第87話 戦いの終わり
オルレアが待つ訓練場にグランとアリシアは帰ってくる。
「グラン大丈夫ですの!」
アリシアがグランに肩を貸している姿や服に大量の血が付いているところを見るに、大変な戦闘であったことが、オルレアにも分かった。
「アリシアに回復してもらったから何とか。最後は相手に見逃されたみたいな形になってしまったけどな……」
「そうなんですの……」
グランより強い相手と聞いて、オルレアは体が震えてきた。
「オルレアも酷い怪我をしてるじゃないか。アリシア、俺のことは良いからオルレアを治療してやってくれ」
アリシアはグランを床に座らせると、オルレアに『
『ヒール』では右手の出血は止めることが出来たが、骨まで直すことはできなかった。
聖女を倒し、シュベルトの洗脳を解除するという、当初の計画は完遂できたが皆満身創痍である。
三人が体を休ませていると、意識を戻したミレイナがお腹を押さえながらやってくる。
「済まなかった。年上にも関わらず、最初にダウンしてしまうとは情けない限りだ」
「仕方ないですよ。あんなのに不意を突かれたら俺だってダウンしてしまいます」
「しかし、酷い有様だな……学園は休校になるかもしれんな」
「王子が洗脳されていたからね、休校どころの騒ぎではなくなるよ」
ミレイナの呟きに反応したのはシュベルトであった。
洗脳を解除したシュベルトが近くまでやってくる。
「みんな助かったよ。まさか聖女に洗脳されるとは思ってもみなかった。特に解呪してくれた君には本当に感謝してるよ」
聖女の使う"魅了"は本人の意識自体は残っていった。
その上で行動を聖女が望む行動をとるようになる。
解呪してから行動を振り返ってみれば、誘導されていたことには気づけた。
お礼を言うシュベルトをアリシアはガン無視して、グランの腕の中におさまった。
嫌な事でもあったのか、アリシアはいつもより強く抱き着き甘えてくる
グランは甘えてくるアリシアの頭を優しくなでてあげた。
その様子にシュベルトは頬を掻く。
「本当に何でこんなに私は嫌われているんだろうか?」
兵士たちが見たらアリシアの行動は不敬だと騒ぐかもしれないが、シュベルトはそんなことを問題にするつもりはなかった。
シュベルトの疑問にオルレアは思うところがあったが、話始める前に別の声が聞こえてくる。
「あら、皆さんお集りのようですわね」
話かけてきたのは目を覚ました聖女であった。
「まさか、ドウコを退けるとは思ってもみなかったわ。そちらの方は本当にお強いのですね」
聖女は心の中で微笑む。
(使えそうね)
既にアリシアが『バインド』の魔法で縛りあげているため、逃げるのは難しい状態であった。
それに反して聖女は余裕そうな雰囲気を出している。
「もっと近くにいらっしゃいな、あなたたちも知りたいんじゃないかしら、私のスキルについて」
グランたちは顔を見合わせたあと、警戒しながらも聖女に近づいていく。
「ふふふ、私が持っているスキルは二つ。一つ目が"簒奪"。相手からスキルを奪うスキルです。これは一度しか使えませんが……何を奪ったかはお判りでしょう?」
グランたちは動じないが、シュベルトは愕然とした表情になる。
縛られている聖女は、『バインド』の縄が気になるのか、もぞもぞと体を動かし始めた。
彼女は艶めかしい肉体をしており、オルレアと同じくらい豊満な胸が縄でさらに強調されている。
スカートも捲れており、彼女のそそるような足が惜しげもなくさら晒されていた。
そのさきにある色っぽいショーツさえもちらちらと見えている。
女性陣はその光景に冷めた視線を送った。
特にアリシアを射殺さんとするような視線である。
シュベルトは聖女とは色々やっていたが、そっと目を逸らした。
「もう一つのスキルは見てもらった方が良いわね 『私を助けなさい』」
"魅了"は一欠けらの好意さえあれば、その好意を増幅させ自分の望むように行動させることが出来る。
その好意は情欲でもよく、彼女の艶めかしい肉体と相性が良かった。
