第6話 魔獣狩り

 グランはキースに連れられて街の外に出てきていた。

 何事も経験と、何度か街の外に連れられて来たことがあったが、依頼を受けて街の外に来たのは初めてである。

 先日、グランが10歳の誕生日を迎え、エリスから街の外での依頼が許可されたからであった。


 グランの背には弓と矢筒、腰には剣を差している。

 父親のグラダスが使用していたもので、グラダスが使用していた中でも小さめのものを持ってきていた。


 今回の依頼内容は畑を荒らすイノシシの討伐である。

 狩猟報酬に加えて、肉も貰える素晴らしい依頼だった。

 グランの心は踊っている。

 グランがギルドの報酬をエリスに渡すようになって、家の経済状況は回復していた。

 食事事情も良くはなっていたが、それでも体が大きく育ち盛りのグランにとって、肉はあればあるだけ食べたいのである。


 グランの隣で歩くキースは巨大なバトルアックスを背負っている。

 イノシシには必要ないが、もしもの備えであった。


「今回は少しめんどうになるかもしれんな」

 

 キースが依頼主に会った時に普通のイノシシよりも大きいという話を聞いていた。


「普通のイノシシよりも大きいという話でしたね」


「魔物ということはないだろうが、魔獣かもしれん。お前にやらせて、俺は指導だけのつもりだったが、魔獣なら手伝う必要がありそうだ」


 この世界では獣や虫が巨大化し人を襲うようなものが"魔獣"、さらに知恵がついているものを"魔物"としていた。

 その他にもゴーレムやアンデット言ったものも魔物に含まれている。

 魔獣であればランク以上である。10歳になりFランクとなったばかりのグランでは厳しすぎる相手であった。


 二人が依頼主の畑に到着し辺りを見回すと、イノシシに掘り起こされたであろう野菜が散乱しており、食いかけの物も点在していた。

 途中でお腹が膨れたのか、一部には掘り返されていない箇所もある。

 

「まだ掘り返されていないところはあるな。ひとまず身を隠して現れるまで待つぞ」


 グランとキースは物陰に身を潜めイノシシが現れるのを待った。


 夜まで待つつもりで身を潜めていたが、その時間は1時間ほどで終わる。

 昼間にも関わらず堂々と現れたイノシシは通常のサイズよりも2倍はゆうにあった。

 一番の特徴としては長く太く巨大化した牙であろう、貫かれれば致命傷は避けられない。


「魔獣のファングボアだな。俺があいつを押さえつける。後はお前が剣でとどめを刺せ。弓はお前の腕じゃあいつには致命傷は与えられんから捨てておけ。最後まで油断するなよ」


 キースは隠れていた場所から出て両手を前に構え、堂々とファングボアに向かっていった。

 野菜を掘り起こして食べていたファングボアは近づいてくるキースに気づくと、一呼吸で駆け出し突進してくる。


 キースは腰を深く落とし受け止める態勢をとった。

 牙を掴んで留めようとするが、足は地面に跡を残しずり下がった。

 

「おおおおおおおお!!」


 キースが雄たけびを上げると、筋肉が隆起しファングボアの力と拮抗する。

 地面に足の跡はそれ以上できず、ファングボアを押し留めた


(キースさん、すごい!!)


 ただのイノシシではなく魔獣のファングボアを押さえるキースにグランは感嘆した。

 ファングボアはキースを押し出そうとしたが、キースは動かない。


 グランは走り出し、腰だめに構えた剣でファングボアの首と体の付け根との間を突き刺した。

 弾力性のある皮に弾かれそうになるが、力をさらに籠め、剣でねじ切るように押し出す。

 なんとか皮を突き破り、剣の根元まで押し込んだ。

 心臓を刺した手ごたえを感じとり、剣を引きぬくと大量の血が傷口から流れ出しす。


(キースさんの手助けがあったけど、初めて魔獣を───)

 

 グランは血で塗れた両手を見て初めて魔獣を殺したことを実感し、少し呆けてしまった。


「馬鹿野郎!! 気を抜くな!!」


 キースの声にグランはハッとした。

 しかし、気づくのが遅くグランはファングボアの身じろぎのような一撃に反応できなかった。

 魔獣の力は強くグランは大きく吹き飛ばされる。

 死力を尽くした最後の一撃を完全に押さえ込むことはキースでもできなかった。


 ファングボアが完全に動かなくなるの確認し、グランの方へキースは慌てて向かった。

 地面に仰向けで倒れているグランが息をしていることに安堵する。

 10歳の少年にとってファングボアの一撃は致命傷になりえる威力であった。

 キースはグランの頑丈さに感謝しつつも、自分の注意が足りなかったことを後悔し、苦い顔をする。

 それでも言うべきことは言わなければいけなかった。


「倒したと思って油断するからだぞ、最後の一瞬が一番危険だ。忘れるなよ」


「……心と体に刻みました……」


「すごいな骨折はなさそうだぞ、頑丈な体で良かったな。俺は依頼主に討伐の報告と荷車を借りてくるからここで待ってろよ」


「痛すぎて、動けないですよ……」


 去っていったキースが荷車を押して帰ってきたころに、ようやく歩けるまでグランは回復した。

 ファングボアを荷台に載せ、二人は血抜きをするために川へ向かう。

 キースは血抜きの指導をグランにした。


「今回は綺麗に狩れたな、買取が期待できるぞ」


「前はどうやったんですか?」


「前は偶然出会ったから俺が一人で倒してな。こう突っ込んできたところを斧で振りぬいて、真っ二つだ。牙も、皮、肉も、変に切れちまっててなギルドのみんなから怒られちまったな」


 豪快に笑うキースの横で、グランの脳内にはファングボアのスプラッタな映像が流れていた。

 血抜きが終わり、グランとキースはギルドへ帰っていく。

 ギルドに帰るとグランはカレンに依頼の完了報告へ、キースはギルドにある解体場へ向かうため別れた。


「初めての討伐依頼お疲れさま」


 カレンはグランの報告を聞いて事務処理を進めていく。


「解体屋からの報告待ちにはなるけど、魔獣なら追加の報酬も出るわ」


 依頼の内容と実際の状況が異なり、対象の数が増えたり、上位の魔獣や魔物になる場合、当然報酬は上乗せになる。

 倒せず逃げた場合あっても、情報として持ち帰ればギルドから謝礼として報奨金がもらえた。


「今回はキースさんが一緒だったから良かったけど、次にこういう事があったらちゃんと逃げるのよ。無理はしないこと。それが良い冒険者よ」


「はい」


 カレンはグランが一人であった場合は逃げるべきことを念押しする。

 グランは心配そうな顔をするカレンに頷いた。

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