第85話 VS聖女2

「魔法はさっき試して無駄だったでしょ?」


 聖女の言葉をオルレアは無視して、更に魔力を練り上げていく。

 それは『シャープ・トルネード』を唱えた時よりも更に大きく、魔力枯渇になるのも厭わず練りこんでいった。

 それは、もしアリシアが近くにいたら止める程である。

 オルレアは侯爵令嬢という血筋の通り、魔力が多いほうであった。


 全ての魔力を練り上げ、爆発させた。


 オルレアは飛んだ────というよりは吹き飛んだ。

 レニーが浮き上がったのと同じ方法であるが、使用した魔力の量が違った。

 床を滑るような姿勢で飛ぶオルレアはその速度による空気抵抗により体は軋むが、それがどうしたと拳を構えた。


 (殴るだけでは威力が足りないのなら、スピードを上げて、威力を上げれば良い!)


 オルレアの決死の攻撃を見て聖女は残念に思っていた。

 そこにオルレアの攻撃に対する焦りなどない。


(あ~あ、折角友達になったのに、結界にぶつかって死んじゃうわね。いくらスピードを上げても、聖女の結界が破れるわけないじゃない)


 結界が破れなければ、死ぬことにオルレアは気づいていた。

 しかし、結界が近付いてくることに、オルレアは恐怖を感じていない。

 彼女の頭の中には、アリシアを大事な友達を侮辱するクソ女を黙らせることしか考えていなかった。


 聖女は出来たばかりの友達が死ぬことに溜息をついた。

 オルレアは結界に拳を振るう。

 拳と結界が接触し、その衝撃にオルレアの手は耐えきれず骨にヒビが入っていった。

 ぶつかった衝撃は骨にヒビだけでは済まず、骨を砕き、オルレアの手は血で真っ赤に染まる。

 だが、それでもオルレアは拳を振りぬいた。


 甲高い音が訓練場に鳴り響く。


 結界の破片があたりに飛び散り消えていく。

 オルレアは右手を引き換えにし、結界を砕いていた。


 自慢の結界が砕かれたことに目を見開く聖女であるが、オルレアの勢いは止まらなかった。

 結界を破壊した勢いのまま、聖女に左手のボディブロウ放つ。

 結界を砕くほどの威力を持つ拳の一撃に、聖女は体をくの字に折った。

 だがオルレアはまだ止まらない、執拗にボディに拳を連続で叩きこんでいく。

 骨折した右手を使い打ち込んでいった。

 すでにオルレアは怒りによって痛みを凌駕している。

 オルレアの執拗な連打は、聖女が身体にかけていた防御魔法を突破した。

 風の魔力で付いた運動エネルギーは訓練場の壁にぶつかるまで無くならない。

 壁際に追い詰めた聖女をオルレアは渾身のボディブローとで壁で挟み込んだ。

 逃げ場のないその衝撃によって、聖女は完全に沈黙する。


「顔は狙わないでおいてあげますわ。元の世界には綺麗な顔で帰りたいでしょうから」


 オルレアは拳を引き抜き地面に倒れ伏す聖女を一瞥した。


 ────


 オルレアは戦いが終わり徐々に冷静になっていく。

 

(あーーー! 手がめっちゃいってえーですわ。これ絶対に骨がバキバキになっていますわ)


 冷静になるのに比例して右手の痛みが戻ってきており、自分が恐ろしいことをしていたと身震いした。


(風の魔力を暴発させて結界に突っ込んでいくって……いくら"障壁特効"スキルを譲り受けていたとはいえ、自殺行為でしたわね)


 オルレアが聖女の結界を破れたのは単純に彼女の拳に風の魔法によるスピードを合わせただけではなく、グランの"障壁特効"を譲り受けていたからであった。

 その時のことを思い出して、オルレアは苦笑する。




「ファルティナ様、グランのスキルをわたくしに移すってことは出来ますの?」


『うん? できるけど、どうしたの?』


「聖女が結界を使えます。グランはシュベルト殿下と戦いますので、わたくしが聖女の結界を破ろうかと思いましたの。グランもそれでいいかしら?」


「う~ん、スキルを渡すのは良いんだけど……」


 グランの返事は煮え切らなかった。

 オルレアが疑問に思っていると、アリシアが顔を近づけてくる。

 出会ってから今までで一番圧が強かった。


「ねえ、オルレア。それってグランとキスしたいってことですか?」


「ふぇ………………!?」


 言われて、オルレアは思い出した。

 スキルの受け渡しにキスをしていたことを。

 オルレアはグランとキスをするところを想像してしまい、どんどん顔が赤くなっていく。


「へ~、へ~、オルレアはそういう娘なんだ~」


 アリシアは微笑んでいるが、目は全く笑っていなかった。


『アリシアちゃんストップ!! あれはちょっとからかっただけだから。キスしなくてもスキルは受け渡しできるから』


 実際は触れるだけで良く、オルレアはグラン手を握ることでスキルの受け渡しをした。

 男性と手を握る機会がないオルレアはグランのゴツゴツした大きな手を握っている間、照れて赤くなってしまう。

 手を繋いでいる間アリシアは膨れており、それからアリシアはオルレアを牽制するようになった。




 オルレアはその時のことを思い出して少々不機嫌になった。


(あの男はわたくしと手を握っても、何にも感じていないようでしたが、もう少し何かあっても良いでしょうに。そんなにわたくしは魅力がないかしら!!)


 そんな事を思いながら、オルレアは周囲を見回す。

 シュベルトや兵士が倒れているがアリシアの姿はなかった。


(グランの所に行ったんですわね)


 遠くからは建物の崩れる音がしており、戦いの激しさを物語っている。

 オルレアが助けに行ったとしても、足でまといになることは明白であるため、この場に残り二人の帰りを祈りながら待つことにした。

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