第3話 口喧嘩

「なんか聞こえるんだよね。霊とか、そういうのの声」

「レイ?」

「ええと、まあほら、お化け? とかそういうやつ。姿までは見えないけど声は聞こえるっていうか。あと……気を抜くと時々生きてる人間の心の声みたいなのが聞こえちゃうときもある」

「サイキックかよ! かっけーな!」


 ・・・喋るおもちゃのあひるにサイキックかっけーと言われても、すごいんだかなんだか。


 複雑な気持ちになりながら俺は振り向く。あひるは目をきらきらさせて俺を見上げている。その彼の目を俺はじいいっと覗き込んだ。

 真っ黒く丸い、その無垢な瞳を。


「君さ、地縛霊なんじゃないの? いや、違うか……こういう場合、なんだっけ……憑依霊……かな」

「ジバクレイ? え?! 自爆? いや、しねえよ。自爆なんて。お前知らねえの? 生きることが戦いだ! ってガンダムかなんかで言ってたよ? 自分で爆発はだめだって!」


 ・・・そのジバクじゃねえよ! 


「いや、だから、取り憑いてるんじゃないの? 君の魂がそのあひるに。で……」

「トリ? 鳥だよ! あひ、いや、俺は鷲なのだ!」


 ・・・なんなんだ。こいつは。まったく会話にならない。


「どうでもいいけどさ、ここにとどまってもいいことないって。さっさと成仏しなって。その佐和子、だっけ? 佐和子も自由にしてやってさ」

「……自由ってなに。佐和子は俺といることを望んでる」

「取り憑いてるやつは大体そう言うんだよ。けどさ」

「さっきから偉そうに言ってるけど、お前になにがわかんの?」


 すうっとあひるの声から熱が抜ける。まん丸い目がわずかに眇められた気がした。


「お前は佐和子を知らないのに、なんでそんなこと言えるの? ってかさ、さっきから見てて思ったんだけど」

「なんだよ」


 険のある声に俺まで声が低くなる。黒い目で俺をねめつけ、あひるは吐き捨てた。


「お前、彼女いたことないだろう!」

「……は?」


 それがどうした。俺は苦々しい顔であひるを睨みつけた。


「ないけど? ってか今時珍しくない。この間政府の統計でも……」

「政府のとーけーとかはどうでもいいんだよ! なんていうかお前、めっちゃ失礼だから。そんなんじゃ彼女できねーだろーなー気の毒にと思っただけ!」

「それこそ失礼だろうが。大体さ、彼女いないとなにか問題なわけ?」


 あひる相手に力説しても仕方ないことだ。なのに俺はつい真顔であひるに詰め寄ってしまう。


「俺はさ、君の声が聞こえちゃうような人間なんだよ。いや、君の声だけじゃない。生きてる人間の思っていることも聞こえてしまう。そんな人間が人と付き合えるか? 仕事速いね、やっぱり君はすごいな! とか表で言いながら心で、いやいや、この程度の仕事でどや顔されてもね、とか思ってるのが丸聞こえの俺の気持ち、お前にわかるか?」


 俺の剣幕にあひるが黙り込む。そうされて俺らしくもなく興奮していたことを悟った。俺は肩で小さく息をすると、声を和らげた。


「言い方悪かったけど。ようするにそういうわけだから俺は一人でいいの。というか……まあ、一人ってさ、寂しいとか悲しいとか言われるけど、そんなことばっかりでもないよ? 自分の世界を守っていられる。だから君の物差しで測って言わないでほしいかな」


 あひるは答えない。ちょっと語り過ぎたか、しかも通りすがりのあひるに……と反省しつつ洗濯機に向き直る。その俺の背中でふいにあひるが口を開いた。

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