江戸川愛璃の歪みと、辰海珠姫の決意 【ガチ回】

※非ギャグ注意



【回想/side:愛璃】



「愛璃さん、ちーっす」

「たまちゃん、おつかれすー」



ボクモン王将戦予選の前々日、あたしはたまちゃんを事務所に召喚していた。

目的は勿論、ボクモンの指導を受けるため。



「しっかし愛璃さん、マジでやるんですねぇ。厨ボク6匹で戦うなんて」

「ほんとはあたしとしても回避したいんだけど、背に腹は代えられないからさ」

「今の実力なら、ヘラロップ軸のパーティでもじゅうぶん勝てますよ?」

「じゅうぶんって、どのくらい?」

「うーん、7割くらい?」

「じゃあ駄目だ。最低9割は勝たなきゃ」

「そんな…………。ヘラロップとか癖のあるボクモン使うなら9割は相当な猛者じゃないと無理です」

「だから好きより強さを優先するんだよ。あたしはたまちゃんやまもりほどボクモン歴長くないからさ。経験がない分は諦めなきゃいけない部分があるのは仕方ない」



技や努力値の調整をしながら、あたしはたまちゃんと今日もランクマッチに参戦していた。

睡眠時間は殆ど取れていないが、モ◯エナ過剰摂取でなんとか誤魔化している。

若旦那に便宜を図って来週までは楽な仕事を回して貰ってるし、ギリギリを保っている感じだ。



横で対戦を見守るメスガキの子猫な後輩は、思った以上に察しがよく、あたしに都度配慮しながらサポートしてくれる。




「なんでそんな必死なんです?」




そしてたまちゃんは、やはりと言っていいのか、あたしの行動―――あるいは、必死さの理由を尋ねてきた。



「…………やっぱりわかる?」

「そりゃそうですよぉ。愛璃さん最近いつも事務所居るし、一昨日深夜3時くらいにふらっと遊びに来てみたらダンス部屋でずっと踊ってるし。

 そもそも寝てます?ご飯食べてます?てかストレスで生理きてないんじゃないですか?」

「寝れてはいるよ、1時間半くらい。ご飯は暫くカ◯リーメイトとウ◯ダーとモ◯エナで耐えてる。生理は…………しばらくきてないけど、妊娠検査は陰性だったからセーフでしょ」

「ほーら言わんこっちゃない〜。自分の身体、どれだけ酷使すりゃ気が済むんですか?そんな頑張んなくてもいいじゃないですか、ボクみたいに気楽に生きるのがベストですって」





「そんなん無理だよ。

 1番じゃない、注目されない、輝いてない。

 他人のために命を燃やせない。

 そんなあたしに価値なんか無い。一切無い。死んだほうがマシ。



 死ぬ気で努力する。命を削って頑張る。他人のために死力を尽くす。

 そんなあたしなら、他の人はちゃんと見てくれて、受け入れてくれるしさ。

 そんな全力なあたしだから、みんなの役に立って、みんなに希望を与えられるんだよ。



 今回だってそう。まもりを、時子を、うららを助けるためには、普通のあたしじゃ駄目。

 死ぬ気で努力して、すごいあたしになって、みんなを救いたいの。

 そのためならあたしはどうなってもいい。変な話死んでもいい」





そんなあたしの言葉に、たまちゃんはため息をつく。



「はー。何が覚醒回ですかぁ。

 ボクも見てて感動したし、うららさんとのラジオとか温泉ゲーム回とかで確かに愛璃さんは前を向いたよ。皆の前で素を出せてるよ。

 けど、根本的問題は解決してないじゃないすか。もーやだやだ。どんだけ歪んでんすかほんとに」



「…………わかってるよ、あたしが歪んでることくらい」



「なら、変えようと思わないんですか?」




「無理。だって怖いもん。凡人な、できない、ポンコツなあたしなんて見たら、みんな失望して離れていくから。嘲笑して消えていくから。

 昔からずっとそうだったんだから、今もきっとそう。

 だって、頑張んないあたしに、できそこないのあたしに、価値なんて無いの。フラットなあたしの命の価値なんて、ほぼ無いから」




「ほんっとにこの人は…………。









 …………うららさん、マジで頼みますよ…………?あんたくらいしかこの化物の闇は溶かせませんよ…………?」

 












