第46話 昇格試験の内容
領主様の次男が元気になり、部屋から出られるようになった頃、ギルドから昇格試験の内容が決まったとの知らせが届いた。
知らせが来るまでの数日間、領主様のお屋敷にて過ごす日々は中々快適であった。
お屋敷の中は雰囲気が明るくなったらしく(ゾイドさん談)、領主夫妻だけでなく、お屋敷の人達からも感謝の言葉とお菓子の差し入れを頂いた。
空間収納に残ってしまった薬草も、領主様が買い取りたいと申し出てくれて処分する事が出来たし(…ベルから話を聞いてしまったのでもちろん安く譲った)、夜に部屋でコッソリとポーションを色々と作る事も出来た。そして何より…さすが領主様のお屋敷だけあって書庫という名の図書館は素晴らしかった。
お陰でこの世界の人間が使える魔法について知ることも出来た。
…結局、この1週間はずっとお屋敷で過ごすことになってしまったが、後悔はしていない。
快適に過ごしている最中、領主様伝手にギルドからのお知らせが届いた。
「もしよろしければギルドまで同行致しますが…」
とのゾイドさんからの提案は丁寧にお断りさせて頂いた。
お屋敷は快適だったけれど久しぶりの外もやっぱり楽しい。久しぶりの街の景観を楽しみながらギルドへと向かう。
ギルドに着くといつもの無愛想な表情の納品受付に声をかけた。
「こんにちは。…ギルドからのお知らせを受けて来ました…」
「お久しぶりです、ミサト様…。
…本当に昇格試験を受けられるのですね…」
フード外してみせれば彼はいつもの仏頂面を歪めて複雑そうな声で応対する。
そのまま、連絡を受けた昇格試験の内容を渋い機嫌の悪そうな顔で説明してくれた。
「通常、Cランクへの昇格試験ではこんな内容にはならない筈なのですが…
余程ミサト様への…嫌がらせ…いえ、思い入れが強いのか…」
そう苦々しい声で説明してくれた試験内容は想像していたよりも簡単そうなモノだった。
内容はこの町の東にある森の奥にある洞窟から蜘蛛の魔獣を捕まえて来る事。
洞窟や森林の中で網を張り獲物を待ち伏せする小型の蜘蛛だそうで、獲物を網に引っ掛けて捕らえるだけでなく、時には集団で獲物を襲うこともあるらしく、危険な魔獣らしい…。
…しかし、その糸は丈夫な上に織り込むと美しい光沢を放つ為、冒険者だけでなく貴族にも好まれる為、常に依頼は出されているそうだ。
通常は蜘蛛を討伐して糸を回収するらしいが、今回は上の意向で捕獲となったらしい。
蜘蛛自体はそんなに強くないのだが、今回の指定場所である洞窟にはそれなりの魔獣が出る為、単独で向かうならBランク以上推奨らしいのだが、…上層部の一部から蜘蛛自体はCランク相当なのだから十分妥当な依頼だと主張され強引に今回の試験内容となったそうだ。
蜘蛛自体は手のひらサイズで重くもないし、捕獲するのは一匹だけで良いらしい。更に魔獣対応の籠も貸し出されるようだ。
…正直、討伐して解体して証明部位を持って来るよりもそのまま持ってくる方が楽なので助かると思ってしまった。
「…今なら、まだ断れますが…」
「大丈夫です」
私は心配そうな声を出す受付に爽やか笑顔でキッパリと返事をした。
私的にはこのまま向かっても良かったのだが、試験官を引き受けた冒険者の都合もあり、試験は2日後から行う事となった。
試験官の冒険者は3人。推薦等もあるが基本は受付へと依頼を出し、その時選ばれるそうだ。
顔合わせ当日、試験官役の冒険者達の中に見た事のある人が紛れていた。
「…今回試験官には、教会より推薦されたBランク冒険者のマーシャ様、ギルドからの依頼を受けてくれたAランク冒険者のダリオン様…そして、同じくギルドからの依頼を受けてくれた…Aランク冒険者リック様の三名となります」
無愛想な受付の声はハキハキとしており、声はどこか明るい。
女性1人と男性2人。紹介された試験官の最後の1人は最近屋敷で見かけなかったリックさんだった。
