第34話 【神聖国にて】

神聖国の大聖堂は、壮大な石造りの建物であり、その高い尖塔は空に向かってそびえ立っていた。入口には重厚な扉があり、扉の隣には美しく彫刻された飾りが訪れる者の目を楽しませている。中に入れば内部は広大で、美しいステンドグラスの窓から差し込む光が、大聖堂の神聖な雰囲気を演出していた。


礼拝堂の中央には立派な祭壇があり、壁には精霊を模した絵画や彫刻が飾られている。普段は、信仰の象徴として、神聖国の人々にとって重要な場所となっている大聖堂も、夜ともなれば門は閉ざされ、関係者以外入る事は出来ない。


しかし、夜になっても大聖堂が闇に包まれるような事はなく、そこら中に暖かな色合いの灯りがともされ、昼とはまた違った美しさを魅せている。


そんな大聖堂の奥、一般の者には立ち入る事の出来ない最深部の一室にて豪華な大理石のテーブルを囲み、枢機卿たちが肘をついて座りながら議論を交わしていた。


席に着いた者達の後ろにはそれぞれ側近らしき者が付き従っている。



「まったく、聖女として役に立たないと聞いていたのに話が違うではないか…」


「おっしゃる通りです。大丈夫だと言われたからこそ我々もそのように手配していたのに…」


枢機卿の中でも一際目立つ服装にふくよかな体型をした男がグチグチと文句を言う。


そして、テーブル近くに控えた側近らしき男がその男性の横について追従する。  


正面に対峙する、これまた壮麗な衣装を身に纏った少し若めの男性が眉間に皺を寄せつつも話題を繋ぐ。


「…それにしても、報告通りの薬草が本当に生えているとなると相当な精霊様が憑いていらっしゃるのでは…?」


それに応えるように、また別の少し年嵩のいった白髪老人が静かに応える。


「…それは、まだわからんの。…今、確認に向かっているはずじゃ。

それにしても、このタイミングであの薬草が生えるとはのぉ…」


老人の前にいる眼鏡を掛けた男性も発言する。


「…そうですね。最近では、大聖堂の温室でも育ちにくくなってしまい困っていたのですが…そのような時に別の場所に薬草が出現するとは…」


「…これは、…やはり精霊様からの何らかのメッセージではないのかのぉ…」


「ふん、バカバカしい。たまたまだ」


小太りの男性は馬鹿にしたように言う。


「…しかしのぉ、貴族特有の病気に必要な薬草として管理を任されておるのにのぉ…今回のような不足する様な事態になると他国からの信用問題と共に寄付金も大きく変わってくるじゃろう…」


