第17話 その後のグレッグ

 冒険者ギルドの暗い廊下をフレイアは一人歩いている。

 服装は普段通りのシスター服ではあったが、その手には天秤を模した装飾が付いた美しいロッドを持っていた。


 深夜になっており、すでにギルドの営業時間は過ぎている。

 ギルド内にはフレイアを呼びだした一人しかいなかった。

 フレイアが廊下を進んで行くと、目的地であるギルドマスター室が見えてくる。

 ノックもせず明かりが漏れているドアを開け中に入っていった。


 中には疲れた顔をしたライルがギルドマスター用の立派な椅子に座っている。

 

 グランの父であるBランクのグラダスが亡くなった今、このギルドのエースはCランクのキースであった。

 そのキースが倒されたとあっては、グレッグに対応できるのはギルドマスターであるライルしかいない。

 そのため、別の街で行われていた会議を途中で切り上げ、急遽ギルドに戻ってきていた。

 

 ただ残念なことに、ギルドに戻ってきたのはグランとグレッグの戦いがあった夕方である。

 すでにグランが意識不明の重症であることが冒険者や受付嬢には伝わっており、事情があったにしても皆がライルを見る目は冷やかなものだった。

 それは今、ライルを見るフレイアも同じだった。

 

「それでこんな夜中に呼び寄せて、何か御用ですか? 容態が安定はしましたが、グランさんの傍についていたいのですが」


「グレッグがギルドの懲罰室から消えた」


「まさかここまで、役立たずとは思いませんでした。キースさんは低位回復魔法ヒールでは治らないほどの怪我、一時昏睡状態にまでなったグラン君。そしてグレッグを逃がす。ふふふ……」


「まてまて、落ち着け。グレッグには魔力封じの手枷をはめていたし、誰かが脱走を手助けした形跡もなかった」


 ロッドを握る手に力を込めるフレイアを慌てて止める。


「それと、行方をくらましたと思われる時間に不思議な力を感じた」


「……人の転移、まさか女神ファルティナ様の関与を疑われていると?」


「それを確かめるために来てもらった」


 ライルは立ち上がり地下の懲罰室にフレイアを案内する。

 懲罰室に着くと中に入り、フレイアは目を閉じて、祈るように手を合わした。

 

 10秒ほどの時間が経ち、フレイアは目を開ける


「ファルティナ様の力を感じます」


「じゃあ、グレッグが女神様の使徒かなんかで、助けるために転移させたのか?」


「いえ、あの御方はあのような乱暴者はお嫌いです。おそらく、罰を与えるために転移をさせたのでしょう。再びここに戻ってくることはないはずです」


「それなら、転移のことは秘密して、別の場所に護送されたことにする。それでいいか?」


「そうですね。わざわざ、グランさんたちを不安にさせることはありませんから」


 ─────────


 グレッグが目を覚ますと転生する前に見た部屋にいた。

 あたりを見回していると、目の前に女神が現れる。


「なんでここにいる? 僕はどうなったんだ?」


「あなたは負けてしまったの、あの体格の良い少年に」


「なっ!! おい、早くリトライさせろ。次はあんな奴には負けない」


「うふふ、リトライだなんて。ゲームじゃないのだから」


 女神は愉快そうに笑う。

 グレッグは女神の美しいはずのその笑みにたじろいでしまった。


「な、何を言っているんだ、ゲームの世界だろ?」


「10年も生きてそんなこと言っているだなんて可笑しいわ。"ラディアント・フューチャー"はあの世界の未来を抽出して作り出したゲームよ。あの世界自体はゲームじゃないわ」


 重大な真実を聞くが、あの世界がゲームであるかないかはグレッグに興味はなかった。

 そこに住んでいるのが人かNPCかなど、グレッグには興味がない、そんなことではグレッグの振舞いは変わらない。

 興味があるのは自分のことだけであった。


「リトライが出来ないなんて僕はどうなるんだ?」


「おめでとう、あなたは元の世界に戻れるわ。魂と体のパスはまだつながっておりますの」


 グレッグの後ろにはいつの間にか巨大な荘厳なドアが浮いており、徐々に開いていく。


「本当に予想外よ。スキルを貰っておきながら、ゲーム本編の開始時間まで生き残れないなんて、本当に期待外れ。そこまで生き残れればパスが切れてもっと楽に死ねたのに」


 女神は残酷な笑みを浮かべる。


「え……」


「私がこっちに連れてきたのは、元の世界で意識がない人達よ。あなたは台所で心臓発作を起こして、倒れた時に意識を失ったの。大丈夫よ、元の世界とこの世界の時間の流れは違うから、まだ生きてるわ。それに今からは無理やり意識を戻すから、次は意識を失うことはない。最後の生の実感を味わってください」


 グレッグは女神から後ずさるが、後ろには一条の光もない暗黒が口を開いて佇んでいた。


「ああ、安心してください。邪魔するものは誰もいませんので。家族も友人も親しい隣人もあなたにはいませんから誰も助けには来ませんよ。今まであんなに人に横柄に振舞ってきたのです、当然ですね。次にあなたが人に会うのは、腐って周囲に臭いが漂ってきてから……掃除する人は大変ですね。臭くて醜いあなたの相手をしなければならないなんて」


「嫌だ!!」


「嫌だと申されましても、もう引っ張られていますでしょう。私は今、無理やり介入しているに過ぎないの。こちらの世界で頑張っておけば敗北せずに、良い青春を送れたのに……」


 ドアに向かって風が流れこんでいく、それは次第に強くなっていき、立っていられないような強さになる。

 グレッグは踏ん張ろうとするが、体が浮いてしまい足からドアに吸い込まれ、暗闇の中に消えていった。




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