そしてあたしたちは、ランクマッチに潜り続ける。



「愛璃さん、ボクモンやるのほんと上手いですね〜。流石にトップランカーには劣るけど、始めて数ヶ月の人間のレベルではないっす」

「まあ…………相手の思考を読むのは得意だから。あたしのことが絡まなければ」

「それは知ってますよぉ」

「あと、まもりのボクモン配信見てるとね、頑張らなきゃってなってくるんだ」

「というと?」



「あの子、やっぱりボクモンの世界では輝いてる。現実ではない場所だけど、ゲーム、特にボクモンには、あの子は素で居られるんだよ。

 勿論努力もしてるけど、まもりがボクモンバトルで異常に強いのは、きっとまもりがまもりらしく生きていられる場所だから」



「…………ボクもそう思いますよ。

 せんせぇは、舞先生は、病院でもずーっと忙しそう。自分を強く見せなきゃって、いっつも無理して努力してる感じ。

 病室のベッドでずーっと見てて、この人の凝り固まった感情を解いてあげたいなって、ボク頑張ったんですけどねぇ」



「あー、だからあんな煽り方を」

「…………ごめんなさい。ボクは初対面との会話デッキが、煽るかメンチ切るかしかなくて」

「その割には初対面のあたしと仲良く―――いやごめん嘘。実際煽られてたわ」

「あん時は、マジさーせんした」

「謝り方ヤンキーだね…………」

「しょうがないです。小学校はずっと病院、中学で普通の学校に戻ったら勉強もボロボロ対人関係もボロボロでグレちゃって。

 高校は通信制で一応卒業はしてるんですけど、大抵部屋の中に居ましたもん」

「…………うん、辛かったね」

「いやいや、愛璃さんほどじゃないっす」

「そんなことないよ。

 てか、たまちゃんって何の病気だったの?聞いていいか分かんないけど、循環器内科だし………」

「あー…………驚かないで聞いてくださいね」

「うん」






「単心室です。生まれつきボクには、左右の心室のうち、片方しかないんです」






「…………まじ、か」

「幼少期に何度も手術して、手術の後遺症とも戦いながら十数年。

 ボクはずっと思ってましたよ。


 

 ボクは最低だって。

 死んだほうがいいって。


 

