鈴堂うららの過去と覚悟と、江戸川愛璃への憧憬 前編 【ガチ回】

※非ギャグ注意



【回想/side:うらら】



私は、鈴本きらりは、普通の家庭に生まれ、すくすく育った、健康な女の子だった。



父親が会社員、母親が専業主婦の一人っ子。

若旦那みたいに生まれながらの病気があったわけじゃないし、愛璃みたいに災害で大事な人を失ったこともない。

黒野姉弟みたいに愛の無い家庭で育ったわけでもない。親には感謝してるし。



変わったことがあるとすれば、両親ともに大のオタクで、その影響を受けて育ったってことくらい。



だから、私がスマイル動画にハマってニコ厨になったのも、当たり前の話なんだと思う。


 



初めて踊ってみた動画を撮ったのは、小学校のとき。10歳。

踊ったのは、当時流行ってたボカロ曲。端的に言うとナイトフィーバー的なヤツ。



親に必死にお願いしてカメラを設置して、可愛めの服を買って貰って、居間で踊った。

その時は、自分が有名になりたい!ってよりは、単純に好きだから踊りたい!っていう気持ちで撮ってたはず。

最初は下手くそな踊りだったけど、持ち前の運動神経と、何度もした練習で、10歳にしてはそこそこ上手いくらいにはなってた。




そして動画を投稿すると―――







瞬く間に再生数が伸び、動画はコメントで溢れた。

高評価に次ぐ高評価の嵐、「うまい」「かわいい」「次も見たい」などの手放しの称賛。

私はその日、大興奮でピザを食べまくり、お腹を壊したのを覚えている。




でもその時、私の中に眠る化物も、一緒に目覚めさせてしまった。






「承認欲求」という、化物を。














投稿を始めてからあっという間に2年が過ぎた。

中学校に上がった。

友達もまぁまぁ増えた。

でも、私の活動を知っている人間―――特に同性からは、やっかみを受けるのが当然の流れ。

目に見えるような嫌がらせはなかったけど、皆が常に引き気味で接してくるような、あるいは「何となく貴女は嫌い」と訴えられているような、そんな感覚だった。

教師も同じで、名指しはされなかったものの、明らかに問題児として扱われている感じがした。



学校では居場所がない。

そんな時に頼ってきた両親すら、母親の仕事復帰と父親の転勤が重なり頼れなくなった。



最後に縋ったのは、踊り手である私、すなわち蓮本のファン。

これまでずっと応援し続けてくれたファンからの承認で、私という存在を保とうとした。



…………けれど、マンネリ化し始めた私の動画には少しずつ批判が目に付くようになり。






私の自己肯定感は、地に堕ちた。








そこからだ。

私が明確にファンから見捨てられるのを怖がり始め、過激なことをするようになったのは。

これまで自分の好きなようにジャンルを選び、曲を選び、踊ってきたけれど。

中学1年の時は、オタク受けを計算していた。

頭脳を働かせ、ファンに媚びていた。

好きでもないジャンルの曲を踊り、再生数のためにパソコンにかじりついた。



勿論批判は来たけれど、そういうのは家の中で罵倒し尽くした。

「死ね」とか「アホ」とか「カス」とか、誰にも聞かれない場所で散々罵ってストレス解消。



それでも、無理な振る舞いは限界が来て。

ストレスが頂点に達した夜。








私は、自分の太腿をナイフで切った。







それ以来、その行為が―――すなわちレッグカットが、癖になっている。

だから、ダンスをしているのにタイツやストッキングは脱ぐことはないし、太腿の傷の存在は、この間えっちした愛璃と、昔から知ってる若旦那しか知らない。





あともう一つ。

承認欲求が満たされなかった私は、ある行為に浸ってしまった。



これは愛璃にも言ってなかったし、どうせ見透かされてはいるだろうけど、若旦那にすら明言してない。





…………私、愛璃のことエッチだとか散々言ってたけどさ。

変態さんだとか、ませてるとか、オトナの女だとか、色々言ったけどさ。



















―――私の初体験、中1なんだよね。












…………本当に残念なことにさ。

私のほうが、遥かにオトナだったんだ。

























自分の存在が揺らいで、計算された自分と異性に求められる自分で承認欲求を満たしていた頃。



でも、そんな私にも希望の光が現れた。



その頃テレビに出始めた彼女は、みんなのアイドルとして、お茶の間を賑わせ。


それでも主軸はあくまでライブで、来場したファンたちを幸せにして帰らせる。


いつでもどこでも全力、まさに復興からの希望の星にふさわしい女の子。


ネット掲示板で『21世紀のジャンヌ・ダルク』なんて言われてるのが、なんら不思議じゃない女の子。




私はその女の子に、恋に落ちた。




そして、宿題も寝るのも忘れて彼女の動画や曲や出演した番組を見尽くし。

彼女の地元で開かれるライブに、大金を叩いて学校もサボって参戦して。

サイリウムを振って、コールをして、ガチ恋口上までして。

ライブが終わる頃には、もう悩みなんか吹っ飛ぶくらい、楽しくなっちゃった。



そして私はその感謝を伝えようと1時間以上握手会の列に並び。

遂にその時を迎えた。





「今日ほんと素敵でした!!悩みも忘れるくらい素敵でした!!めっちゃ感動しました!!ほんとにありがとうございました!!」


「いえいえ!!…………あれ?もしかして………」


「どうかされたんですか?」


「…………いや、なんでもないよ!」


「そうですか!ほんと夢みたい。現実なんて忘れちゃいたい…………」


「…………何か悩みでもあるの?」


「めっちゃ小さい悩みなんですけど、あんまり私みんなに好かれてないんじゃないかなって。  

 自分が好きなことも、そもそも自分が何者であるかすら分かんないし、いつだって空虚だし、なんで生きてるかすら…………。



 あ!ごめんなさい!変なこと口走って…………」



若かりし私は尊敬するアイドルの前で悩み相談を始めてしまう。

少女の変な行動に周りの大人たちも呆れる中。




…………たった1人、炎のアイドルだけは、本気だった。




「…………うん。そっか。辛いよね。

 けど、人間ってさ。

 自分がやりたいことの為に生きてるんだよね。

 自分の『好き』を表現するために生きてるんだよね。

 


 きっと、貴女の『好き』は、誰にも負けない感情のはず。

 その『好き』を、大切にしようよ。

 その『好き』で、世界を変えようよ。

 そう思えば、自然と生きる理由に繋がってくる」








それこそが、私と歌川花桜莉、あるいは歌川火織、ひいては江戸川愛璃との初会話。




それ以降。

私は原点に立ち返り、視聴者以上に自分のやりたいことを優先した。

コスプレがその代表例。それ以外にもカッコいいダンスやネタ曲のダンスも踊ったり。

そうして、再び蓮本のチャンネルは伸び、好意的なコメントで溢れるようになる。





それ以来。

1日たりとも、私はあの言葉を、その時にかけてくれた笑顔を、忘れたことはない。

その言葉は、私の生きる指針となってくれた。






そして、それ以来。

私の『好き』に名を連ねていた歌川花桜莉が、絶対的な1番となり。

それ以降、人生で最も大切な存在という定位置から外れたことは、1度たりともない。








 





と、ここまでが私の生い立ちの前半戦。

花桜莉のお陰で私は生きる理由を見つけ。

スマイル動画の公式イベントに出たら中二病の覆面ラッパーにダル絡みされるとか、そういう面白いイベントにも出会えるようになった。  






けれど、人生はそんなにうまくいかない。

太陽がいつか沈むように。

炎が燃え尽きるように。



 



私を、悪夢が襲う。







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