第20話 …レオン・ブライド?…ダレ?

ほぼ毎日ギルドに通っている。

アンナさん達とのやり取りにも慣れ、安定した収入に金銭的な安心感も感じるようになった。


穏やかで明るいがそこまで大きな町ではない為、町にも大分慣れてきたと思う。


美味しいパン屋さんに続いて素敵な雑貨屋さんや魔道具を扱うお店も発見した。


町の北の方には教会がある為、なんとなくそっち方面には行っていないが、その内行くつもりだ。


毎日通っている内にギルドにも大分慣れて、出入りに緊張を感じなくなった。


そんな時に少しだけ油断してしまった。


「おい、お前。最近入った新人だろ」


…。


受付にて納品が終わりいつものようにギルドを出ようと受付から少し離れた所で前を遮られた。


目の前には以前から嫌な雰囲気を感じていた男と相変わらず敵意を向けてくる女性が2人。


いつも、なるべく距離が縮まないように上手く避けていたのに、今日は納品している間に距離を詰められていたようだ。


女の人の1人は男の肩に軽く手を乗せて、もう1人は反対側で男の肘辺りを掴んでいる。


此方を見下すように見ている様子の男に対して女達は此方から男を守るように牽制した様子で男に体を寄せている。


男は嫌な感じだし、女達は敵意がすごい…。

こんなの面倒な予感しかしない。


少し後ろに下がり周りを伺ってみるがアンナさんの受付には既に次の人がいて此方を心配そうに見ながらも次の人の相手をしている。


更に丁度人が増え始める時間帯の為、皆自分の事に忙しいようで少し端寄りのこちらに注意を向ける者も居なさそうだ。


「おい、お前だよ。返事くらいしろよ」


私がすぐに返事をしなかった為か男の声が少し不機嫌そうなモノへと変わる。


嫌なタイミングで声を掛けてきたな…


「…。…なんですか?」


私の返事に男の肩に手を乗せた女がチッと舌打ちをして話始める。


「あんた、冒険者ギルドに登録したばかりの新人なんでしょ?…親切にも声をかけてやったっていうのにその態度はなに?」


「そうよ。返事もせずに太々しい態度で…」


片方の女が話し出すと反対側の女も便乗してこちらを攻め出す…


いきなりそんな事言われても…

これは、ほぼ言いがかり…なのでは…?


そもそも見知らぬ人に急に絡まれてニコニコしながら返事してたらおかしいと思うけど…


なんだかよくわからない理論でこちらを攻める女の後ろからは男の人がドヤ顔でこちらを見ている。


「…まぁまぁ、お前らちょっと待て。きっとこのお嬢ちゃんは俺の事をまだ知らないんじゃないか?」


「…えぇ、まさかそんな事あるぅ?」


男に対しては話し方も声のトーンも変わるようだが、それを男の目の前でするのはアリなのか…?


女がすると不快な行動の見本のようで、ついつい観察していると、女はキッとこちらを見てまた低めの声で話し始める。


「この方はね、もうすぐBランク間近だと言われてる期待の星、レオン・ブライド様よ!!」


「そう、そして私達はそのレオン様率いるパーティーメンバーなの!」


渾身のドヤ顔でこちらを見る女性2人。


…いや、ダレ?


…要するに、まだ何の成果も上げてない、Cランクの冒険者って事だよね…。


別に聞いてもいないのに教えてくれた割に、ドヤ顔で言われた内容の凄さが全く理解出来ない…


え、普通は驚いて平伏でもするような事なのかな…?


「…」


私の反応がイマイチだった事が更に怒りに火を付けたのか険しい視線を此方へと向ける。


「チッ、田舎モンは、無知過ぎるな」


男の吐き捨てるような言葉に再び女達がヒートアップする。


「せっかく右も左もわからなそうなお嬢ちゃんにわざわざレオン様が声をかけてやったのに…」


「まったくよ!…ちまちまと薬草しか採れないような小娘のくせにさ…!」


女性2人は初めてギルドに来た時から敵意を感じていたし、登録してから結構な時間が過ぎているが…そんな相手に今さらなんなんだろう…?


…いったい何が目的でわざわざ声を掛けて来たのかな…。


私が不思議に思っていると、女達の私に向ける敵意に全く頓着せず男が再び話し出す。


「まぁ、つまりは…そんな田舎者で無知な何も出来ないお嬢ちゃんを親切にも俺が面倒を見てやっても良いって話なんだが…」


そう言って上から下までじっくりと見られたのだが、何故か鳥肌がすごい。


この世界にやってきて1番の不快感を味わった。


これは、あれかな。


ファンタジーの序盤あるあるなモブに絡まれる的な奴かな。

大した理由もなく絡まれてる系的な…?


