第18話 初めての納品
「これ、お願いします」
ギルドの受付で採取した薬草の入った袋をカウンターへと乗せる。
「まぁ、ミサトちゃん!
おかえりなさい。初めての採取依頼お疲れさま」
夕方のギルドは昨日の夜程ではないが、少し混み始めていた。
受付の人は何人かいたけれどカウンターの奥で書類を整理していたアンナさんが私を見つけると嬉しそうに微笑みながら出てきてくれた。
ひとまず、元々持っていた普通の袋に入った分だけをカウンターへと出す。
少し大きめの袋の中には、青々とした薬草がぎっしり詰まっている。
中には採取対象の薬草がしっかり揃ってる筈だ。確認して入れたので傷んでいるものや質の悪そうな物もない。
「まぁ、すごいわね。こんなに沢山大変だったでしょう…」
アンナさんからの優しい視線と労いの言葉に少し気まずい気持ちになる。
さすがに森に入って15分で終わったとは言えない…。
「…いぇ、思ったよりも沢山生えてたので…」
私のぎこちない返事にアンナさんの視線がますます優しくなる。
「これは朝の早い時間から頑張ったからこその成果よ。摘み取りも丁寧だし、品質も良いわ」
それは…ベルや光達の功績であって、私が実際に積んだのはほんの一握りだけなのだ…。
アンナさんは私が恥ずかしがっていると思ったのか更に褒めつつ精算をしてくれた。
状態が良いということで少し加算され1日分の宿代と食事代が払える程の金額を貰えた。
まだ、手元に現金は残っているので今回の分はカードへと入金して貰う。
大金ではないが、この世界で初めて自分で稼いだお金に気持ちが上がる。
「ありがとうございました」
アンナさんにお礼を言うとアンナさんはニコニコと笑顔をみせる。そして、ギルド内にいたほかのギルド員たちも、私たちのやり取りを見ていたのか微笑ましそうな視線を向けられた。
少し気恥ずかしくなって受付をそそくさと後にする。
自分ご褒美に美味しい物でも買ってベル達と食べようかな…。
受付を離れてぐるりとギルドを見渡すと、今日も既にジョッキ片手に食事をしている人達がいた。
本当はギルドでの飲食にも憧れるが、まだそこまで慣れていないのでここで食べる勇気は無い。
いつか、ギルドの食事を違和感なく食べられるようになりたいと小さな野望を心に燃やしながら食堂を横目に通り過ぎる。
とはいえ、宿のご飯も美味しいし不満も無いので今日は大人しくこのまま宿へと帰ろう。
たしか、帰り道にお洒落なパン屋さんがあったのでそこで初任務完了のお祝いに甘いパンでも買って帰ろうかな。
甘いパンは食後のデザートとするべきか思いきって食事として思いきり沢山食べるか悩んでしまう…
美味しい甘いパンに想いを馳せているとギルドの端の方から嫌な視線を感じた。
さっきギルドを見渡した時、端の方に昨日目が合った男と女達のグループが居たのでその人達だと思う。
別に脅威はないが嫌な感じだ。なるべくそちらには目を向けずギルド内を人混みに紛れて向こうからの視線を遮る。
トラブルの元には近づかないのが1番だ。
ちょうど混み始めたギルド内で人の動きに合わせて見えないように視線を遮りながらギルドの外へと出る。
無事に外に出れたので、その日は甘いパンを買って帰り、夕飯の後の夜食として部屋で食べる事にした。
なんとベル達は人間の食事を見た事はあっても食べた事が無かったらしい。
初めての甘いパンのその美味しい甘さにクルクルピカピカと衝撃と喜びで部屋中を飛び回っていた。
そんな様子を見ていると日本のスイーツをあげた日にはどんな反応をするのかと想像して思わず笑いが溢れる。
もし無事に日本への道が出来たらお小遣いの範囲内でケーキを買ってあげても良いなと思う。
その日からしばらく、早めの時間にギルドに行っては掲示板をチェックして薬草を摘みに行ったり、資料室でこの世界での価値感や常識を調べる日々を繰り返した。
ベル達には前もってお手伝いは不要と伝えたので、必要以上に薬草を採る事は初日以降はない。
