第19話 【八神side】
夜が深まり、お城の中にも夜特有の静寂が広がる中、僕は一人の部屋に立っていた。部屋の明かりは暗く、窓からは星が静かに輝いている。
待ってて今井さん。
机の上には この世界の地図と魔術関連の古い書物が広がり、それに視線を向けつつ頭の中では今井さんへの気持ちと旅立ちへの準備を整えていた。
万端とは言えないが準備は整った。
部屋の外からは、城の兵士たちの話し声が聞こえる。
彼らは勇者を見送るために集まり、何も知らずに信頼と希望を胸に抱いて自分達の為に旅立つ勇者に感謝の気持ちを捧げているのだろう。
そんな彼らに憐憫に似た気持ちを持ちつつ、この国の王との謁見の場を思い出す。
王様は重厚な玉座に座り、数段下に座す僕と斗真に向かって慈愛の眼差しを向けていた。胡散臭い事この上ない表情だった。
そして、荘厳でありながら優しさに満ちているように聞こえる声で話し始めた。
「勇者よ、君達はこの王国の希望であり、その使命を果たすために旅立ってくれると信じている。知識と勇気を胸に、この世界の課題に立ち向かってほしい。
…冒険は試練に満ち、困難にも直面するだろう。しかし、その中には真の成長と栄光が待ち受けている。希望と勇気を持って進み、この王国の誇りとなってほしい。」
王様の言葉は重みを持ち、きっと勇者の心に深く響いているはずだ…まるで、そう言われているような謁見の雰囲気に吐き気がした。
何故無関係な国のために信念を持って立ち向かうと思ったのか…真の成長と栄光とか希望と勇気とか上から目線で言われるただ綺麗なだけの言葉が心に響く筈がない。
ここは、国の代表として頭を下げてこの国の為に頼むとお願いするべきなのでは無いだろうか…
穏やかそうな割に瞳の奥に感情のない王様の顔を見て、なんとなく王様自身が考えた言葉ではなく別の誰かが考えた言葉なのだろうと感じた。
王の言葉は有り難いもので、言われた言葉には従って当然であり声を掛けてもらえるだけで感謝しろという気持ちが出ている言葉選びだと思う。
このセリフを考えた誰かも、それをそのまま口にする王様も、なんだか思っていたよりもこの国の程度の低さが見えてため息が溢れそうになる。
もちろん、そんな気持ちを顔には出す事なく神妙な態度で頭を下げる。
僕の心の内など気が付いてない王様はそれを了承と受け取ったのか、優しい微笑を表面に浮かべながら褒美についても語り出す。
「勇者よ、君達の勇気に感謝する。君達の旅立ちはこの王国の運命を変えるだろう。
その感謝の気持ちを込めて、我が王国の恩恵を受ける資格を与える。君の成功は我が王国の栄光であり、その成功には褒美が必要不可欠だ。
敵を打ち破り、困難を乗り越え、我が王国の名誉を守るという重大な使命に成功すれば、君には最高の褒美を約束する。
名誉、富、…そして永遠の尊敬を与える。
君の冒険の果てには、君の希望する褒美が待っていることを心に留めておくように。」
永遠の尊敬という言葉の部分でチラリとお姫様の方を見ていたのは、つまりこのお姫様も褒賞扱いだという事なのだろう…。
褒美の中で1番いらないモノだな…
これが今井さんだったらなりふり構わず、すぐに魔王を討伐してくるのに…
王様の言葉に対してお姫様も重臣たちも何も言わない。きっと、これがこの国の当たり前の光景なのだろう。
そういう風に育ったので当たり前なのだろうが、この国の者達は王様の存在や言葉を絶対だと思い込んでいる。
王が間違う事等ある筈がなく、王の命令に疑問など差し込む余地はないと思っている空気感だが、それはこの国の者ではない僕達からしたら胡散臭い上に不安要素でしかない…。
前もって挨拶を交わしたお姫様には少しだけ期待していた。しかし、所詮は可愛いだけのお姫様だった。
