第82話 戦いの始まり

「用件は単純ですの。そろそろ、殿下を返してもらおうと思ったまでですわ。聖女様?」


「返すだなんて、殿下は物ではないのよ。それに私たちは愛し合ってるのよ。今更あなたの出番はないわ」


 オルレアと聖女が向き合い剣呑な雰囲気が漂う中、シュベルトは聖女を庇うように会二人の間に入る。


「そうだオルレア嬢、私と聖女は愛し合っている。君が聖女を叩いただけに飽き足らず、そのような戯言を言うとは、一晩だけの牢屋では反省が足りなかったか?」


 聖女はスタイルの良い体でシュベルトに寄り添う。

 シュベルトはそんな聖女の肩を抱いた。


「シュベルト殿下は洗脳されていて正常な判断ができていないだけですわ」


「洗脳などと何を根拠に?」


「根拠ならありますわ。このペンダントは洗脳を検知する魔道具ですわ。この付いている宝石が赤くなれば、それは洗脳の魔力を検知しているということ」


 オルレアが掲げるペンダントは赤く輝いていた。


「このペンダントには見覚えがありますわね、シュベルト殿下。これはあなたがわたくしに気を付けて欲しいと送ったプレゼントですわ」


「そんなことは覚えていない」


「そうですか……。ではぶん殴ってでも思い出させてあげますわ!!」


 オルレアは拳を構えた。

 聖女はオルレアを周りを見回した後、ミレイナの方に顔を向けた。


「ふふふ、つまりあなた達はシュベルト殿下に弓を引くということで良いのかしら? 殿下が洗脳されていると嘘を吐き、私たちに危害を加える。それは王国に敵対するも同義……あなたもその内の一人ということでよろしいでしょうか、ミレイナ生徒会長? 事はあなただけでなく、バーナーベルク家も巻き込みますよ」


「もちろんだ。我が家は王国の剣であり盾である。国を脅かさんとする賊を前に退くことなどない。「洗脳ありと出た時は敵を打ち滅ぼせ」と、我が父バーナーベルク家当主にも許可は取ってある」


 ミレイナは言い切り、辺境伯家としての矜持を示した。

 オルレアは更に聖女を問い正す。


「あなたの洗脳の力は"魅了"かしら? "服従"にしては王子の行動が柔軟的ですわ」


「あら、そこまで分かっているのですか。オルレアは好きなキャラなので穏便に済ませたかったですが、それならばしかたありません。殿下の殺害未遂ということで衛兵に突き出すことにしましょう。兵士の皆さん宜しくお願い致します」


「「はっ」」


 兵士たちは乱れぬ動きで襲い掛かってくる。

 今までの会話を聞いて何も思わないということは、おそらく彼らも"魅了"で洗脳されているのであろう。


 襲い掛かってくる兵士はグランとミレイナで相手をした。

 ミレイナは聖女たちを連れてきたため愛剣を持ってくることはできなかったため素手である。

 辺境伯家の教育を受けているミレイナは素手でも十分な強さを持っていた。

 グランとミレイナは護衛の兵士たちを全員地面に寝かせていく。


「以外とお強いのですね?」


 王子と聖女の護衛を任されているだけあって彼らは精鋭であった。

 ただ、彼らが倒されても聖女はクスクスと笑っているだけである。


「ドウコ出番ですよ」


 それは周りにいるグランたちでさえも聞き取れない小さい声であった。

 もちろんそれがドウコに届くはずではない。

 "託宣"のスキルを持ち転生者同士で会話が可能なエマニルが中継することでドウコに伝わるのであった。


 突如として訓練場が激しく揺れ、結界が張ってあるにもかかわらず壁を破壊してドウコが飛び出してきた。

 不意に現れた巨漢の男にグランたちの動きが止まってしまう。

 その隙を見逃さずドウコは一番近かったミレイナに殴り掛かった。

 不意を突かれはしたが、ミレイナは腕をクロスして防御の姿勢を取る。

 だがドウコの一撃は想像以上のもので、吹き飛ばされたミレイナは強烈な勢いのまま壁に激突した。


「ぐっ……」


 体勢を立て直そうと、急いで起き上がるがすでにドウコは目の前におり、その大木のような拳を振り下ろした。

 胃の中の物を全てひっくり返すような一撃に、さすがのミレイナも意識を手放さざるをえなかった。


「やっと出番が来たってのに弱いじゃねえか。どうなってんだ聖女さんよー?」


「もう一人いるからそっちで楽しみなさい」


 ドウコは周りをグラン、アリシア、オルレアに視線を向ける。

 彼は一目で三人の力量を見抜き、オルレアに向かって駆け出した。

 彼は戦うことが好きであり、戦いに邪魔な弱い者から片付けていくつもりである。


 オルレアはドウコの動きに反応出来ていなかった。

 ドウコの拳が迫る中、一歩も動けていない彼女は避けることはできない。

 グランがオルレアを突き飛ばしてカバーに入る。


「離れていろ!!」


 グランがカバーに入ったことによって、ドウコの攻撃対象はグランに代わっていた。

 グランは自分を狙って放たれた拳を打ち払い捌いていく。

 ドウコにとってもうすでにオルレアは眼中になく、おいしい獲物であるグランしか見えていなかった。


「良いねえ~、良いねえ~」


 ドウコは自分の攻撃を捌いたグランに視線を向け、獰猛な笑みを浮かべた。




 グランとドウコの戦いに巻き込まれぬように、皆距離を取っている

 オルレアはグランとドウコの戦いに気を取られていた。

 彼女はグランが余裕のない表情でドウコの攻撃を捌いていることに不安が募っていく。


 アリシアはそんなオルレアの横に並ぶ。


「オルレア、今は目の前の相手に集中して下さい」


「分かっておりますわ」


 当初の作戦ではグランとミレイナが護衛を片付けた後、シュベルトの相手をグランが、残りの全員で聖女の相手をする予定であった。

 それがドウコという強者の登場により、あのミレイナが戦闘不能に陥るとは思ってもみなかった。

 それを立った二発……グランでも厳しいかもしれないという不安がオルレアによぎる。

 もし自分たちが捕まれば、王子に弓を引いたのだ処刑は間違いないであろう。

 この戦いに皆を巻き込んだのはオルレアであり、後悔に心が押しつぶされそうになった。


「『ブレイブハート』」


 弱気になっていたオルレアのために、アリシアが心を奮い立たせるための魔法を唱える。


「オルレアはまさかグランがあの筋肉ダルマに負けると思っているんですか? グランはあんなのには負けないですよ」


 以前ちょっとしたことがあり、オルレアに対してやたらとわたしのを強調してくるアリシアにオルレアは笑ってしまった。


「……取ったりしませんので安心して欲しいですわ。……アリシアはシュベルト殿下の方をお願いできるかしら?」


 シュベルトは天才である。

 それは勉学だけでなく戦闘においてもであった。

 オルレアは勝てるイメージが全くわいていない。


「分かりました。わたしがシュベルト殿下のお相手します。実はわたし、あの顔を見てからなぜか無性に引っ張叩きたかったんです」


 不遜な事を言うアリシアにオルレアは顔が引きつる。


 アリシアはシュベルトと話したことは無かったが、なぜだがそんな気持ちになっている。

 シュベルトに会ってから、彼女の頭にはちらちらと知らない光景が映っていた。

 その中で彼女は純白のドレスを着ているように見える。

 よく分からない光景であったが、彼女にとってそれは今まで生きてきて一番腹立たしいことであった。


 アリシアとシュベルト、オルレアと聖女に戦いの場は分かれ、互いの距離は離れていく。

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