第88話 オルレアの疑問

 オルレアとシュベルトがギスギスしながらも、この場は解散となった。

 グランの腕の中にいたアリシアは自身の体に違和感を覚える。

 それは悪い感覚ではなく、力が溢れるような感覚であった。

 名残り惜しかったが、アリシアはグランの腕の中から抜け出し、オルレアの元へ向かう。


「オルレア今、良いですか?」


「わたくしもアリシア……ファルティア様に用事がありましたから丁度良かったですわ。それでどうしましたの?」


「えーっと、右手を見せてもらっても良いですか?」


 聖女の結界を壊したオルレアの右手は出血は治まっていたが、骨折は治っておらず赤黒くなっていた。

 アリシアはその手を優しく包み込み、小声で唱える。


「『上級回復魔法グランド・ヒール』」


 手の骨折は治っていき、右手は綺麗な肌色に変わっていく。


 それは使える者は数える程しかいない、上級回復魔法であった。

 今まで低級回復魔法ヒールしか使えなかったアリシアが使ったことに、オルレアは目を見開く


「あなたもしかしてスキルが────」


 アリシアは口の前に人差し指を構えて、内緒のポーズをした。

 彼女にとって"聖女"のスキルは嫌な思い出である。

 家族と離れ離れにされ、神殿での教育などつらい過去だった。

 オルレアは彼女の気持ちに気づき尊重する。


「分かりましたわ。私も内緒にしておきますわね」


 オルレアはアリシアの頭を治してもらった右手で優しくなでた。

 アリシアはオルレアに子供扱いされていることに少しだけムッとする。


「それでオルレアはどうかしましたか?」


「この後ファルティナ様と二人っきりで話をしたいんだけど、どうにかできないかしら」


 オルレアが相談するとアリシアの髪と眼の色が変わる。

 聖女のこともあり、ファルティナは監視していたようだ。


『そうね……アリシアちゃん、私の像ってまだ残っていたかしら? 残っていたらそれをオルレアちゃんに渡してあげた。オルレアちゃんはその像を小さめな部屋に祀ってお祈りをいっぱい捧げて部屋を神気で満たしてちょうだい。そうすれば私とお話できるわ。ただ結構大変だから、アリシアちゃんに手伝ってもらえば早いんだけど……』