「…チッ、薬草は結局新たに見つかったんだから別に良いだろう。金が無いなら薬草は渡さなければ良いだけだ」


「…そう簡単な話では無いじゃろう…大体今回の聖女追放だって、元はといえばお前さんが勝手に裁決したのが問題なのじゃ」


「なんだと!俺は王子と聖女様直々に話を伺い、正当な理由で追放を許可したのだ。…問題があるとしたらその報告をした者だろう」


「…少なからず、わしの調べた調査結果では追放された聖女様は特に問題のない娘だったようじゃがのぉ…」


睨み合う2人を横に眼鏡の男が発言する。


「…ひとまず、今回の薬草畑の出現はこちらとしては大変助かる事態ですね。…その規模も結構なものだと聞いています」


眼鏡の男に対してメンバーの中では若い方の男も発言する。


「大聖女様が、何やら精霊様たちの様子がいつもと違うとおっしゃっていました。ひょっとすると、力の強い精霊様が関わっているのかもしれません」


「…なるほど。…確かに、それならば大規模な薬草畑の出現も納得できますね…。しかし…問題はこの国ではなく隣国の町に出現してしまった事です」


「ふん、そんなの聖女をこっちに連れてこれば良いだけの事だ」


小太りの男が再び会話に口を出す。


「そう簡単な話ではありません。…ひとまず緘口令は敷きましたが、発見した冒険者ギルドにも口止め料込みでそれなりの利益をお約束する事になってしまいました…」


「ふん。その利益だって、聖女がこの国に来てしまえば無いも同然のような契約だと聞いているぞ。聖女がいなくなれば遅かれ早かれ薬草は消えるのだからな。

…どうせ無くなる薬草畑の利権など一時的な物だろう。大した痛手ではない」


「…それでも、タダではありません。

…大体、問題の第二王子と聖女様はどうなっているのですか…?」


「…聖女様は噂の勇者様に夢中だ。まったく、いい気なものだ。

選ばれた高貴な自分が直々に勇者の共をしてやっても良いと言い出しておる」


「…わしの調査では、その聖女様は第二王子と良い仲だと聞いておったがのぉ…」


白髪の老人も再び会話へと参加する。


「…確かに最初の頃は王子に夢中だったようだが…しかし、金銭面でも結婚後の地位でも第二王子では聖女様をご満足させる事は出来なかったようだな。

…女というのは勝手な物だ、大した力も無いような王子などでは物足りなかったのだろう。…今ではすっかり評判の良い勇者様に興味が移っとる」


「…なんとのぉ。第二王子はそれで納得されとるのか…?」


「…王子は王子で、聖女様への不満が溜まっていたからな、今は前の聖女様で我慢すると言っている。

…まぁ、結婚相手としては妥当な判断だろう」


「…いや。それは無理ではないのかのぉ」


自分の言葉を老人に否定され、男はムッとした様子で反論する。


「…何故だ?

王子は我慢すると言っているし、平民ごときが聖女となり、更には王子と結婚出来るなど光栄に思わぬ筈がない。せっかく戻ることが出来るのなら今度こそ飽きられぬように尽くすのではないか…?」


ムッとしつつも心底不思議そうな小太りの男に対して、眼鏡の男性は頭が痛そうに眉間に皺を寄せている。


「…それは、あくまで第二王子の立場が上の場合の話でしょう…。

万が一、力の強い精霊様がお憑きの場合、追放された聖女様の地位はただの王子よりも数段上です。…更に無理強いは精霊様のご不況を買う恐れがありますので、聖女様が望まぬ限り再びの婚約は叶わぬでしょう…」


「…なんだと?」


「…報告の内容が確かであったなら、聖女の序列はかわる。…今の大聖女様でさえあれほどの事は出来ないのだから、当然他の聖女達とは比べものにもならないでしょう…。

…つまり、今までとは違い我々…いや、我々だけではなく、たとえ王族だったとしても彼女の意思を尊重し丁重に扱わねばいけない相手となるのです」


心底驚いた様子の男の横で側近の男が顔色を悪くしている。


何やら具合の悪そうな小太りの男の側近をみて、老人が声を掛ける。


「…お前さん、…どうかしたのかのぉ…?」


老人が側近に向かって問いかけると声を掛けられた側近は少し慌てた様子で小太りの男の方をみる。


「…俺は何も知らん」


「…そ、そんな…」


その怪しい様子に部屋の空気が変わる。


「…何かあるのなら、正直に正確に話しなさい」


低く冷たい眼鏡の男性からの声に側近の男は震えて出す。


「…あ、あの、…」


俯いてしまった男の隣で小太りの男は我関せずで横を向いている。


「…じ、実は聖女、様への迎えの一行に…王子の手紙も持たせたのです…」


「…なんじゃ、それくらいなら問題なかろう。別に脅迫などの手紙でもあるまいし…」


「…そ、それが…迎えの一行には…聖女様に拒否権はなく、王子を受け入れるようにと通達を…勿論、最高の持てなしをするように伝えた上での事ですが」


しどろもどろに説明する男に部屋の視線は冷たい。


「いや、し、しかしですね、あの娘…聖女様は基本的にこちらの意見に反抗するような者でも無く、きっと問題なくこちらに向かうと思われますので…!」


「…まぁ、確かに大人しい娘じゃと報告書にはかかれていたがのぉ」


「ふん、あやつは拾ってもらったこの国に感謝しておるはずだ。そんな事は問題でもなんでもない」


「…まぁ、大丈夫ならば良いのですが、強い精霊様が憑いた以上、これまでのようなぞんざいな扱いはしないように気をつけて下さい」


小太りの男は面白くなさそうにしつつもそれ以上何か言うようなことはなかった。


「それよりものぉ…勇者様の御一行に聖女様を参加させる話じゃが…」


話は聖女と勇者の今後へと移り変わり、迎えに行った聖女の話題はここで終わった。



そう、彼等は知らなかったのだ。


歴代の聖女も及ばない祝福を受け、敬愛するべき者の為に強くなったエリスは既に前のエリスとは違うということを…。


そして、今までとは全く違うエリスに振り回され、神聖国の根幹を揺るがすような事態になるとは、この時は誰も予想する事が出来なかった。









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