第32話 【八神side】

「おい、お前お姫様の気持ち知ってんだろ…。

どうするつもりだよ」


その日、泊まった村長の屋敷の部屋にて斗真から声をかけられた。


「…どうするも何も、どうする気もないけど」


全く興味のない話題の為、適当に返す。



最近、よく考える様になった。


万が一、帰ることが出来なかった場合、今井さんをこちらに呼べば良いのではないかと思い付いてしまったのだ…。


既に結構な日数が過ぎてしまっている。

一応召喚された時へと帰る術は存在するようだが、それが実行出来るかどうかは怪しい…。


それよりも、今井さんをあの裏道からこちらへと召喚する方が確実なのではないだろうか。


…更に、こちらに来て困っている今井さんを手助けすれば仲も深まるし、頼れる存在が僕だけになる。


…その為にはまず今井さんを受け入れる為の土台が必要だ。右も左もわからない今井さんをスマートに助ける為にも権力と財力はあった方が良いだろう…。


もちろん、帰る方法はこのまま探す予定だし、準備も続けてはいくつもりだ。


ただ、帰れなかった時のことも考えて置くべきだ。


そして、どちらがより今井さんと確実に仲を深めることが出来るのか…それが一番の重要事項だ。


僕はどちらにも対応出来るよう、引き続きこちらの世界でもそれなりに上手く立ち回る様にしていこう。



「…いや、相手は一国の姫だぞ…このままじゃ結婚させられて帰れなくなるんじゃないのか…?」


今井さんとの今後について考えを巡らせる僕に、再びどうでも良い事を話しかけてくる斗真。僕は面倒なのを隠す事もなく返事をする。


「…僕は一言もお姫様と結婚したいなんて言ってないし…勇者をご希望なら斗真が結婚すれば良いんじゃないか…?」


「いやいや、それはムリだろ…。

…だいたい、お前のことを好きなような女は絶対に嫌だし、お断りだ…」


斗真は少し憮然とした顔で文句を言っている。


「…僕だってお姫様はお断りだよ」


…いや、お姫様だけではなく、今井さん以外は全てお断りだ。




僕達がお城を出発した後、魔物の被害が出ている村を通過した。

どうせ通り道だったし、腕試しの意味合いも込めて初めて魔物と対峙した。


魔物はそんなに強い個体ではなかった様で苦戦する事もなく倒す事は出来た。ただ、少し数が多かった。


そして、たまたまその中の1匹にお姫様が狙われ…なんとかギリギリで助けた。…だが、どうやらそれのせいでこの面倒な事態へと発展したようだ。


お姫様という地位の者を殺させる訳にもいかないという思いで助けただけなのに…身体を張って助けた事に何か特別な意味でも見出したのか、上から目線でのアピールが始まった…。


自分の事が好きなら好きと言っても良いのよ…的な態度が目立つようになった。


全くの検討違いであり望んでもいない態度に、これでは恩を仇で返されたような気分になる。


…面倒くさい上に鬱陶しい…見捨てれば良かった…。


しかし、一応は一国の姫という身分や旅の物資の関係でそこら辺に置いていく事も出来ない…。


村人達からは感謝され、お礼に聖剣が祀られているという洞窟へと案内された。


そこで勇者しか鞘から抜く事が出来ないという眉唾物な聖剣を渡されたのだが、どう見てもそれは“剣”ではなく、“刀”だった。


とても美しく、鋭い刃には光が宿り、柄には繊細な彫刻や装飾品が飾り付けられ、鍔は優雅な曲線を描き、柄頭には貴重な宝石が輝き、刀身は鏡のような光沢を持っていた。その美しさはまるで芸術品のようで確かに神秘的で美しくはある。


