第41話 司教と領主
俯く私へとなんだか心なしかネットリした声で再度、声を掛けられる。
「おい、娘よ。早く顔をあげよ」
…確実に私に言われている…
横からはこちらを心配しているお婆さんの気配も感じた。
どうしようかと悩んでいると横から落ち着いた響きの低い声がかけられる。
「…司教様、お時間も御座いますし…先へ進みませんか?」
どうやら目の前の男の意識を外らせようとしてくれているようだ。
しかし、残念な事に目の前の司教様とやらには全く通じていない。
「しばし待て。この者の顔を確認するだけだ。おい、お前。早く顔をあげろ」
しょうがないので私はノロノロと顔をあげる。
「…ほぉ…」
あげた先にはさっき見たキラキラした服を着た小太りの男。所々キラキし過ぎて気が付かなかったが、聖職者のような服装に見えなくもない…。
「司教様、このような子供に構わず先へ向かいましょう!」
横から再び、少し焦ったように領主っぽい人が声を掛ける。
「待てと言っている!
おい、娘!お前を教会にて引き受けてやろう、感謝すると良い」
「…」
…は?
ちょっと何を言っているのかわからないんですが…。
私がイマイチ理解出来ずに頭の中で“?”となっていると横から再び声が掛けられる。
「…司教様、流石にいきなりそのような事は…」
「さっきからうるさいぞ…この国の民であれば喜んで当然の話をしておるのじゃ!少し黙っておれ!」
領主っぽい人がなんとか、やんわり司教を思い留まらせようとしているが効果はなさそうだ…
え、ひょっとして私が教会に仕えるかどうかの話をしてるの…?
なんとも一方的で横暴な言葉を言われた事を理解して驚いていると横から声があがる。
「…お話中に申し訳ありません。領主様、この娘はこの国の者ではないです」
なんと、先程話していたお婆さんが震える声で発言してくれたのだ。
「…おぉ、この国の者ではないのか!…それは無理に教会に仕えさせる訳にもいかんな!」
領主様はお婆さんの言葉を聞くと、少しホッとしたように言葉を繋ぐ。
お婆さんも領主様の言葉を聞いて少しだけ緊張を緩めた。
「…では、そういう事なので。司教様、そろそろ先へ向かいましょう」
そう言って領主様は先を促すが司教とやらは動かない。
「…それならば、親御と話をしよう。そして身柄を引き受ける」
「…司教様。…さすがにそれは…」
「おい、お前の親はどこだ」
領主様はなんとか止めようとしているが、司教は無視をしてこちらへと声を掛ける。
どうやら私を引き取るつもりらしい…。
領主様もなんとかしようと声をかけるが司教は既に聞いていない。
視線は私へと集まっているようだ…。
「…私の親は…故郷にいます」
しょうがないので渋々最低限の言葉で返事をする。
「なんと、捨てられたのか。これは都合が良い。
…娘よ、私が引き取ってやる」
…捨てられてないし!
