第28話 聖女との遭遇

『主様、この道を真っ直ぐ進むとそこの先からこの町の聖女が歩いて来ます』


ギルドにて護衛兼監視が外され、久しぶりに町の商店街の方へと向かっている途中だった。


『1人でこちらに向かって歩いています』


ベルにそう言われて少し驚く。


今まで聖女様が町のこちら側に来る事が無かったというのもあるが、この薬草畑問題で1番の重要人物指定されていそうな存在がたった1人で出歩いている事に驚いた。


聖女様側の事情はよくわからないが、状況によってはギルドに報告した方が良いのだろうか…?


ひとまずベルには少し離れて貰い、普通にすれ違って様子を伺ってみようと思った。


正面にミルクティー色の髪色の女の子が見えた。

何やら下を向いて暗い表情をしている…。


これは、大丈夫なのかな…?


少し心配に思っていると女の子がふと顔を上げた。


何やら私のことを見て、綺麗なブラウンの瞳を真ん丸にしている。


あれ、私の周りに精霊達とかって居ないよね…?


余りにこちらを見てくるので不思議に思って思わず首を傾げる。


首を傾げた瞬間にハッと気が付いたかと思ったら、彼女は猛ダッシュでこちらに寄って来た。


「…は…?」


今度は私が思わず目を真ん丸にしてしまう。


ズサザザッという音でも聞こえてきそうな勢いで私の前へと跪く。


え、なに、なんでこの子土下座してるの⁉︎


聖女様は勢いよく私の足元で綺麗な土下座を披露している。

…それも、おでこを地面に擦り付ける勢い…いや、既に地面におでこを擦り付けている…。


「…え?…え、は、何を?」


私は思わず混乱し、何を言えば良いのかも思いつかず、あたふたとしている所に聖女様が声を張り上げた。


「…あ、貴方様のような尊い方に、このような身分の私などがお目にかかれて、恐れ多くも光栄に存じます」


聖女様が、なんか訳のわからないことを言い出した。


これは…もう、精霊が居るとか居ないとか関係ない事態なのでは⁉︎


こんな、人通りもある場所で聖女様に土下座をさせるなんて…いや、たとえ相手が聖女様じゃなくても大問題だ。


頭を上げて貰いたくてオロオロした私は目についた空の光へと助けを求めた。


「…べ、ベルっ…」


『どうしました…主様…?』


ベルは聖女様と私の様子を見て何やら頷いている。


『主様の素晴らしさに跪くとは、なかなか見る目のある聖女ですね』


いや、違う。そうじゃない。


「あの、頭を上げて下さい!」


ベルは役に立たないので聖女様の前へとしゃがみ込み、頭を上げるように説得する。


しかし、聖女様は頑なに頭を地面にくっつけ続ける…。


…仕方ないので私は物理的に頭を上げさせる事にした。


「…そ、そんな、恐れ多いことは…!…っ!…あれっ⁉︎」


普通に考えればいくら聖女さまが華奢な少女でも、同じく華奢な私に力技なんて無理だと思うだろう。

…しかし、私は全力で力を行使していた。


聖女様は聖女様の意思とは反対に頭を上げて立たされる。


半泣きで戸惑い気味の聖女様は哀れにも見えるが、私だって負けていない…。


人々の視線も痛いので聖女様の肩を支えつつ人気のない場所へと移動する。


「ひとまず、話のできる所に移動しましょう…」


私のその言葉に首をコクコクと縦に振る聖女様。


周りで何事かと見ていた人々も、なんだ若い女の子同士のケンカか…的な雰囲気で動き出す。


そんな周りの雰囲気を感じとり、少しホッとする私。


ベルは既に呼ばれたので近くにいても問題ないと思ったのか、いつものようにフワフワと横を飛んでいる。


それに安心したのか、聖女様と一緒にいた光達も一緒に飛び始める。


無理矢理動かしている聖女様は混乱しつつも、これが私の意思であるとわかると素直に体を委ねた。