多少賢しい所はあるが、王に対して何かを意見するどころか下された命の中でしか何かを成しえないタイプだ。この王国にとっては理想的なお姫様だろう。
…しかし、理想のお姫様にはなれても国の頂点に立つのには向いていない。
出来る事ならお姫様との交渉によってこの国の情報と共に僕たちの権限を増やしたかったが、このお姫様はそもそも与えられた権限を増やすのではなく、権限を上手く活用する事しか考えていなかった…。
初めから交渉に値しない人選だったのだ。
こういう人種とは無駄に討論したところで理解される事は基本的にない。
賢いと思い込んでいる分、柔軟性が弱いのだ。
それならば勝手に権限内で良い環境作りでもしてくれてたらいい。
理解をして貰う為の話し合い等わざわざする気もない。
労力に対してのリターンが少な過ぎる。
もう少し使える存在かと思っていた分ガッカリだが、とりあえずは扱いやすい駒として適当に付き合い、最大限の情報とそれなりの権限を得てから次の事を考えよう。
魔王などどうでも良い。しかし、必要なら倒す。
一応、“希望する褒賞を”という言質は取れた
あとは物理的な力とこの世界の情報を得て、それに合わせて最短の帰り道を探すだけだ。
その方法がこの国にあるのか、そして出来る力があるかどうかも調べておきたい。
この国の為に無駄なタダ働きはするつもりはない。
あぁ、今井さん。
今頃何をしてるのかな…。
出来る事なら今井さんがあの裏道に戻ってくる前に戻りたかった。
既に大分時間は過ぎているが…元の時間の元の場所へと戻れる可能性はゼロでは無いはずだ。
それならば、その可能性にも賭けて情報を探す範囲を広げよう。
謁見の場にて王様に合わせて爽やかな笑顔を顔に貼り付けながら、僕はそんな事を考えていた。
王は謁見後から訓練の為の兵士や高名な魔術師等を揃えてくれた。書物も古い物から新しい物まで取り寄せてくれた。おかげで最短でそれなりの力と知識を付けることが出来たと思う。
ただ、各国の歴史や関係等の国絡みの事はどこまでが本当の事でどこまでを信用して良いのかはわからない。
とりあえず、旅立つにあたり、必要そうな事は最低限準備出来た筈だ。
部屋にて最後の荷造りを終え、部屋を後にする。部屋の外へと出て行くと訓練中に顔見知りになった兵士たちから声が掛けられた。
本来なら大々的に旅立つ所を僕たちたっての希望でひっそりと出発する事になった為、わざわざ会いに来たようだ。
せめて激励の言葉を伝えようと何人かが代表で部屋の外に待っていた。
王様を見習って害のなさそうな笑顔で手を振ればみんな期待と信頼に満ちた瞳を向けてくる。
そのまま別れの挨拶を交わして庭に出ると、月の光が庭園を明るく照らしていた。
月に照らされた僕の目には、きっと今井さんのいる元の世界への渇望が浮かんでいるだろう。
お城の門が開くと、斗真が既に待っている。
何故か横にはお姫様も旅の装いで一緒にいた。
国からの監視なのか、ハニートラップ的なのかはわからないが、邪魔だけはしてほしく無いとぼんやり思う。
立派な馬車と御者が用意され、それなりの荷物も既に乗せられている。
さぁ、いよいよ新たな冒険への旅立ちだ。
きっとこの冒険の先には今井さんの笑顔が待っている。
…そう信じて、全く望んで無い冒険の為に一歩を踏み出した。
一刻も早く元の世界に帰る為に、一刻も早く今井さんに会う為に自分の出来る限りの事をしよう。
そんなある意味決意の籠った顔をした僕を、斗真とお姫様がそれぞれ違った複雑な表情で見ている事には、気が付かなかった。
そして、僕たちの旅は始まった。
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