 それでも死ぬ勇気なんてなくて、残された心臓を守るのに精一杯になりながら生きて。

 狭い部屋と病室ばかりに囚われる、可哀想な人生でした。



 けど、ボクは出会ったんです。

 ボクモンというコンテンツに。

 ネットという、狭い檻をぶち壊す最強のツールに」



そう言って、たまちゃんは自分のバッグのキーホルダーを愛おしそうに撫でる。



そこに居たのは、初代御三家の一匹、ホノトカゲ。




「知ってますか?ホノトカゲって、尻尾の炎が消えたら死んじゃうんです。脆い、儚い存在なんですよ。

 でも、最終進化してヤンキードになると、最強の龍になる。竜タイプじゃないですけど、翼の生えた龍になれる。

 ボクはそれに自分を重ねてるんです。いつか、翼を生やした龍になりたいって。ネットという世界を、自由に羽ばたきたいって。

 しかもボクの本名、龍子たつこなんですよ。すっごい運命的」




「うん、そうだね。だからたまちゃんっていっつもパーティに………」



「そーゆーことです。ヤンキードは何があっても絶対にパーティから外さない。

 ランクマッチでも、大会でも。

 むしろヤンキードを活躍させたくて、前例にない防御無視フルアタ構築なんて作り上げましたからね」




…………調べて分かったことなんだけど、たまちゃん、ドラゴンたまは、7年前にボクモン対戦界に革命をもたらしたという。



それまでは、交代しながら戦うことを前提に、攻撃は勿論防御や回復も考えてパーティを組むことが当たり前。



けれど、この子は。

ヤンキードを軸とした、攻撃しか考えない脳筋スタイルで対戦界に殴り込み。

配信を開けば、それに負けないくらい濃厚な煽りと絶叫を繰り返し。

瞬く間に、ボクモン対戦界の中心人物かつ、名の知られる実況者となったのだ。



「…………たまちゃんは、強いね」

「そんなことないっす」

「なんでそんなことできたの?なんでそこまで頑張れたの?」

「何でですかね………。勿論自分が輝きたいって思ったのもあるんですけど、一番は舞先生のおかげかな」

「…………?あれ?まもりとは付き合い長くないんじゃないの?」

「まぁたしかに、ボクモン対戦者としてのせんせぇはネットでしか知らなかったし、せんせぇと井ノ内まもりをイコールで結べたのは最近ですけど」

「そうだよね?」

「たぶんせんせぇは覚えてないと思うけど、ボク7年前にせんせぇに会ってて。確か大学1年での実習って言ってたんですけど」

「うん」

「病室で夜もずーっとボクモンやってて、看護師さんに毎日怒られてて。

 でもその時、たまたま居た舞先生に言われたんですよ」





「『何かに夢中になれるって、素敵だよ。

 何かに努力できるって、才能だよ。

 既存の枠とか理想とかルールとか、そういうものから飛び立てる翼が、貴女にはあるの。

 龍子ちゃんはハンディキャップがあるけど、それをいつか翼で飛び越えられる日が来る。



 だから、その『好き』、大切にしなね』って」





「まもり…………」



「看護師さんや医師の先生がいる前だったから、その後こっぴどく叱られてましたけどね。

 でもボクにとっては、それが何にも代えがたい救いだった」



そしてたまちゃんは、ホノトカゲのキーホルダーを、大事そうに手に包む。

その顔は物語っていた。

まもりという恩人への、確かな愛情と尊敬を。




「だから、今度はボクがせんせぇを救う番だ」




たまちゃんは、自分のゲーム機を開く。

この前見たときよりも傷ついた本体は、彼女の本気度を感じさせる。

画面に映る「現在ランクマッチ1位」の文字列が、その何よりの証拠。




「ボクは意外と勘が鋭いんです。

 …………愛璃さん、せんせぇって最近、いやずっと前から、まともに眠れてませんよね」




そしてたまちゃんはこちらに目を向け、尋ねる。

同志に背中を預けるような、信頼感を全面にして。



「うん。おそらくその理由は…………」

「わかってますよ。

 努力中毒。きっと、自分を完璧にしなきゃって思う呪いによるもの。まぁ大方愛璃さんと一緒。

 そうなった原因は分かんないですけど、まずはそんなの関係ない。

 まずはボクモンで勝つ。歌も踊りも頑張る。そして、せんせぇの呪いを解く。

 だからボクは頑張るし。




 ―――愛璃さんがいま死にそうな顔してるのも、きっとそんな理由だ」




核心をつくたまちゃんの質問に、あたしは頷く。

そして2人は願いを共有する。








井ノ内まもりを、井上舞を、救うんだと。



















あたしは頑張った。




時子は、この間の演技対決でひとまず前を向いた。



だから、直近でイベントを控えていたまもりに時間を割いた。

ボクモンで軽々予選突破して、まもりが完璧じゃなくても大丈夫なんだよ、って言うために。



そして、たまちゃんと対処するまもりと違って、あたし1人で向き合ううらら。

勿論こっちにも全力だ。

ダンス評価企画は、若旦那とともに発案し、日程まで決めてある。

かつてうらら、蓮本の踊った曲だけを踊り、彼女を本気にさせ、視聴者の皆の前で踊らせるという作戦も立てた。



そのためには、彼女の氷を溶かすためには、本気のダンスという炎が必要だ。



だから、必死に練習した。

全力を尽くせないあたしなんて、ゴミだ。

上手く華麗に踊れないあたしなんて、ゴミだ。

自分を傷つけられないあたしなんて、ゴミだ。

死ぬ気になれないあたしなんて、ゴミだ。



凡人のあたしなんて、虫ケラ以下だ。



あたしは、常に一番じゃないといけない。

あたしは、常に有能じゃないといけない。

そんなあたしだから、みんなの心に炎を灯せる。



清純派アイドル時代のあたしは、努力でスペックを補って人気を得た。

闇堕ちアイドル時代のあたしは、自分を追い込むことで人気を得た。

頭脳で戦った引退後のあたしは、勉強し続けることで地位を守った。

VTuberデビュー後のあたしは、自分の経験を文字通り切り取ることで人気を得た。



だからあたしは、今日も死ぬ気で生きる。



死ぬ気で。



死ぬ気で。




しぬきで。





しぬきで。







しぬ。








しぬ。















――――いや、死んでもいい。







どうせあたしの命なんて軽いもんだ。







いくら死んでも、いいんだよ。




 


 





















――――――――


Vガチおよび新作についてのお知らせを、近況ノートにアップしました。

ぜひご覧ください。



3章、ラストスパートです。

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