このこともあり、異性の方が効きやすいスキルである。
煩悩から解き放たれた聖人でもない限り、聖女の"魅了"から男性が逃れるのは難しかった。
聖女は先ほどから冷ややかな視線を送っていた女性陣に"魅了"が効くとは思っていない。
彼女の狙いは男性陣、特にグランであり、この中で最も強い者を見抜いていた。
彼女は自身の美貌に絶対の自信を持っている。
聖女の魔法で創り出した肉体は、前世でモテなかったコンプレックスによって生み出された究極の肉体をしていた。
その体をグランが見ている位置に一番映えるように配置している。
(いくらドウコを退ける力を持っていても、シュベルト殿下でさえも虜にした私の美貌には抗えないでしょう。ふふふ、モブには少し刺激が強すぎて倒れちゃうかもしれないわね)
聖女の魔力が籠った甘美な声はグランとシュベルトの耳から入り込み、脳に染みわたっていく。
「?」
「ガァッ!!」
突如として暴れ出そうとするシュベルトにグランも、オルレアも、ミレイナも反応できなかった。
だがシュベルトは被害をだす前にアリシアに殴られ鎮圧される。
アリシアは地面に倒れている、解呪したばかりで再び洗脳された情けない男に蹴りをくれてやった。
「ちょっと何であなたは私を助けようとしないのよ! 私の体を見てもなんとも思わないわけ!」
グランは心底呆れたような顔をする。
「何で俺がお前を助けないといけない?」
グランはシュベルトに『
先程までシュベルトを睨んでいた彼女は途端にしおらしくなる。
「アリシアが最も可愛いんだから、お前の体になんて興味なんて湧かん」
「なっ!!」
言い切られた聖女はそれでも諦めきれず、豊満な胸をグランに見せつける。
アリシアはそれを阻んだ。
「私のグランにそのだらしない体を見せないでくれますか?」
『ホーリーバレット』を創り出し聖女の足元に撃ち込んでいく。
アリシアの威嚇行動に聖女はおとなしくなった。
「はいはい、もう降参よ。"魅了"が効かないならもう手はないわ」
諦めた表情をする聖女は最後にお願いをする。
「私はこれでゲームから退場でしょうから、最後にシュベルト殿下と話をしても良いかしら?」
グランたちは聖女の最後の意をくみ、シュベルトが目を覚ますのを待つ。
"魅了"が浅かったため、シュベルトが目を覚ますのに時間はあまりかからなかった。
立ち上がったシュベルトに女性陣が向ける視線は、決して王子に向けて良い視線ではなかった。
そんな視線に晒されながらも、シュベルトは聖女と向き合う。
「さてシュベルト殿下、洗脳をする悪い魔女が倒れてハッピーエンド……とはなりませんよ。むしろ王都がこれまで平和だったのは私のおかげです。私が殿下との幸せを願っていたため、他の者たちは王都に手を出さなかったのですから」
他の者たちと聞いて、シュベルトたちは頭を悩ませた。
ドウコのような男がまだいて、王都を狙っている。
そのことに暗い顔をする彼らを見て、聖女は愉快そうに笑った。
「ふふふ、これで私は最後になります。シュベルト殿下愛していますわ」
「すまない……、君の想いには応えられない」
「ええ、分かっております。それでも幸せな時間をありがとうございます。エスコートしてもらったり、共に劇を鑑賞したり、私にはかけがえのない思い出です。」
聖女はそこで区切り、妖艶な笑みを浮かべる。
「そして激しく愛し合ったあの一夜も私に取って大切な思い出です」
聖女は最後に爆弾を投下してから、ファルティナによって転移して消えていった。
沈黙が支配する中、シュベルトは後ろを振り返る。
特に気にした様子もなくグランとアリシアは互いに寄り添い合っていた。
ミレイナは呆れたような表情している。
「王族として婚前交渉はどうかと思いますよ。シュベルト殿下」
そしてオルレアは底冷えするような凍てつくような眼をしていた。
「不潔ですわ」
その日オルレアがシュベルトと会話することはなかった。
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