子であった。最適を選び続けるはずの【命】の制約が、揺らいでいるように感じていた。

【それ】自体は変化していなかったが、【それ】が変化させていた。

 【それ】は自身の非効率を補うために、その手で効率的なものを生み出したのだ。

「ほら、言っただろう?面白くなりそうだって」

 【それ】は己の力で得られないものを、対価を渡して他人から貰うという取引をした。

 そして、それを円滑に行うための緩衝材を作り、それをもってコミュニティを運営した。

 そして、さらに効率化しようと、色々なものが生み出され、変わっていった。

 いつしか緩衝材は架空の存在となり、存在しないそれが回ることで、コミュニティも回る、そんな不思議な事象が起こっていた。

「いや、駄目、これじゃ駄目だ!」

「どうしたんだ?不満かい?」

 少年が取り乱した。

「これじゃ、こいつらは、中枢部分だけの存在になる!」

 自分に出来ないことを補い、出来ることすらも補ってきたそれらは、そのうち何も出来なくなってしまう。

 少年はそう考えた。

「失敗作だ!」

 そう言って彼は世界に蓋をした。


§


 そして時が経った。

 少年は忘れていた【それ】を偶然発見した。そして、興味本位でその世界を開いた。

 その中には……




「居ない……?」

 てっきり自力で移動することすら出来ない、最も効率的で、しかしもっともらしい非効率な【それ】があると思っていた。しかし、それは影の形もなく、忽然と姿を消していた。

「何があったんだ……?」

 少年は急いでバックログを遡る。

 【それ】が消えたのは、【それら】が3XXX年と呼んでいたころ。

 少年の予想した変化は起こらず、彼らは消えてしまった。


 彼らの創り出した【世界】に。


 彼らは電脳の世界の住人となった。そして世界に彼らはもう居ない。

 彼らは二つの意味で最適な存在となった。

 少年の世界において、彼らは存在しない。何も無ければ、それは最適だ。

 彼らの【世界】では、彼らは間違いのない、欠けたもののない存在、つまりそれは最適だ。

 全知全能、神の領域に、彼らは至ったのだ。

「そんな、馬鹿な……」

 少年の部下が、数百億柱ほど増えていた。

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