…いや、前世では確かに捨てられた事もあったけど…
今世では捨てられる事はない…はずだ。
少しだけ苛立った私はハッキリと言う。
「私は1人の冒険者として自分の力で旅をしています…ですので、引き取りはお断りします」
…旅は始めたばかりだけど嘘ではない。
「…っ。なんだと…お前のような幼い小娘が冒険者として旅など…嘘を吐くでない!保護者はどこだ!」
「司教様、落ち着いて下さい。娘さん、本当に冒険者をしているのならギルドカードは持っているかい?」
激昂する司教と私の間に領主が入り込むと私へと問いかけてくる。
私が頷いてカードを取り出すと領主はカードを確認し、少しだけ驚いた様子の後に私の方へ向き頷く。
「司教様、この娘さんの発言に間違いはないようです。しかも、こんな若くして既にDランクですので将来有望ですよ」
「…なんだと。そんな筈はないだろう!まだ、成人もしてないようなこんな小さな小娘にそんな実力があるはずない!」
「あの、私(この世界では)成人してます」
「…!!」
司教は顔を真っ赤にして苛立っているようだ。
尚も何か言おうとするがそれよりも早く領主様が声を張る。
「司教様!他国の、それも成人した将来有望な冒険者を本人の意向を無視して連れて行く事は出来ません。今回は縁がなかったということで…」
「………。…チッ」
領主様からの言葉を受け、司教は今は自分の部が悪い悟ったのかしばらくは苛立たしげにしていたが、渋々と去っていく。
「…ふん、 お前のような小娘どうとでもできるわ」
最後に私へと吐き捨てるように嫌な捨て台詞を残して。
「大変だったねぇ」
司教の姿が完全に見えなくなるとお婆さんが同情するように声を掛けてきた。
「あ、さっきはありがとうございました」
「いいんだよ。…それよりも、あんた運がないね…あの司教様は横暴な上に綺麗な女には見境がないが、まさかこんな幼い娘にまでとはねぇ…」
お婆さんはため息を吐きつつ司教について話し出す。
先ほどの領主様の話とは違い、とても嫌そうな顔で話すので司教は余程嫌われているのだろう。
司教は突然聖都から来たらしいのだが、それなりに高位貴族の家柄出身らしく領主様でも強く出る事が出来ないらしい。
権力をかさに着てやりたい放題。マトモな女の人達はなるべく司教には近付かないようにコッソリと御触書が出ているそうだ。
それでも街は大きく人の流れも多いので次々と被害が出て、その尻拭いを領主様が駆け回っているそうだ。
「…早く帰ってくれないかねぇ…」
「…あの、お話中申し訳ないのですが…」
しみじみ言うお婆さんの話を聞いていると、先ほど司教や領主様と一緒にいた教会の人に声をかけられた。
すこし訝しみながらも相手をすると、柱近くの影を指し示される。そちらへと視線を向ければ大きな柱の影には先程去ったはずの領主様の姿が見えた。
「この度は申し訳なかったね」
柱の影に領主様がいたので驚きながらもとりあえず誘導されるまま領主様の所へと向かえば、自己紹介の後に謝罪と共に頭を下げられた。
貴族である領主様がこんな小娘に頭を下げるとは思っていなかった為、少し慌てつつ返事を返す。
「…いえ、こちらこそ、庇って頂きありがとうございました」
私のお礼の言葉に領主様は複雑な表情で微笑む。
「…いや、申し訳ないが、お礼を言われる程の効果はない。…これくらいで諦めるような御方でもないのだ…」
領主様は懐から何かを出すと私の目の前に差し出す。
「…私に出来ることは精々これくらいだ。早めに街をでなさい」
差し出されたのは金貨だった。
「え…あの、…受け取れません…」
「あの御方は一度目を付けたモノは何としても手に入れようとなさる…。
こんな事言いたくはないが、このままこの街にいると不本意な事になるかもしれない…」
「…」
突然の事に困った顔をしている私を見て、領主様も同情の眼差しを向ける。
「…とりあえず、この街から出るにしても出ないにしても、あって困る物でもない。…良いから持っていきなさい。そして、出来る事なら一刻も早く身を隠しなさい」
「…でも…」
お金はあるんです。と、続けようとしたところで横にいた教会の人から声がかかる。
「領主様、急いでください。そろそろ司教様に気付かれます」
「…私はもう行くが、出来れば早く街から出て欲しい。…もし、万が一何かあった場合には領主の屋敷の北側にある出入り口の門番を訪ねなさい」
そう言うと、領主様は強引に私の手へと金貨を握らせ教会の人と共に急いで去っていった。
「…何も出来ないが、私も噴水通りで店をやってるからね、何かあったら訪ねておいで」
親切なお婆さんからも優しいお言葉を頂いた。
『主様、さっきのキラキラした人間消しますか?』
私はうっかりベルの言葉に頷きそうになった。
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