採りすぎないように1人で薬草を摘んでいるが、それでもやっぱり早めに摘み終わるので川を越えた向こう側へと遊びに行く事もしばしばある。
メルヘンな子達に貰った物も資料室で調べた。
なんと驚きの稀少品ばかりだったので、お礼に屋台のお肉やオヤツを持って行ったりもしている。
どの子も嬉しそうに受け取って更なる貢ぎ物を持ってこようとするので断るのが大変だ。
…それにしても、資料室にある魔獣の資料には結構間違った事も書かれていたので気を付けないといけないな。
メルヘンな大人しいあの子達が第一級危険魔獣に指定されているのを見つけた時には驚いた。
あんなに大人しい良い子ばかりなのに凶暴で理性のない災害級の魔獣として登録されていたのには驚きを通り越して、つい笑ってしまった。
私が川の向こうに行った事は話せないので訂正する事は出来ないが、そこまで恐れられていたら逆に可笑しな輩に狙われる事もなく平和に過ごせて良いのかもしれない。
その資料を見つけてからは資料の情報は参考程度にして、そのまま鵜呑みにするのは止めようと思った。
毎朝少し早めの時間にギルドに行って、夕方のギルドが混み始める少し前に帰るというルーティンをこなしている内に少しだけ顔見知りも出来た。
アンナさん以外の受付の人達だ。
知り合いというほどではなく、本当に顔見知り程度だが、目が合うとニコリとしてくれるようになった。
アンナさんが居ない時に担当して貰った時も好意的に接してくれた。
ひょっとしたらアンナさんから何か言い含められているのかもしれないが、優しい対応で安心感があった。
優しい気遣いが嬉しくてこちらも自然に笑顔になる。
一度担当してくれた人は、次の日からアンナさんみたいに笑顔で手を振ってくれるようになり私もペコリと頭を下げて挨拶するようになった。
すると、だんだん他の話した事のない受付の人達も同じように笑顔で手を振ってくれるようになったのだ。
あまり会う事はないが、偶に見かけるギルド長も手を振ってくれる。
嬉しいけれど子供のような扱いが少し恥ずかしい気持ちになりアンナさんにその話をしたところ、冒険者の人達はやはり粗野で気性の荒い人が多い上にルールを守るのが苦手な人種が多い為、私のようなタイプは珍しくて可愛いのだと笑いながら教えてくれた。
日々、薬草採取をこなして過ごすとお金もそれなりに貯まるのでそれで必要そうな物を順番に買い揃えていく。
最初にギルド長から教えてもらった武器や防具等も少しずつ揃えているが、正直あっても無くても変わらないので旅用のマント以外は軽さと動きやすさ重視で選んでいる。
荷物も収納空間に入れる事が出来るのでカモフラージュ用の鞄を用意して、後は旅に必要そうな物をそれっぽく揃えていく予定だ。
マジックバック的な物は存在はするようだが高額な為、普通に一般人が持てる物ではなかった。
しかし、沢山の収納物を隠し続けるのも不便なので、いつか纏まったお金が手に入ったら入手するのもアリだと思っている。
もう少し、一般常識を身につけてからまた考えてみよう…。
薬草採取が早く終わって川の向こうに行った時に自分に出来る事も色々と試してみた。
火も風も水も雷も氷も全部なんとなく使える。
メルヘンな子達が特技を見せてくれたので私も真似をしようとしたけれど、何故かみんなに止められた。
…どうやら森の形が変わりそうなので雰囲気だけ掴んで実践は控えて欲しいとベルに言われた。
正直、何が出来て何が出来ないのかは自分でもイマイチわかってないけれど、今のところ知識と常識の無さが1番の問題だと思う。
でも、知識と常識の無いことに自覚はあるのでそこさえ慎重に気を付ければ大丈夫だと思う。
それに、たとえ失敗しても命の危険が無いならそこまでの大きな問題では無いはずだ。
…こうして、新しい冒険者生活に夢中の私は、一緒に召喚されたクラスメート達の事を綺麗さっぱり忘れていた。
…思い出すのはもう少し後の話。
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