第45話 ポーションの行方
『この屋敷には病気の人間がいる様です』
夜にお屋敷の部屋にてベルが教えてくれた。
病気の主は、私と同じ年頃で領主様の次男らしい。
…他人事の様に聞いていたが、どうやらその病気は貴族特有の病気と言われる物で教会管轄の薬草からしか薬が作れないとても厄介な病気だと言われているらしい…。
しかし、肝心な薬が手に入らない為、少しでも体力を繋ぐためポーションで命を繋いでいたのだが、教会との軋轢により子供の命が危機に陥っているそうだ…
今までギリギリの均衡で保たれていたがそろそろ限界らしく、領民を取るか子供を取るかの選択を日々迫られているらしい…
…領民を守りたいが、子供の事を思うと領主として表立って対抗する事も出来ずに苦悩しているそうだ…。
「…ベル。この病気の薬になる薬草って…」
『はい。主様が畑にしたあの草の事です!』
…ですよね…。
…しかも、ゾイドさんも言っていた教会との軋轢って絶対あの司教関係の事だろう。
…そうなると…私とは関係ないと言えないのが困る…
「…はぁ、あの司教…なんでこの街に来たのかな…」
なんだか最近この街へと来たような事をお婆さんが言っていたし、別に昔から居たわけではなさそうだ。聖徒で問題でも起こして左遷でもされたのだろうか…?
なんとなく疑問に思って軽い気持ちでベルに愚痴ると驚きの事実を聞かされた。
『…なんでも、聖女様のお迎えらしいですよ』
「…え?」
『あ、聖女ってエリスですね…ふふ。エリスが連絡を受け次第すぐに聖都へ向かうと思ってこの街まで迎えに来たのに、ちっとも来ないので長期滞在になっちゃってるらしいです』
「…」
『…つまりはエリスの下僕の癖に…立場を理解していないのですね。…もう、スッキリと消してしまいましょう』
「…」
…少し、考えさせて欲しい…。
…これは…周りまわって原因を突き止めると私が作った薬草畑に行き着くのではないだろうか…
いや、もちろん悪いのは司教やこんな司教を送り出した神聖国の聖都のお偉いさん方だとは思うが…
…え、…ひょっとして私にも責任が…ある…?
「あの、ちょっと相談がありまして…」
翌日、ゾイドさんにポーションを渡した時、思い切って話を切り出した。
「…実は、手持ちに薬草の在庫がありまして…よければ其方で買い取って頂けると助かるのですが…」
「…?」
お金に困ってるわけではないと知ってるので、急な買取要請にゾイドさんは不思議そうな顔をしている。
「ギルドには現在納品する事も出来ませんし、私には不要な薬草なので…もし、必要無ければもちろん断って頂いても大丈夫です…」
そう言って1束薬草を差し出し、薬草についてギルドの資料にあった簡単な説明をする。
ある特定の病気に対する薬草である事。とても貴重で教会管轄でしかほぼ手に入らない事…
不思議そうな顔で聞いていたゾイドさんの顔が途中から困惑と戸惑いと驚愕の顔へと変化し、震えた声で返事をされた。
「…そ、それは、本当の事ですか?…これはホンモノなのですか?」
疑い半分、期待半分な様子でこちらに問いかける。
「…あの、実は私、国境の向こうの町から来たのですが…元々こちらの薬草畑をいち早く発見して報告した事を功績としてランクが上がったのです」
「…!」
「…だから、その時の報酬でお金にも困ってはいなかったのです…」
「…ね、念の為に確認させて頂いても良いですか?」
「もちろん、大丈夫です」
「ち、ちなみに…こちらの薬草はどれほどの量をお待ちで…?」
…薬草は…軽く私の身長程の山になるくらいある。
「…それなりに…」
「…少し…お待ち頂けますか…?」
ゾイドさんは少し考えた後に、確認の為に見本として出した1束を手に取って部屋を去っていった。
少しすると、何やら屋敷をバタバタと走る音がする。そして、その足音は真っ直ぐ私の部屋へと近づいてきた。
バターン
「…お前!…これ!」
入って来たのは銀髪イケメンなリックだ。
手にはゾイドさんに渡した薬草が握られている。
そして…少し後ろから遅れて領主様達もやって来た。
何やら立派な応接室へと通されて、お茶などの準備が終わるとソワソワとした様子のリックがいち早く声を掛けてくる。
お茶菓子の用意が終わるまで待つあたりが育ちの良さを感じる。
「ゾイドに話した事は本当か?」
「…はい」
「…本当に…薬草を持っているのか…?」
「…はい、持っています」
私の返事にリックの横で領主様もゾイドさんも泣きそうな顔をしている。
「…その薬草を…コチラへ売ってくれるという話も本当なのか?」
「…はい」
私の返事を聞くと3人とも何とも言い難い表情で黙り込んだ。
「…っ」
…
…
「…………お嬢さん、………感謝する…」
暫く沈黙の続いた後で、領主様から何かを我慢するような…震える声で絞り出すようにお礼の言葉を言われた。