「いいえ、わたくしがファルティナ様とお話がしたいので、わたくしが頑張りますわ」


『そう分かったわ。後でいっぱいおしゃべりしましょうね』


 アリシアの髪と眼の色は元に戻った。

 ファルティナはどうやら離れていったようである。


「そういえば、オルレアあれはどうするんですか?」


「あれは放っておいて帰りますわ。兵士たちが起きるまでここで待つと思いますので」


 あれ呼ばわりされるシュベルトをここに残してグランたちは帰っていく。

 学園が大変な状況になっているが、ミレイナもドウコにやられたため疲労がひどく厄介なことに巻き込まれる前に帰っていった。

 グランとアリシアはオルレアと共に家に帰るより近いためキャンディア家に寄る。

 そこで馬車を出してもらい、家まで送ってもらった。

 アリシアは家に着くと御者にファルティナの像を手渡し、オルレアに渡すようにお願いする。




 キャンディア家ではファルティナに言われたように、オルレアが準備していた。

 元々は倉庫にするつもりで使われていなかった、小さな部屋を掃除する。

 そこに良い感じの台を見繕い、アリシアから貰ったファルティナの像を祀った。

 オルレアには神気というものが良く分からなかったが、ひたすらお祈りをする。

 両親のこと、グランとアリシアのこと、友人たちのこと、使用人のこと、ちょっとだけシュベルトのことを彼らが平和に生きられるように祈っていった。


 二時間ほど祈りを続けると、部屋の中が荘厳な雰囲気になっていることにオルレアは気が付いた。

 それはフレイアのいる孤児院の礼拝室の雰囲気に似ている。

 オルレアが戸惑っていると、急に声が聞こえた。


『オルレアちゃんお疲れ様、よく頑張ったね』


「ファルティナ様……本当に疲れましたわ」


 オルレアは教会の関係者ではないため、普段はそこまで祈りを捧げていなかった。

 さらに聖女と戦闘した後に、二時間も祈り続けたため、さすがにヘトヘトである。


『でもすごいよ。二時間で私の声が聞こえるまで神気を満たしたんだから、才能あるよ。それで聞きたいことは何かな?』


 オルレアは聖女から聞いた話をファティナに報告していく。

 オルレアからの報告を聞いて思案していたファルティナは言葉を紡いでいく。


『アリシアちゃんについてはヤルト君が意図的にその辺を隠していた感じかな。グラン君とアリシアちゃんに聞かせる話じゃないもんね』


「わたくしはファルティナ様がアリシアが追い詰められるまで放って置くとは思えなかったのですが……」


『う~ん、なんて説明しようかな……。オルレアちゃん、この世界には三通りの世界の可能性があったんだよ』


「三通りの……世界ですか?」


『うん、一つ目は女神ファルエリに私が力を奪われなかった世界。この世界では私はアリシアちゃんに"聖女"のスキルを与えた後に数年眠りにつくんだけど、起きたあとアリシアちゃんが酷い目に遭っていたら、神託を出しまくってでも助けると思うよ』


 アリシアについて教会に神託を出したファルティアも、まさか両親から引き剥がし、厳しい教育を行うとは想定していなかった。


『二つ目は女神ファルエリに私が力を奪われた世界。この世界の私は悲惨だろうね。力を奪われた私はいったい何年後に目を覚ますんだろうね……。アリシアちゃんは酷い目に遭ってるし、私は怒り狂うと思うよ。まあ、これが転生者たちがゲームって言ってる世界だね』


 少なくともアリシアが学園を卒業するころまでは目覚めてはいない。

 それでもファルティナの力がどれぐらい戻っているかは不明であった。


『三つ目は女神ファルエリに私が力を奪われて、さらに転生者たちが送られてきた世界。今の世界だね。本当だったらこの世界はもっとひどい世界だったろうね。ゲーム世界だからって転生者が好き勝手するから』


「それはどうして良くなったんですの?」


『グラン君が子供の頃にグレッグっていう転生者を倒してくれたからね。そのおかげで力を回収できて、起きてることが可能になったんだよ』


 ファルティナはあの頃に神託を出せる程度には回復したが、変わってしまった状況を確認している間にアリシアは神殿を追放されてしまっていた。


『まあ、今は三つ目の世界、この世界のことだけを考えればいいよ。転生者たちの言うゲームの世界なんて気にしてたら疲れちゃうよ』


「そうですわね……。そういえば、シュベルト殿下にアリシアが辛辣だったのは何だったんですの?」


『う~~ん、転生者たちの思念……目には見えない力かしらね』


「?」


『転生者たちの言うゲームではアリシアちゃんとシュベルト君が結婚するのでしょ。多くの転生者たちがそう認識していたから、アリシアちゃんが影響を受けたの。それがシュベルト君と顔を合わせたから表出した。特に転生者たちは少量でも女神の力を持っているからね、好きでもない相手を結婚相手のように認識してしまうから辛かったと思うわ。あの子グラン君のこと大好きだし』


「……なんか良く分かりませんわ……」


『気にしなくって大丈夫よ。結局は人の想いの強さってすごい!ってことね。オルレアちゃんとシュベルト君も影響を受けてるはずなんでしょうけど、オルレアちゃんは元々好意を持っているし、シュベルト君は洗脳状態だったからね。アリシアちゃん程影響を受けてないのでしょうね。とりあえず、この思念は後で断ち切っておくわ』


「わたくしは今回の一件でシュベルト殿下に対する想いがすっごい冷めた気がしておりますけれどね。シュベルト殿下を気にしていたのは婚約者の聖女が危険な相手だと感じたからな気がしていますわ」


『あはははは……』


「わたくしの疑問も晴れましたので、聖女の一件をどうまとめるか話し合いましょうか」


『そうだね。私たちの可愛い友人たちの為にも頑張って悩もうか』


 聖女が王子を洗脳していたという国を傾ける大問題に対して、二人はどうやって着地させるか意見を出し合い始めた。

 共通の友人を持つ彼女たちはこれを機に仲良くなる。

 彼女たちはこの問題を解決した後も、よくこの部屋で話をする友人となった。

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