第84話 VS聖女
「あら、あちらでも戦闘が始まりましたね。殿下を相手にできるなんて、あの方もモブなのにお強いのですね」
聖女はアリシアとシュベルトの戦いを横目に見ながら笑う。
遠くで破壊音が鳴り響いてるのはおそらく、グランとドウコの戦いであろう。
聖女とオルレアは互いに向かい合ったまま、まだ戦闘は始まっていなかった。
「あなたが転生者と聞きましたわ、一体何が目的なんですの?」
オルレアが転生者という言葉を使ったことに、聖女は顔を綻ばせた。
先程までと比べて彼女の声が弾んでいるように聞こえる。
「まあ! 転生者のことを知っているだなんて、意外ね? フフフ、目的なんて決まっているわ。殿下と添い遂げる、ただそれだけよ。私の世界にあんなに素敵な
「好きなのに洗脳して、自分の思い通りにするなんて可笑しいですわ!」
「ゲームの世界ですもの、チートを使っても問題ないでしょ。あのシュベルト殿下が国よりも優先してくれるのよ、女として冥利に尽きるでしょ?」
聖女は全く悪びれずに笑う。
幼いころからシュベルトとともに過ごした彼女には彼が自分のことよりも王子として国のことを優先することも理解できた。
そんな彼の想いを踏みにじる目の前の女に、オルレアの心には沸々と怒りの感情が湧き上がっていた。
そんなオルレアとは反対に聖女はとんでもないことを言い出す。
「そうだわオルレア、私と友達になりましょう? ビンタされたことは全然気にしてないから」
この状況でそのようなことを言い出す聖女にオルレアは理解が追いつかなかった。
聖女という地位と女神から与えられた"魅了"というスキルにより、全てのことを思い通りにして生きてきた彼女の自尊心は際限なく肥大化している。
彼女は自分の提案が断れるとは思っていなかった。
聖女として振舞う中で、ストレスは溜まっていく。
いくら大好きなシュベルトと一緒に居てもすべてを発散することはできなかった。
聖女であり、転生者でもあるため、彼女には友達がおらず、話相手もいない。
しかし転生者のことを知っているオルレアならば、話相手になると聖女は考えた。
オルレアを勝手に友達にした今、聖女の溜まり続けストレスは爆発する。
「殿下を好きな者同士私たちは仲良くできると思うのよ。安心してあなたがゲームキャラだとしても見下したりしないから。私の周りにいる転生者たち、向こうで戦っているドウコもなんだけど、全然このゲームを遊んでなくて全然話が合わないのよ。何でこの"ラディアント・フューチャー"の世界に転生したのかしらね? それでゲームでのあなたについてなんだけど、あなたと聖女でシュベルト殿下を取り合うのよ。あなたは殿下を取り戻すために聖女に嫌がらせする悪役令嬢だったんだから。ゲームでは国のためにシュベルト殿下は聖女を婚約者候補にしたのよ。あなたとシュベルト殿下は子供の頃から互いを支え合い、愛し合っていたのにね。悲しいわよね。にもかかわらずゲームの聖女ったら憎たらしいの。シュベルト殿下のような素敵な男の婚約者になれたのに嫌々だったの、教会に言われて仕方なくって感じで。だから奪ってやったのよ"聖女"のスキルを。そしてら彼女ってばポカンとした顔で神殿を追い出されて行っちゃたのよ。それであなたについてなんだけど、安心してちゃんとあなたがシュベルト殿下と結ばれるルートもあるわ。基本的にはシュベルト殿下は聖女と婚約しちゃうんだけどね。それであなたがシュベルト殿下とくっつくルートなんだけどそれは、主人公と聖女がくっつくルートなのよ。他人に自分の人生を任せるのって嫌よね。で、主人公とくっついた聖女がこれまた幸せそうじゃないのよね。そのルートではね、ウェルトとって枢機卿の政敵を主人公が倒していって彼を教皇まで押し上げてあげるの。それでその褒美として何が欲しいかって聞かれるから、そこで聖女って答えると聖女を貰えるのよ。フフフ貰えるってまるで賞品みたいよね。自分の意思がないまるでお人形みたいな女。まあ、教会にだいぶ心折られている、みたいな記述はあったけど。でもそれが薄倖の美少女感があって良いって男どもに聖女は人気があったのよ。モテない男共って嫌よね。そうだわ今度良い男をプレゼントしてあげるわ。私とあなたの仲だもの。"魅了"のスキルを使えば簡単よ」
聖女は"ラディアント・フューチャー"が好きであったが、ゲームの話をこの世界に来てから全くしていなかった。
エマニルなど他の転生者たちはゲームに興味がなく話が合わない。
そのため同じシュベルト殿下が好きなオルレアならば理解してくれるだろうと、ひたすら話続けた。
豪雨のように降ってくる聖女の言葉をオルレアはほとんど理解できなかったが、理解できた部分もあった。
(ゲームの聖女ってアリシアのことですわよね)
グランの横で花が咲いたように笑うアリシア。
グランを幸せそうに眺めるアリシア。
オルレアとグランの距離が近いと間に割り込んできて、非難の目を向けてくるアリシア。
これ見よがしにグランとイチャついてドヤ顔をしてくるアリシア。
オルレアの知っているアリシアは感情豊かである。
そんな彼女が人形のように感情を消すなんて、一体何をされたのか。
そしてそれを愉快そうに話すこの女に怒りが込み上げてくる。
(わたくしの友達を笑うな!!)
