第7話 左遷貴族

 話はさかのぼるが、俺がこの世界に転生召喚されたころ、事件はあったという。その事件とは、かねて国政を専横していたレヴェンスト侯爵を諫めようと立ち上がったのがファートフォード子爵だった。しかし狡猾なレヴェンスト侯爵の卑劣な罠にはまりファートフォード子爵は失脚、国の辺境の果て、ボグリーズ渓谷というおよそ作物も実らないような場所の開拓村の領主に配置換えになってしまった。


 そのときはレヴェンスト侯爵も責任を問われ、自領に蟄居させられていたが、多くの貴族の後押し(その貴族たちはいまはいない。俺が潰した)で王都に返り咲いていた。まったく不公平な話だ。まったく痛手のないレヴェンストと、その事件で婚約破棄されたファートフォード子爵の一人娘の自死。話を聞いたときにはやるせない気持ちになったものだ。だからって俺が何かしてやる義理もない。俺はこの国から一刻もはやく逃げださなきゃならんのだからな。他人にかまっているヒマはない。


 が、そいつが裏目に出たようだ。だがファートフォード子爵は勝ち誇ったようすもなく、落ち着いた顔で俺にお辞儀をした。


「殿下はたぐいまれなる聡明なお方と、市中より声が上がるほど国民から尊敬されております」

「世辞はいいよ。用件は何だ?」

「世事などではありません。かつて憂国をもって語られたこの国の未来を、まことに豊かなものにしてしまったあなたさまの手腕に、国民みなあなたさまに感服しているのです。弱冠十五歳ながらにしてこの才覚と父王にも勝る民への思い、慈しみは、おおよそ万民の模範となるべきものでしょう」


 大仰なおべんちゃらだなあ。俺は自分の蓄財を一番の優先でやって来たんだ。それに付随してやったことなどどうでもよかったし、どうでもよかったから大胆な政策ができたんだ。まあほとんどが成功しちゃったのは驚いたけどね。ふつう国政なんて、二割成功すりゃいいんだ。八割は失敗しても、担当者に責任とらせりゃすむ話だし、バカな国民はそれで納得するんだ。


「んで、自分の復権を目論んだっていうのかよ」


 反乱を起こしてただで済むわけはない。現王や俺を殺して弟を王にするっていう手もあるが、そうなりゃ国民が納得しない。いま世辞を言ったばかりなのに、それもわからないのだろうか?


「いいえ、わたしの復権を望んだんじゃあありませんよ。ただ、真面目な、行い正しき若者が汚濁にまみれるのを、見過ごせなかったのです」


 そうきたか。まあファートフォード子爵はガルフォード騎士爵と旧知の間柄。騎士団副団長ハンスの親父だね。騎士団の行状を憂いての、命がけの讒言だっていうのはわかるけど、反乱っていうのはやり過ぎだな。


「ところで薬って何だい?」

「これは殿下…お話していいものかどうか…」

「チェリドニュームって草だろ?レヴェンスト侯爵領に多く自生する野草だ」

「ご存じでしたか!」


 ああ知ってるよ。俺の婆ちゃんが長野県のド田舎に住んでいて、そこの山林でよく生えていた。婆ちゃんはヤマブキソウって言ってたが、俺は図鑑でそれによく似たクサノオウって草だって知ってた。まあ両方とも毒草で、とくにクサノオウは強いアルカロイド毒を持つ。精製して薄めれば幻覚剤になるんだ。むかしは鎮痛剤の代用で使われていたこともあるくらいだ。


「そいつを裏で不良騎士団に与えていたのがレヴェンストだ」

「知っておいでで殿下は…」

「証拠がないからなあ…。いくら俺でも証拠がないやつをどうにかできないよ」


 まあそんなことはないんだけどね。証拠なんていくらでも捏造できちゃうし、でもそれをやらないのは俺の悪事の目くらましになるからだし。


「まったく狡猾なやつです。一切の証拠をやつは残さないのです。それどころか逆にこちらに捏造した罪を着せる…まったくもって許せません」


 ファートフォード子爵はかつてレヴェンスト侯爵の不正を正そうとし、逆に汚名を着せられた。あろうことか娘に不貞のうわさを流し、かつその婚約者にその虚偽を吹聴した。娘は悲しみ、自害したと聞く。まあひどい話だね。


「ひどいやつねー。あたしなら死刑だわ」

「ミカちゃん、それは死刑じゃなく私刑だから。証拠もなく人を罰してはいけないよ」

「それはあたしが罰するわけじゃないしー」

「じゃだれが罰するの?」

「神さまじゃないかなー」


 まあそうだね。いつか神さまが…いやいやなにか嫌な予感してきた…。神さまって…そういう力、たしかミカちゃんに与えてますよね?


「じゃあ、そいつ、くびちょんぱ!」

「あっ!」


 遅かったかも。これヤバいかも。ミカは魔法が使える魔女っ子だ。もちろん使える魔法はひとつだけ。しかもその魔法はダメすぎる設定だ。どんなやつの首も跳ね飛ばすっていうグロいやつ。それが厄介なのは、なにも至近距離からだけという制限がない。どこからでもいつでも発動できる。見たり会ったことさえあればいいのだ。あの空高く飛ぶ渡り竜の首をはねて墜としたのだって容易い。ミカは舞踏会で何度もレヴェンスト侯爵と会ってるし、何度も誘われて踊ったりもしているんじゃないか。


「殿下、どうなされました?」

「い、いやなんでもない」

「じつは騎士団長のオニールがいま侯爵の家へ向かっているのです。侯爵を倒すために。それを成功させるためにわれわれは王ならびに殿下を一時拘束させていただこうとこうして…」


 まあ話の流れ的にはそうなるんだろうけど、いやあ、まいったなあ…。


「じつに証拠もなく侯爵を誅殺するのは大いに悩みましたが、心ある騎士団たちのあと押しもあり、死罪覚悟でこの義に及びました。ですが犯した罪は罪、深くお詫びいたします」

「まあいいよ。それより武装を解いてお茶でもしようよ」

「は?」

「心配いらないってこと。それももうすぐわかるけどね」

「それはいったい…」

「ふふ、うちのミカちゃんはスーパー地下アイドルなんだ。覚えていてやって」

「はあ…なにそれ…」


 意味わかりません、という顔をしてる。それより数刻、報せが来た。そりゃあみんなひっくり返ったような騒ぎになった。騎士団長がレヴェンストの屋敷に突入したとき、レヴェンストは床に隠してあった金庫の上で死んでいたそうだ。首を誰かにはねられて。そしてその金庫には、いままで自分がやって来た悪事の証拠がぎっしり詰まっていたそうだ。


 バカバカしい。が、ミカちゃんの能力というか魔法については、かなり注意しないといけないなあ。

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不幸な異世界王子(俺)がガチャで出した相棒は、ダメすぎる魔女設定の地下アイドルでした 夏之ペンギン @natuno-penguin

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