何故こうなったのかイマイチ理解出来ないまま、とりあえず宿の私の部屋へと向かうことにした。




「なるほど…また連れ戻されてよくわからない思惑に巻き込まれるのが嫌なんですか…」


「そうなんです!!一度は自分達が追い出したのに、また戻れなんて言われても困るんです!!そもそも私の力じゃないですし!」


宿にて数十分後、聖女様の緊張は解け今まで誰にも言えなかったであろう思いの丈をぶつけられている。


「…だいたい、都合が良すぎるんです!!」


聖女様のフラストレーションは溜まりに溜まっていたようでテンション高く話続ける。


「婚約だって私から望んだ事なんて無いのに…!なんで私の片思いみたいな形になっているんですか…!!今も昔も1ミリも興味なんてないのに!」


どうも、彼女は不本意な婚約者が存在した様だが、追放劇と共に婚約破棄をされたらしい…。


「そもそも、貴族だ王族だっていう割にくだらない事をネチネチネチネチと…!!」


おかしいな…出したのはお茶な筈なんだけど…。


間違えてお酒とか出してないよね…?


「別に言ってくれたら即婚約破棄したのに、なのに追放までしておいてなんで自分の事をいまだに好きだと勘違いし続けられるんですか…アホなんですか…⁉︎」


ひとつ言い出したらもう一つ…と、今までに溜まっていたものが溢れ出したかの様に、話の勢いは更に増している。


「教会なんて特に最悪です!!寄付金の金額で対応に差をつけて、なんで精霊様達は怒らないの⁉︎」


彼女の事情から始まり、教会の裏事情等を切々と語られる。


あー…これは聞いてても大丈夫なのかな…。


「この町の教会なんて良い人ばかりなのに、そんな人達には苦労ばかり…!…良い子達なのに…親が居なくて苦労してるのに…もっと、お金とか…援助とか…」


ひと通り、聖女様の事情と教会の問題を話しきり、勢いが落ちてきたかと思ったら、どうやら今度は泣きそうになっている…。


「…貴重な…薬草畑が出来たのなら…何故あの子達の生活は変わら、ないの…うっ、私の居場所がやっと見つかったと思ったのに…ひっく…」


遂に泣き出した…。


話を聞いていると、確かに彼女の気持ちも理解出来る。


理不尽な事ばかりの現実に全てを諦めてやっとこの町で落ち着き、本当の幸せを見つけたと思っていた所に今回の騒ぎ…。


薬草畑の出現により、聖女としての力が改めて認められ、追い出した神聖国への帰還要請が来るなんて…


なんというか…




…本当に申し訳ないです。


まさか…まさか私の起こした事象によって被害を受けた人が居て、更にその本人が目の前で泣いているなんて…そんな事を考えてもいなかった私の胸は罪悪感でズキズキと痛む…。


「あー…。…なんか、すみませんでした…」


「と、とんでもないです!尊き方は何も悪くありませんっ!!」


私の謝罪を全力で否定するが、今回の件は間違いなく私が原因だ。


…なんだか、余計に申し訳ない気持ちになる。


「…あの、私に何か出来ること…とかって、無いですか?」


「と、とんでもないですっ!!尊き方に何かをお願いするなんて…まさか、無理です!」


私の償いも聖女様は全力で遠慮するが、それではちょっとこちらも気が済まない…。


うーん…と、悩んでいた所、ベルからある提案をされた。


『主様さえ良いのなら、それは素晴らしくも名誉な事で間違いありません』


ベルがそう言うので一応、聖女本人にも確認してみた所、大興奮の末に恐縮しつつも大喜びだったのでベルの提案を受け入れる事にした。


聖女の情緒が不安定過ぎる…


「…じゃあ、私の祝福を与えるね」


何が良いのかはさっぱりわからないが、ベルの提案と聖女様のご希望により、私からの祝福を与える事で今回のお詫びということになった。




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