…ただ、一番最初に会った時に身に付けていたマントを着て一言も話さないので何か事情があるのかもしれない。
「…ちょっと!…たかがCランクへの昇格試験になんでAランクが2人も来てるの?!」
教会から推薦されたマーシャさんという妙齢の女性が紹介を受けるなり騒ぎ出した。
「…偶然にも手が空いていたらしく快く引き受けて頂けたのですが、…何か問題でもありましたか?」
「…べ、別に、問題は…ない…けれど…でも、そんな…こんな試験にAランクが来るなんて…」
珍しく受付の人が強い口調でマーシャさんへと問いかけると何やらモゴモゴと口籠る。
そんなマーシャさんを受付はじめ他の試験管2人も冷たい視線を送っている。
「……あの、試験官にAランクの方が来るのは珍しい事なのですか…?」
なんとなく疑問に思ってそっと受付へと声をかける。
「…通常ですと、Cランクへの昇格試験ではC〜Bランクの方が多いです。
…しかし今回は場所が洞窟だった為か引き受けて下さる冒険者の方がいなくて…。
そこで無理を承知で上ランクの方にお声がけしたら快く引き受けて頂けたのです。…これは、とても幸運な事ですよ」
無愛想だが嬉しそうな声でそう答えてくれた。
「まぁ、そうゆう事だ。よろしくな坊主!」
大柄な筋肉ムキムキなダリオンさんとやらがニヤリと笑いながらこちらへ向き直る。
「…あ、よろしくお願いします」
「…お?」
顔を見せないままなのは失礼かなと思い、フードを外して挨拶をするとダリオンさんは目を丸くしている。ちなみに今日は隠蔽魔法はかけていない。
「…お前、ちっせぇと思ってたが女だったのか…」
大袈裟に驚く様子のダリオンさんとは違い、マーシャさんは軽く目を見張った後はコチラを観察するような視線を向けてきた。
ちなみにリックさんは例のマントを着たまま何も話さない。
「今回は心強い方に試験官を引き受けていただき安心です。…ただ、危険には変わりないので皆様くれぐれもお気をつけ下さい」
「おう、任せときな!こんな別嬪さんに何かあったら大変だからな」
「ちょ…ちょっと待って…!…これは試験なのだから何かあってもギリギリまでは助ける事は許されない筈よ!…それに、何かあった時には緊急措置を取る事を事前に承諾して貰わないと!」
「「「…」」」
マーシャさんは皆の冷たい視線に気付いていないのか、割り込んでそう言うと何処からか紙を取り出す。
紙に書かれていた内容は簡単にいえば“緊急時には手当をするがその時に使用した物は後で請求する”といった内容のモノだ。
ただし、遠回しな文章とわかりにくく書かれているが“何を使用しても文句を言うな”と、いった内容も含まれている。
マーシャさん…裏がある契約書だとわかりやす過ぎるのでは…?
これって文章からしても、そのまま私に怪我させて高額治療請求するつもりだよね…
杜撰な手口に思わずため息を吐きそうになったが、ふと思いつく。
…よし、そっちがその気なら…
「…あの、私手持ちのポーションがありますのでそれをお預けしても良いですか?」
「…はぁ?」
「…お、おう。それはもちろん良いが…。
…ポーション…持ってんのか…」
私が鞄からいくつかのポーションを取り出すと皆んなが驚きの視線を向ける。
もちろんマーシャさんも驚いて固まっている。
これで緊急時の応急処置の薬には困らない筈だ。
更に…
「…なんなの…その量…」
私は念の為に3本ずつ試験官に渡す。
さすがに試験官が1人3本ずつ持っていれば足りない事はないだろう。
領主様から聞いたポーションの値段はなかなかのボッタクリ価格だった。
「…高価な物なので割ったり紛失した場合は弁償をお願いしますね」
ウッカリ割られたら困るので、マーシャさんにそう伝えると、何か言いたそうにして…結局何も言うことはなかった。
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