ただし、“刀”だ。


使いにくそうだな…というのが、僕の最初の正直な感想だった。


城では、両手で持つ一般的なロングソードで稽古をしていたし、旅立つ時に手に馴染んだ剣を貰っていたので正直使いにくそうな刀は今更必要ない…。


僕も斗真も鞘を抜く事が出来た為、村人達からその聖剣を僕達へと献上すると言われ断れる雰囲気では無かった。


ひとまず、部活では剣道をやっていた斗真へと渡そうとしたが真っ青な顔で断られた。


「こんなの使ったら、モロに感触が伝わってきてムリ…」


と、言うので…ここは仕方なく聖剣を笑顔で受け取り、いざという時の換金用として馬車にでも入れて置くことにした。


ちなみに、斗真は魔法で魔物を倒しているが、僕は特にこだわりもなく、臨機応変に対応している。


…こうして聖剣を手に入れた僕達は魔物や魔王の情報を集めつつ、今の所は小さな町や村を通過しながら次の目的地へと向かう旅を続けている。




「そうは言ってもさ…お姫様は自分が断られるなんて考えてもいなさそうだぜ」


…まだ、その話を続けるのか…。

僕は少しげんなりしながらも斗真に向き合う。


「…国はひとつじゃない。…この旅で力と金と権力を手に入れれば問題ないだろう」


そして、今井さんと住むのに相応しい国の候補も探し出す予定だ…


僕の発言に斗真はまたもや困ったような変な顔をしている。


「…はぁ。…お前が言うと本当に実現させそうで厄介なんだよな…。 

…だいたい、なんでそんな面倒な女ばっかり引っ掛かけるんだよ」


「…別に望んで引っ掛けてる訳じゃないし…」


僕だってそんな余計なのは求めてない…今井さんだけを求めているのに…


不満そうな僕の顔を見ながら斗真はため息を吐く。


「…まぁ、お前はそうだよな。

これで分かってやってたら、とっくに縁を切ってるし…」


「…」


「…次は、神聖国だっけ?…聖女とか…絶対またお前に夢中になるパターンじゃないか…」


旅ではその町や村の領主だったり、村長だったりの屋敷を訪ねる様に言われている。


そこで泊めてもらうついでに新しい情報を貰ったり、次の目的地を決めているのだが、どうやら国から神聖国にて聖女と合流する様にとの通達が来ているらしい。


正直、聖女との合流には僕も気が進まない…


「…行くの…止めても良いけど…?」


僕は別に行かなくても良いと思っているので、斗真に聞いてみる。


正直、この世界にてある程度の地位は欲しいと思っているが、宗教関係は厄介そうなので程々の距離を置いておきたい。


「…は?…そんな選択肢アリなのか?」


斗真が驚いた顔でこちらを見る。


「…向かいますって言いながら寄り道して、最終的に行く前に魔王を倒してしまえば良いんじゃないかな。

…途中、どうしても聖女が必要そうならその時に向かえば良いだけだし…」


斗真は驚きつつも考え込んでいる。


「…いや、でも普通、聖女の神聖魔法だったり、回復魔法がないと魔王討伐って厳しいんじゃ…?」


「この世界の聖女様って精霊から愛されてる女性に対する名称らしいよ。

…確かに敬われる立場ではあるみたいだけど旅の戦力としては必要どころかあんまり役に立たない…」


「…え、マジで…?」


斗真はマヌケな顔でこっちを見ている。


「僕も驚いたけど、聞いた話では聖女本人にたいした力は無いらしいよ。聖女を守る精霊からの恩恵があるから魔物や魔獣が近寄りにくくなったり、道に迷わなかったり、聖女の住む場所の実りが豊かになったりはするらしいけど…」


「…いや、魔物を倒すのが目的なのに避けられるなんて本末転倒だし、道は地図みればわかるだろ…。

…豊かな実りに関しては旅してたら関係なくね⁉︎」


…まぁ、そうだよね。


「…力の強い精霊がいたら恩恵の内容も変わるらしいけど、聞く限り今の聖女でそんな力の強い者は居なさそうだしね」


正直、町や村に住んでいたらとてもありがたい存在かもしれないが、魔王討伐では戦えない分、足を引っ張る予感しかしない…。


「…だから、いくら聖女様といっても、旅慣れない女の子を連れて行くのは僕も気が進まないんだ…」


「あー…確かに、お姫様1人でも水浴びだの新しい服だの寝る場所だのうるさいもんな…」


男2人なら気楽に済ませられる所をお姫様が居る事によって要らぬ苦労が増える。


旅路にも口を出されるし、こうして村や町でも挨拶だのなんだの言われるのも正直疲れる。


ただ、お姫様という立場と食料や旅費を負担して貰っている手前、強くも言えない。


「…この世界、冒険者ギルドってのがあるらしいんだけど…」


「え…なんだよその男心をくすぐる情報…」


僕の話に食いつく斗真。スプラッタ系は苦手だがファンタジー系が大好きな事は知っている。


「次、少し大きな町で冒険者登録すれば金銭的にも困らなくなりそうだよね」


少し元気になった斗真は僕の提案に頷く。

 

「そうだな……そうなれば、わざわざ屋敷に泊めて貰わなくても宿にだって気にせず泊まれるようになるしな」


「少し、冒険者のランクを上げておくのも良いかもね」


僕がニコニコと更なる提案するのを聞いて、それまで乗り気で、嬉しそうだった斗真は…急に訝しむ。


「…お前…あれだけ早く帰りたがってたのに、どういう風の吹きまわしだ…?」


「…いや、権力に振り回されない為にも、魔王討伐以外の実績も作るべきかなって思ってね」


今井さんを受け入れるにあたって、なるべくしっかりとした土台を作っておきたい…それだけなのだが。


「…」  

  

長い付き合いなだけあって怪しむようにこちらを見るが、考えても分からなかったのか斗真は大きなため息を吐きだす。


「まぁ、悪い提案じゃないし、良いか。

…んじゃ、次の町では冒険者登録しようぜ」



こうして、…僕は自分から今井さんを遠ざける決断をしてしまっている事に気がつく事も無く、神聖国へ行くことを辞めてしまった。





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