第47話 昇格試験

結局、マーシャさんの出した書類にサインをする事はなく、緊急時の応急手当てについての話はそこで終わった。


不機嫌そうな顔のマーシャさんはどこかイライラとした様子で何かを考えているようだ。


マーシャさんが少し離れた隙に納品受付の彼にコッソリと声をかけられる。


「…書類にサインをしなくて良かったです。…しかし、くれぐれもお気をつけ下さい。

…とりあえず、ダリオン様は裏表のない信用出来る方です。実力もあり、採点を甘くするような事はありませんが、いざという時には頼って大丈夫な相手です」


相変わらず不貞腐れた様な顔をしているのに親身になって助言をしてくれる。


「…リック様も見た目は怪しげですが悪い方ではありませんのでご安心ください」


…そっちは知ってる。


「…ありがとうございます」


「…試験官が手を出した時点で試験は失格となり、その場合は自覚不足としてランクポイントの減点と罰金が付きますのでそちらだけご了承下さい。

期限は本日より3日間。ですが、申告により1週間までは引き延ばし可能です」


試験に不合格の場合は自覚不足で罰金なんだ…。


でも、まぁ他の人より短期間でランクを上げたいのならそれなりのリスクがあっても当然か。ワンチャン狙いの実力不足の人に押しかけられても大変だしね。


よし、期限は3日、頑張るぞ。


「…わかりました。では、行ってきます」


「…お気を付けて」






ギルドにて貰った簡単な地図を見ながら目的の洞窟へと向かう。

街を出て森のような場所を通っているのだが、天気も良いし、精霊達が木漏れ日に紛れて飛んでいる。


『主様こっちですよ』


皆んなには見えていないがベルが案内してくれるので簡単な地図でも困る事はない。


試験官達は少し離れた場所から思い思いに着いて来ている。


「…魔獣が出ないな…」


後ろからダリオンさんの呟きが聞こえてきた。


別に魔獣が居ないわけではない。さっきから気配はするが、ベルや私を見かけると固まるか、身の程知らずな子達は精霊たちに追い払われているだけだ。


なんとなく魔獣は能力が上がる程に、精霊を把握出来る力が強くなっているように感じる。


私は特に気にせず、偶に珍しい薬草を詰みながら目的地へと向かった。


「…ふん、…依頼途中に薬草摘みなんて…!」


マーシャさんのイライラした声が多少不快だったが特に問題なく洞窟へと辿り着く事が出来た。


「…こんなにスムーズに辿り着くとは…」


ダリオンさんが驚きつつそう言うが…普段はいったいどんな道のりなのだろう…


洞窟の中は光苔でうっすらと道はわかるのだが暗い。


…私はちゃんと領主様の書庫で学んで来たのだ。


光の初級魔法、光玉。


LEDをイメージしたエコな明かりをフワフワと浮かべる。


「「「…っな!」」」


何やら後ろから息を呑むような驚きの雰囲気を感じるが…きっと私が魔法を使えると思っていなかったのだろう。


…ふふ、書庫にあった本に載っていた初級魔法は全部覚えてきたのだ。


この世界の魔法はキチンと書庫で確認したし、別に上級や特級魔法をバンバン使うつもりはない。


ただ、冒険者として程々に初級魔法ぐらいは使いたい。


…今回の昇級でランクが上がっても、魔法が使えるならなんとなく納得されやすそうだしね…。


そんな風に自分の考えに揚々としていた為、周りの反応が少し可笑しい事には気がつかなかった。


何故、ギルドの資料室には魔法の書物が無く、貴族である領主様のお屋敷にはあったのか…


何故、魔法の種類や特徴が載っている本は沢山あったのに使い方に関する本は無かったのか…


そして、何故Aランクの冒険者までも息を呑むほどに驚いているのか。


そんな理由に気がつく事もなく、…そして、隠蔽魔法の影の中、リックの瞳に静かに…しかし、確かな熱が籠っていく様子にも全く気がつく事はなかった。



洞窟の中、逃げる魔獣は放置してベルの案内でさくさく進む。


どうやらあの蜘蛛は入り口付近に糸を張り、獲物は少し奥の住処へと運び込むようなので、奥の住処を目指して進む。


やはり、ある程度以上の力を持った魔獣は寄ってこないようで遠ざかる気配を感じる。