その後、マジックバックっぽい鞄(本当はただの鞄)から薬草を取り出して見せ、必要な量を渡したが、1人分は思っていたよりも少量(2〜3束)だった。
残念な事に空間収納の中の薬草はほぼ減らなかった…
薬は作れるのか心配だったが、ポーションと違って魔力を使用しないのでお屋敷に在住している医師でも直ぐに作れると教えて貰った。
そこで初めてポーションをつくるのには魔力が必要な事を知った。
薬自体はそんな複雑なモノではなく、なんなら薬草をそのまま齧っても多少効能は落ちるが効果はあるそうだ。
急いで薬を用意するように、お屋敷の医者に催促をし過ぎて領主様は少し怒られていた…
なんとなく流れで一緒に付いてまわる事になり、薬を作る一部始終を見学する事が出来た。
多分、次から私でもこの薬なら作れると思う。
出来上がった薬の効果は即効性だったようで、出来立ての薬を飲ませるとすぐに目に見えて顔色が良くなった。
ほぼ意識のなさそうな真っ白な顔が赤みのある健やかな寝顔へと変わり、領主様と(ずっと次男に付き添っていたと思われる)領主夫人はその様子を見てボロボロと涙を流して泣いていた。
まだ完治したわけではないようだが、見るからにもう命の心配は無さそうだ。
その場で領主様と夫人から深く何度も頭を下げられ、少し慌てる事になった。
顔色の良くなった息子を眺めながら領主夫妻はお互いに手を握りしめて喜びを噛み締めている様子だったので、ゾイドさんやリックと共に部屋を静かに後にする。
ゾイドさんはまだ仕事が残っているらしく、感謝の言葉を私へ述べると軽い足取りで去っていった。
残された私とリックは部屋へと戻る事にした。
「…今回の事…感謝する」
部屋への帰り道、リックと並んで歩いているとリックからもお礼を言われた。
「…いえ、たまたま持っていた薬草を買って頂いただけですので。…私は何もしていません」
「…いや。…君のお陰だ…」
…今まで、“お前”と呼ばれていたのに急に“君”と呼ばれて少し驚く。
しかも優しい微笑み付きだ。
今までの彼を知らなかったらうっかりポーッとなっていたかもしれない…
…だが、何度も威圧的に詰め寄られた身としてはこんな一面もある事への驚きしか感じない。
「…俺も…あの病気に掛かっていたんだ…」
どこかへと想いを馳せるように視線を遠くへと向け、リックの昔語りが始まった…
「…俺は…見捨てられた存在だった…。
両親には既に生を諦められて…絶望感で自分自身でも死を待つばかりの状況だった…
それなのに、何故か生き残ってしまったのだ…」
『…あの病って魔力経路が詰まっている状態なので、一度魔力が通れば問題ないのです』
へー…なるほど。あ、…だから、あの薬草から精霊の魔力?を身体に入れると外へ押し出そうとする動きで魔力の流れが良くなって治のかな…
それって…下剤みたいなモノなのかな…いや、ちょっと違うのかな…
うーむ…
「…薬は与えられず…ここの領主夫妻は俺を看取るようにと押し付けられたのに優しく迎えてくれた…。
…俺自身も既に死を受け入れ、最期をここで過ごせる事に感謝さえしていた…なのに、何故か俺の病は完治した…。…生き残ったとしても…今更帰る場所なんて無かったのに……」
『別に、他の人間が無理矢理魔力を流し込んでも治るんですけどね…』
…え、それって本当は薬草なんて要らないんじゃ…?
「…ヤケになって色々と無茶をしていた俺をここの領主が叱り飛ばしてくれたんだ…心配してすごく怒られた…。
…その当たり前のように心配して叱ってくれる…裏表のないに姿に俺は救われたんだ…そんな時に両者夫妻の次男が俺と同じ病になってしまった…」
『…だから、あんな草をわざわざ欲しがる人間って面白いですよね』
「………そんな…」
ベルからの衝撃の発言に驚き過ぎて心境そのままに口に出すと、こちらを見ているリックに気がついて慌てて笑って誤魔化す。
…しまった。…聞いて無かった…。
「…無理に表情を取り繕う必要はない。…君の顔は正直だ。話の最中、ずっと複雑そうな困った顔をしていた…」
「…」
え…顔に…出てた…?
…聞いてなかったのバレバレ…?
「…別に何か言って欲しかった訳ではないし、そんな申し訳なさそうな顔しなくても大丈夫だ。
…まぁ、でも、大袈裟な同情や憐憫ではない素直な反応を見ていると…ふっ、…疑っていた事がバカらしくなるな…」
そう言うとリックは何故か楽しそうに笑っている。
…ん?…今、どういう状況…?
「今回の件、本当に感謝している。…君に何かあった時、今度は俺が全力で…助けるから…」
私の瞳をじっと見つめてそう言うと、リックは何故か優しい微笑みを残して自分の部屋の方向へと去っていった。
…えっと、…結局、なんの話してたんだろう…お礼…だったの、かな…?
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