第40話 教会観光

ギルドを出て、無愛想だが親切な受付に教えて貰った宿へと向かう。


受付の男は宿の他にもこの街の事を色々と教えてくれた。

前の町とは違ってこの街の奥の方には領主のお屋敷があるそうだ。


そして、大きな教会が街の中心近くにあり、解放されている場所は自由に見学する事も出来るらしい。


精霊を奉っている街の人達も訪れるが、旅の人や観光等で訪れる人も多いらしい。


なんだか、お寺や神社を思い出して行ってみたくなった。



街の様子を見ながら大通りを進めば、教会はすぐに見つける事ができた。


遠くからでも分かる程に高くそびえた尖塔が見え、頂上部分には精霊モチーフらしき彫像が飾られている。


遠目からでもその豪奢さがわかる建物だが近付けばいっそうすごい。


美しい色彩の組み合わせによって豪華に彩られたなんとも華やかな建築物だ。


壁には精緻な彫刻が施され、柱や天井からは鮮やかな織物や美しい飾りが垂れ下がり、その美しい飾りが風に揺れる姿はなんとも華やかで教会の持つ富と権力をとてもわかりやすく表現している。


また、敷地内へと通じる道も途中から美しい花々や植木が配置され、豊かな自然の恵みと奥に見える華やか教会が組み合わさって訪れる者にはなかなかの圧倒感を与える。


…とても豪奢な造りの教会に、確かに圧倒されるが…



「…精霊の気配が…ない」


この国に来てから道中も街の中でもベルの所にちょこちょこ新しい精霊達が顔を出していた。


なので、教会に来たらもっと精霊がいるのかと思っていたら、まさかの…気配ゼロ…。


なんともいえない顔で教会を見ているとベルがなにやらフォローをしてくれる。


『…偶に、見学に来る精霊はいないこともないらしいですよ…。ただ、見終わったらこんな場所に居る必要もないので去っていくみたいです』


…精霊も偶に観光に来るんだ…そして、見て満足するとすぐに去るのか…。


ベル…フォローのつもりが、“こんな場所”って言っちゃってるよ…


複雑な表情で教会を見上げながら、美しい入口へと足を進める。


確かに、人間達はお参りだの祈願だの報告だの感謝だの…布施やら喜捨やら、献金等もしているようでやる事も多そうだが、精霊はその様子をぐるりと一周上から見て回るだけなので滞在時間は短そうだ。


精霊はいないが、せっかく訪れたのだし教会を観光する為に他の人達の流れに合わせて教会の内部へと進む。


「…教会に聖女様はいないのかな?」


ベルへと問いかけたつもりが、偶々前にいたお婆さんが自分に話しかけられたと思ったのかコチラを振り向く。


「あ、すいません。…独り言のつもりで…」


思わず、焦った様子の私を見てお婆さんは笑いながら答えてくれる。


「ふふ…。聖女様は聖都にしかいないよ。あなたはこの国の子じゃないのかい?」


コクリと頷くとお婆さんは自分の知っている聖女様情報を教えてくれた。


「聖女様はね、聖都の大神殿でこの国を守って下さっているんだよ…」


お婆さんは一般人への解放部分である祈りの間へと向かいながら色々と教えてくれた。


聖女様を見つける為に旅をしている神官様達がいる事や見つかった幼い聖女様は聖都にて大切に保護されている事。尊い聖女様は聖都の大神殿にて精霊様達に愛されつつ使えている事。聖女様のお陰でこの国も精霊達に愛されている事。


王族はそんな聖女を支え、その多くが聖女と恋に落ちる事(これはうっとりと夢見る乙女な感じで教えてくれた)



偶に横からベルからの正確な情報を差し挟みつつ、この国の一般的な人達の聖女への認識がわかった。


「…精霊様はね…この国の民にとっては、とても尊くて有難い存在なんだよ。…そんな精霊様に愛される聖女様なんて、出来る事なら一生に一度で良いから私も拝見してみたいものだねぇ…」


「…」


この国では、聖女様は敬愛される存在…いや、それよりも上、どうやら王族よりも上の存在として認識されているようだ…。


お婆さんの聖女様話を聞きつつ祈りの間についた頃、何やら騒がしくなった。


後方から、兵士らしき人達が来ると通路を止められ一旦進む事が出来なくなる。


「領主様が通られる!しばし待つように!」


大きな声が響き渡ると、その場に居た人達の多くが通路の端により、片方の膝を床へと付ける。


横にいたお婆さんが少し下がって方膝立ちをするのを見て、なんとなく真似をする。


「…あの、初めての事なのですが、この姿勢で待てば良いのですか?」


コッソリと聞くと、こちらを向いてニコニコと答えてくれる。


「今日は領主様のお祈りと重なってしまったみたいだね。…この国ではお貴族様に対して尊敬の気持ちを示す為に身体を低くするんだよ。

この街の領主様はお優しくて素晴らしいお方だから、みんな自発的にこの姿勢になるのさ」


どこか自慢げに話すので領主様の事をきっと本当に素晴らしい人だと思っているのだろう。


「…他の国の人や子供達が立っていても怒られたりはしないからね。無理に真似をしなくても大丈夫だよ」


お婆さんにそう言われ、ぐるりと周りを見渡せばチラホラと立ったままの人もいる。


しかし、せっかく片膝ついたのでこのまま待つ事にした。


「…この街の領主様は良い方でね。よく街にも来られるし、教会にもお祈りに来られるので私なんかでもお顔を知っているんだよ」


嬉しそうに話すお婆さんを見てこの街の領主様は好かれているのだなぁとのほほんと考えていた時、急にお婆さんの雰囲気が変わった。


領主様達が現れたのだ。

そんなに尊敬されている領主様とはどんな人が見てみようとチラリと視線を送ると、横からお婆さんが慌てたように声を掛けてくる。


「あんた、頭をお下げ!早く」


「…へ?」


急に慌てたように声を掛けられ、ポカンとしながらお婆さんを見ると少し焦ったように私にだけ聞こえる声で早口で話し始めた。


「今日は領主様だけじゃなかった…!あんた綺麗な顔してるから目をつけられたら大変な事になるよ!早く顔を下げな!」


教会に来てお婆さんとの会話中、マナーが悪いかと思いフードは外していた。


よくわからないままに顔を下に向けている時に視線を感じた。


「…このまま顔は上げるんじゃないよ」


お婆さんから小さな声でそう言われ、視線は気になるが下を向き続ける。


こうなってくると、早く領主様達には通り過ぎて欲しい。


さっきチラッと見えた時にはやたらキラキラとした服を着た小太りなおじさんと品の良さそうなダンディなおじさんと他数名の教会の服を着た人達がいた。


品の良いおじさんが領主様だと思うが、意外にキラキラした方かもしれない。


どちらが領主だろう…


ぼんやりとそんな事を考えているといつの間にか辺りは静まりかえっている。

どこからか息を飲むような声も聞こえた。


私の正面には人の気配。

目の前には煌びやかな履物が見える。


現実逃避気味の意識を引き戻すように正面から声をかけられた。


「お前、顔を上げよ」


「…」


…これは、明らかに私に向かって言われているのだが…なんか…顔、あげたくないんですけど…。




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