読んでる時は何も思わなかったけど実際に訳のわからない事で絡まれると想像以上に嫌な気分になる…


「…あの、間に合ってますので結構です」


セールス相手によく使われる定番の断り文句を言いつつ去ろうとするが、しかし当然行かせてはくれる筈はない。


行こうとする方向の前へと回り込まれ、前へ進む事が出来ない。


私の反応の薄さに苛立ったのか女の声は徐々に大きくなっている。


「あんた!せっかくの誘いを!…こっちが優しくしてれば調子に乗りやがって…!」


「私たちはコレでもそれなりに名前の通ったパーティーなんだよ!…ナメてるんならどうなるかわかってんのかい…!」


女達は両側に周り私に顔を近づけて脅す様な声を出す。


私は唾を飛ばされるのも嫌なので下を向いてやり過ごそうとする。


「…まぁまぁ、待て。このお嬢ちゃんはこれがどれ程の幸運かよく分かってないんだろう。

お嬢ちゃん、素直になりな。今は薬草しか採れないんだろ。パーティーに入れば討伐にだって連れて行ってやるぜ」


男はそう言うと此方に向かってニヤリと笑う。

しかし、女達はそれが気に入らないのか、こちらにだけ聞こえる様に舌打ちをしながら相変わらず敵意の籠った視線を向けてくる。


どうしよう…何故か暴言を吐く女の人よりも胡散臭い声で話す男の人の方が何倍も不快だ…。


男は更に得意になって自分の武勇伝を話し、女達が相の手を入れつつ此方を攻めるという嫌な口撃をしてくる。


女達もキンキン声でうるさいが、男は男で私が断っている事が理解出来ないのか自慢っぽい説得っぽい何かを話し続ける。


帰りたい…。


正直、コイツらをぶっ飛ばすのは簡単そうだ。

なんか弱そうだし、強引に通れば軽く吹っ飛んでいくと思う。


なんならスパッと簡単に切ることも出来る。(やらないけど)


穴に落として蓋をすればマルっと証拠ごと隠滅出来そうだ…。


…でも、ここってギルド内なんだよね…。


そっと周りを伺うと近くに居た人達は揉め事の気配を感じてチラホラとだがこちらを気にする人が出てきた。


アンナさんもずっと心配そうにチラチラとこちらを気にしながら受付の対応をしている。


出来れば穏便に済ませたい。


『ヌシ様、どうしたんですか?

コイツらが不快ならプチっと潰せば良いのに。


…代わりにやりましょうか?』


フワフワとギルドの中を飛び回っていたベルが私が男達に絡まれて不快そうにしている事に気付いて飛んでくる。


そして、心からの親切心で申し出てくれた。


いや、ベルさん大丈夫です。


ベルに任せたら酷い大惨事になる予感しかない。


ひとまずベルは待てでお願いします。



…それにしても、どうしようかな。


「…ちょっと!…返事ぐらいしなさいよ!

ホラ、口付いてるんでしょ?」


俯きながら考え込んでいる私を覗き込みながら女の1人が肩へと手を乗せる。


「ほらほら!ビビってんの?…なんとか言いなよ!」


反対側にはもう1人の女が肩に手を乗せ、男も嫌な笑顔で顔を寄せてくる。


「お嬢ちゃん、こんな幸運はないんだぜ…素直になりな」


「…」



…ムカつくし…キモいし…耳元でキンキンと怒鳴られると…


せっかく穏便に済ませようとしていた気持ちが薄くなっていく。


「ねぇ、いい加減なんとか言いなよ!」


「ほら、俺が優しく言ってる内に返事しろよ!」


3人に囲まれて詰め寄られる。


男の口調も徐々に荒れてきた。


…なんか…だんだん私が耐えている意味がわからなくてなってきたな。


あれ、なんで私こんな事耐えてるんだろう…


普段ならここまで好戦的な気持ちにはならないのに、懐かしい世界へと来て慣れない絡まれ方をされて、そもそも我慢する意味がわからなくなってきた…


いつもなら宿で美味しいご飯を食べている時間だ。

…なのに、今の私は行く方向を塞がれ先にも進めず終わりのない怒鳴り声を聞き続けて…それによってフラストレーションが普段よりも倍の速度でどんどんと溜まっていく。


「ほらほら、ちょっと聞こえてんの?」


イライラ


「ププ、この子、泣くんじゃない?」


イライラ


「オラ、俺が優しくしてる内に返事しろよ!」


イライライライラ……



…よし。


…消そうかな。


一瞬でやれば気づかれないかも…


周りから見えなくしちゃえば何があったかなんてわからないし。


最悪別の町に行っても良いしな。



…もう、いっか。









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