2.
斜向かいに住む、いかにも陽キャの
「あん子先輩って進路どうするんですか?」
あと二ヶ月半もすれば今年が終わるという時期に、そんな質問を受けた。別に真面目に答える必要もなかったのだが、「専門学校に行くつもりなの」と返事をしていた。
「何の専門?」
「……秘密」
陽キャの彼に空想好きの夢を語るのが恥ずかしくて、最終的な進路は曖昧にした。
彼は二つ年下の高校一年生だ。
私たちが話すようになったきっかけは、家の洗濯物が風に飛ばされて彼の家の門扉に引っかかっていたことだった。
3-1月宮 あん子と書かれたフェイスタオルがそれだ。彼がうちのインターホンを押してわざわざ届けに来てくれた。
「名前、なんか月見のだんごみたいでいいっスね」
初対面にもかかわらず、屈託のない笑顔でそう言われた。
真柴くんの名前はらくとという。楽しい人と書いて楽人。
イメージカラーは彩色系のオレンジだ。髪の毛を茶髪にしているせいもあり、眩しく見えた。
前にそんな話を彼に直接したことがある。対照的に私の色はくすんだ藍色。地味だからだよ、と補足しようとしたら先にオレンジくんが遮った。
「ああ、なるほど。十五夜のイメージっスね。神秘的でいいですね」と。どうやら彼の私に対する印象は、最初に言われたお月見から抜けきれていないらしい。
真柴くんは心の綺麗な持ち主だと思う。どう見ても地味でさえない私を外見だけで判断しない。
しかしながら、陽キャの彼と並んで歩くとどこかちぐはぐな気がして居心地が悪いのだ。ショートケーキの隣りに無理やり
つり合わないのでむしろ構わないで欲しい。そう思うものの、真柴くんは何の気なしに私に話しかけてくる。彼のコミュニケーション能力の高さには頭が下がる一方だ。
*
数日後。近所にある公園であの変身猫を見かけた。ブルーの細い首輪を付けた白い猫だ。左前足の包帯はもう外れていた。
二学期に行われる中間試験の一日目で、帰宅が早かった。
猫はコンクリートの上に体を横たえ、右の前足を舐めてから毛づくろいをしていた。
リラックスしているところを邪魔するのは気が咎めるが、私はおそるおそる猫に近付いた。
まずは「こんにちは」と話しかけてみる。
「あなた、人間になれるんでしょう?」
猫に警戒心はない様子で、舐めた前足で今度は顔を洗っている。明日は雨ということか。
「ねぇ……誰にも言わないよ。名前はなんていうの?」
じっと待っていたらそのうち猫が喋りだすのではないかと想像し、心臓がドキドキした。さらに声をひそめる。
「この間、男の人に変わるのを見ちゃったの。変身……できるんだよね?」
必死に、しかし、こっそりと猫に話しかけるのだが、猫はニャーとしか言わない。
「あん子先輩」
ふいに背後から声をかけられて、硬直した体がビクッと震えた。その隙に猫が逃げてしまう。
「ああ、逃げちゃった」
残念そうに呟く私を見て、真柴くんが慰めるように言った。
「あの猫。商店街の裏にあるカフェで飼っているみたいですよ」
「え」
「行ってみます?」
私は彼を見上げて小刻みに首肯した。
*
猫が人間に変わったのを目撃したのは、カフェの隣りにある空き地だったはずだが。真柴くんに連れて来られた場所は空き地ではなく、カフェの方だった。
店の扉を開けてお先にどうぞと手招いてくれる彼に、躊躇しながらも足を踏み入れる。
中に入ると、店の雰囲気に合わせてしっとりとしたジャズがかかっていた。ソファー席やテーブル席、カウンター席が並び、お客さんはまばらだが、みな思い思いの時間を過ごしていた。
「いらっしゃいませ」
案内役のウェイターに声をかけられ、私は「あ」と口を開けた。
変身猫が姿を変えた、あの綺麗な男性が店員として働いていた。
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