その怒りはシュベルトが"魅了"を掛けられ意思を捻じ曲げられたことよりも、深く激しい怒りであった。
「オルレアはシュベルト殿下の良さが分かるでしょ? シュベルト殿下の良さが分からないなんて、ゲームの聖女ぐらいよね。でもゲームの聖女はもうウェルトに殺されちゃったらしいのよ。まあ生きていても辛そうだったから、殺されて幸せだったかもね」
「あなたはもう喋るんじゃねえですの!!」
オルレアはムカつく女をぶん殴るため聖女に向かって駆け出す。
「ちょっと何で怒っているのよ!? 暴力は苦手なのよ」
オルレアの行動に慌てた聖女は祈るように手を合わせと、半透明なドーム状の結界が彼女を守るように周りに創られる。
オルレアが殴りつけるが、手が痛むだけであった。
「『ウインド・ランス』」
オルレアは風の
「聖女の結界はドラゴンの攻撃も防ぐのよ。壊せるわけがないわ。だから他の人たちの戦闘が終わるまで待っていましょう? どうせドウコが全員倒して帰ってくるわ。あいつ化け物だから。でも安心してあなたは私の友達だから手を出させないわ」
聖女は結界の中からオルレアに微笑む。
オルレアは聖女を睨めつけながら、自身の魔力を練り上げていく。
隙だらけの姿を曝しても、聖女は攻撃する素振りを見せなかった。
「『シャープ・トルネード』」
アリシアとの特訓の成果である強力な風魔法を唱える。
掌から放たれる小型の竜巻が結界に向かって吹き荒れた。
激しい風が結界にぶつかり、耳を塞ぎたくなるような風の唸り声が響く。
床を削る強烈な風の渦は次第におさまっていくが結界に影響はなかった。
ヒビどころか削れた様子もない。
「まだ話足りないんだから、もっとお話しましょう? シュベルト殿下が良い? それとも他のキャラが良いかしら? でもあなたはゲームの聖女の話をしているときが一番反応が良いから、やっぱり彼女の話かしら? 」
聖女は話すことが楽しく、オルレアの気持ちなど考えずに言葉を紡いでいく。
「三年生の時に結婚式があるのよ、シュベルト殿下と主人公どちらのルートでも。それにスチルも用意されてるんだけど、綺麗なドレスを着た姿なのにハイライトがないっていうの? 目が死んでるのよ。ほんとあれを見た時は笑えたわ。シュベルト殿下との結婚式でそんな風になるなんて可笑しいわよね? そう思うでしょ? まあ男共は彼女が幸せになるためのルートを探していたらしいけど、見つかったとは聞いてないわね。その後泣いてる描写が入るのよ。結婚式の後に泣くなんて面白──」
ガンッ!!
聖女の話を遮り、オルレアが結界を強打した。
手からは血が流れだすが、結界に変化はない。
オルレアが殴るだけでは威力が足りなかった。
「覚悟が足りませんでしたわ。皆をこの戦いに引き連れてきたのはわたくし。そのわたくしが恐れるなんて、キャンディア家の者として恥ずかしい限りですわ。そしてこの戦いは王国の未来を守る戦い……ならばこの身がいくら傷付こうがあなたを倒すのがこの国の貴族としての責任ですわ!!」
「えーっと、どうしたのオルレア?」
「わたくしはあなたにオルレアと呼ぶことを許しておりませんわ!!」
オルレアは聖女から距離を取り、魔力を練り始めた。
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