都合の良い不思議キャラで終わらせるのはどうにも味気ない。いっそ魔法使いを主軸としたオムニバス形式でまとめると面白いかもしれない。


 本棚と向かい合いながら、これぞと思う本を手に取っては壁際に置かれた椅子に腰掛け、パラパラとページをめくった。


 魔女や魔法使いについて書かれた文献に目を通し、次第にまぶたが重くなってくる。


 だめだめ、ここで寝ちゃ……!


 一度眼鏡をずらして目を擦り、活字を一生懸命に読み込むのだが。やはり睡魔には勝てず、気づいたときには本を膝の上で広げたままウトウトと船を漕いでいた。


 意識が気持ちのいいまどろみに包まれ始めたとき。不意に視界の端が光り、パチンと音が鳴った。


 まるでフラッシュを焚かれたみたいな閃光を感じて、体がビクンと跳ね上がる。膝で開いたままの本が足元に落下した。


 なに、今の。どこかで光った?


 本を拾って立ち上がり、瞬時に窓を見つめた。天気は朝と変わりなく、穏やかな夕焼け空だ。どうやら雷ではなかったらしい。


 天井に設置された細長い蛍光灯を見上げてみるも、電気の寿命でチカチカと明滅した様子もない。


 それじゃあいったい何が……?


 不思議に思いながらも隣りの本棚に目を向けた。図書室の本棚は背面のないオープンラックのそれであるため、本と本の隙間から光が漏れ出たのかもしれない。


 私は足を進め、隣りの本棚へ移動した。本が一冊床に落ちていて、ちょうど真ん中あたりのページが広げて置いてあった。122ページ目だ。


「……もしかして」


 私はサッと歩み寄り、その本を手に取ってみた。分厚い、いかにもファンタジーです、と言いたげな内容が書いてある小説だ。


 もしかして、この中に誰かが吸い込まれたんじゃ?


「さっきの光はその現象で?」


 だとしたらこれは異世界転移、かもしれない。昔の漫画にもそういうエピソードがあったはずだ。


 ハッと息を呑んだとき、「あん子先輩?」と背後から名前を呼ばれた。振り返って見ると、安堵したような表情で頭を触る真柴くんが立っていた。


「あん子先輩。今そこで気絶してませんでしたか?」

「……え?」


 気絶、と聞いて首を傾げる。もしかして、うたた寝をしていたことを言っているのだろうか。


「ううん、ちょっと眠くてうとうとしてただけ」

「え、あー……そうなんスか」


 校内で陽キャの彼に話しかけられたことから、私は周りを警戒した。室内には私と彼と図書係の女子生徒だけだ。


 私は意を決して、先ほど起こった現象を彼にも話すことにした。


「それよりも大変なの! さっき部屋のどこかが光ってね、この本が広げてここに置いてあったの!」


 真柴くんは、うん? と反応し、首を捻った。


「これは異世界転移、かもしれない」

「いせ、かい……?」

「本が光って直前まで読んでいた人を吸い込んだのよ、きっと。そうに違いないわ」

「あ、いや、この本は……」

「ちょうどファンタジーな物語について書いてあるし。私、今日はこれを借りて帰る。部屋で122ページ目を開いて待つの。どういう経緯を経たら光るのか……。検証しなきゃ」

「え、ちょっとあん子先輩っ」


 待ってください、と言って腕を掴まれた。


「それだときっと検証にはならないですよ?」

「え。どういう、意味?」

「あん子先輩の説を検証するなら、同じ時間帯、同じ場所でやるのが正解です」


 それもそうだ。私は即座に左腕につけた腕時計を確認した。午後四時四十八分を指している。


「明日の放課後、二人で検証しましょう。あん子先輩が先走って消えちゃうのも嫌だし、誰かに借りられるのも駄目なんで、本は俺が借りて帰ります」


 ね、と念押しされて、私は戸惑いつつも彼の提案に乗ることにした。


 一人で本と向かい合うと、私も同様に吸い込まれてしまうかもしれないから。真柴くんは暗にそう示していた。確かにそうかもしれない。


 帰り道。図書室でうたた寝したときの状況を事細かく彼に問いただされた。寝不足が原因で寝落ちすることなんて、よくあることなのに、真柴くんは何度か首肯し、「わかりました」と言っていた。


 何がわかったのかさっぱりだ。


「じゃあ明日の放課後、図書室に集合ってことで。忘れないでくださいよ?」


 そう言って嬉しそうに笑う真柴くんに手を振って別れた。


 魔法使いの設定について掘り下げるのを忘れ、その日はぐっすりと眠りに就いた。


 *   


 翌日。放課後の図書室に入ると、昨日同様、図書係の女子生徒と目が合った。目当ての本棚に進みながら首を振り、周りの様子を確認する。


 真柴くんは既に例の本棚に向かい合って立っていて、室内には私と彼と図書係の女子しかいないようだった。

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