…だが、ある程度以下の魔虫は出るので、灯りに誘われて襲って来た虫はひとまず火の初級魔法で燃やした。


一瞬で消す事も出来るけれど、他人の目があるのでちゃんと魔法を使う。


別に火の魔法ではなく他の魔法でも良かったのだが、死体の処分に困るのでなんとなく燃やす事を選んだ。


勿論詠唱はしていない。


…と、いうより私は詠唱の存在を知らなかったのだ…。



一度だけ何故かマーシャさんの方向から大きめのコガネムシみたいなのが2〜3匹襲って来たのだが、それも初級魔法で燃やした。


「…甲虫魔獣って燃やせるんだな…」


ある程度燃やし尽くした頃にポツリとダリオンさんが呟いていた。


家では母と妹が虫が苦手だったので私が対処していたのだが、魔法が使えると直接処分しなくて良いのでとても楽だ。


さくさくと進んで蜘蛛の住処らしきトコロに辿り着き、背中の荷物にくっつけていた籠を取り出す。


資料に描かれていたのと同じ蜘蛛を見つけたので近づいて上から籠を被せる。


「…蓋をして…よしっ…」


それなりに大きいので見つけやすいし捕まえやすかった。

何より全く動かなかったので簡単に籠に入れる事が出来た。


「さあ、戻りましょうか」


「「「…」」」


呆気なく蜘蛛を捕まえた私は満足気に試験官な人達へと声を掛けた。


しかし、誰も返事をしてくれない…何故だろう…。


行きはなんだかんだと文句を言って煩かったマーシャさんも帰り道はとても静かだった。


「…あの、マーシャさん大丈夫ですか?」


「…っ!…だ、大丈夫よ」


「…」


心配して声を掛ければ全力で距離を取られた…。


あれ、何故か怯えられている…?




洞窟は街から東に進み、途中に森を抜けた先にあるので街から少しだけ距離がある。


早く終わったとはいえ、ギルドへと帰還する頃には少しだけ日が陰り始めていた。


ギルドへと入り、朝に見送ってくれた納品受付の前へと進む。


「…いらっしゃ…っ、…ミサト様?」


「…ただ今戻りました」


「ど、どうされたのですか?」


顰めっ面なのに、声は心配そうに優しく聞かれた。


「…何かトラブルでも…?」


「あ、いえ。蜘蛛を捕まえてきたので納品に来ました」


「…は、……え?」


睨みつけるような表情で受付の彼は恐る恐る私の後ろに視線を送る。


「…確かに…確認した」


「…」


「…」


ダリオンさんが肯定の返事をし、他2人は無言で頷いていた。


私は手に持っていた蜘蛛の籠を受付へと差し出す。


彼は元の仏頂面で器用に驚きつつも納品された蜘蛛を受け取り確認作業へと移る。


「…えっと…。確かに受け取りました。

では、結果は後日また連絡させて頂きますので…」


「え、あの…これで合格じゃないのですか?」


「…合格はほぼ確定かと思いますが、一応試験官の方達から報告を受けて内容を確認しないといけないので…正式な結果は2〜3日程後になります」


「…そうなんですか…」


直ぐに結果がわかると思っていたのでなんとなく残念な気持ちになる。


とりあえず試験の依頼は達成したし、試験官をしてくれた冒険者の人達とはこれでお別れなので、挨拶だけはしっかりしておこうと試験官へと向き直る。


「…今回の昇格試験を担当して頂きありがとうございました」


「…いや、…今回は…本当に見てただけ…だからな…」


「…いえいえ、お忙しい中ありがとうございました」


ダリオンさんは頭を掻きながら苦笑いで返事をしてくれた。

そんなダリオンさんには改めて頭を下げる。


リックさんは頭をちょっとだけ下げて無言なので話す気はなさそうだ…


これは…リックさんですよねって声かけるべきなのかな…?それとも気が付かない振りを続けるのが優しさなのだろうか…


少し悩んだが、なんだか面倒なので気が付かなかった事にした。


マーシャさんは…なんとも言えない顔で必死に視線を逸らしているので声を掛けるのはやめた。


こうして、私の昇格試験は問題もなく終わることが出来たのだ。


…ただ、問題がないと思っていたのは…私だけだったことを後で知る事になる。


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