第37話 旅立ち

「アンナさん。色々とお世話になりました」


下げた頭を上げるとアンナさんのなんとも言えない表情が目に入る。


「ミサトちゃん…。旅は危険なのよ」


まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調だが、瞳の奥には心配の色がみえる。


この町に来たばかりの時とは違い、私は旅立つ為の動きやすい服にマントを羽織りいざとなればフードで顔も隠せる仕様だ。


これでパッと見は幼い女の子には見えないだろう。


背中にもそれなりの大きさのリュックを背負い、中には以前ギルド長から聞いた旅の必需品が詰められている。


本当は必要ない携帯食や水筒も用意してみたし、武器というには心許ない気もするが、腰に一応魔法使い用の軽くて丈夫そうな杖をさしてみた。


お金はまだまだ余裕があるし、逆にこれ以上は何を準備すれば良いのかわからない程だ。


「ミサトちゃん、準備は万端でも危険は危険なのよ」


「…大丈夫です」


「この町で知り合いの迎えを待つ方が良いのではないかしら…?

…薬草採取だってやっと慣れてきた所でしょ…?」


アンナさんは困った顔をしながらも、私を説得しようとしてくる。


「道中には悪い人だっているのよ。魔獣や盗賊だって出るし…最近は魔物も出るようになってきたらしいわ…」


「…大丈夫です」


心配は嬉しいけど、この世界では既に成人後の冒険者なので、少し度が過ぎている気がしないでもない。


…でも、お世話になったのも確かだし、とても良くして貰っていたのでこれを無視して行くのもなんだが違う気がする。


なんとか上手く折り合いが付かないか悩んでいるところにギルド長が登場した。


「おい、アンナ。それは冒険者に対して侮辱行為にも当たるぞ」


「な、…ギルド長。…そんな、これは無駄な怪我や犠牲を防ぐために…」


「…無理な討伐依頼やランク外の依頼を受けたわけでもなく、ただの移動にそこまで口を挟む権利はない」


「…それは、…そうかも…しれませんが…」


アンナさんは下を向いてしまった。


「あ、あの、心配は嬉しいです。ありがとうございます。

…でも、このままこの町に居ても情報がなさそうなので…。…もちろん無理をする気はないですし安全な道を選ぶ予定なので、大丈夫です!」


「…」


「…ほら、こんな一生懸命なチビに失礼だろ」


…チビ呼びも失礼なのではないだろうか…。


「…ミサトちゃん…。旅は本当に危険なの…だけど…本当は、…私が行って欲しくないのよ…」


アンナさんがポツリポツリと話し始める。

…その暗い声に、誰か身近な人でも旅で亡くしたのかな、と思い始めたが…


「…こんなに素直で可愛い冒険者なんてこの町には居ないのよ…!

可愛い上に良い子!!

しかも懐いてくれてる!!

なんで!…なんで唯一の癒やしが町を出て行ってしまうの…!!」


「…」


『おや、この者も主様のしもべ希望でしたか…?』


ベルがひょっこりと顔を出す。


…いや、違うから。


「…ま、まあ、そういう事ならチビがまた来てくれるように最後まで良いイメージを保った方が良いんじゃないか…?」


「…っは!

…そうね。…申し訳ないわ、つい本音が…」


ギルド長の言葉に正気を取り戻したアンナさんはいつものアンナさんへと戻った。


…ワタシはナニモミテナイヨ。


「…アンナさんには感謝しているので、出来れば笑顔で見送って貰いたいです」


「…ミサトちゃん!」


私の言葉にアンナさんの目に涙が浮かぶ。

そんなアンナさんをギルド長はなんとも言えない顔で見ているがそこはスルーする。


「…そうね。とても…とても寂しいけど冒険者は冒険に出るものよね。

…でも、もし何かあったり故郷に帰れないときはこの町にいつでも帰って来てね…」


「…アンナさん…ありがとうございます」


優しいアンナさんの言葉に嬉しくなり笑顔でお礼を言う。


そんなこんなでギルドで思わぬ一悶着はあったけれど無事に旅立ちの挨拶も済ます事は出来た。


一緒にいたギルド長にもお礼を伝え、セオドアさんへもお礼を伝えて貰えるようにお願いした。


もし、次にこの町に来る事があるのなら何かお土産になりそうな物でも見つけてこよう。

…そう思う程にこの町の事が気に入った。


この世界に戻ってきて、最初の町がこの町で良かったな…。


人間に対してもこの世界に対しても忌避感は感じない、…その事に安心した。




地図によるとこの町をずっと北に行くと神聖国へと入る。

神聖国は大きくはないがそこまで小さな国でもない。


国境を越えても聖都まではまだまだ距離がある。

なんとなく聖都へは向かうが、目的は強い精霊についての情報収拾もあるので、のんびりと神聖国の聖都へ行こうと思う。


エリスからの情報によると国境を越えて更に北に行くとそれなりに大きな街があるらしく、そこからは馬車等も利用しやすくなるらしい。


この町から神聖国までは精霊の影響か魔獣等も少ないらしく、比較的安全に行けると言っていた。

正直飛べば直ぐに行けるけど、どんな感じなのかあえて歩いて行こうと思っている。


道中に採取できそうな物があれば採りたいし、ベルにも精霊達から有益な情報が入ったら教えてくれるようにお願いした。


新しい街に着いたらギルドでまた薬草を売ろう。

お金には困ってないけれど、新しい街の様子を知るのにはやっぱり冒険者ギルドは情報が集まりやすそうだしな…。


新しい街への旅立ちに少しワクワクしながら町を出ようと、門番の人に挨拶をするとまたもや引き留められた。


アンナさんと同じようにこの町で迎えを待つように言われたが、迎えは来ないので待つことは出来ない。


結局、アンナさんの時と同じように安全な道を選んでいる事などを説明してなんとか納得して貰う事が出来た。


『ふふ…皆、主様が大好きなのですね』


ベルが楽しそうに言う通り、引き止められて困りはするけれど私を想ってくれての言葉なので文句を言うことも振り切る事も出来ない。



なんとか納得してくれ見送ってくれる門番の人に手を振り、初めて訪れた私を暖かく迎えてくれたこの町が不幸に襲われないようにささやかな祝福をかける。



そんな強い物ではない。

…けれど、きっとしばらくの間は穏やかな気候と少しだけ恵まれた実りがこの町に訪れるだろう。

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