時子の本気と、愛璃の最終手段② #魂をぶつけろ 【ガチ回】

《Side:時子》



「待たせたわね、時子」



るる姉に連れられ、今いるメンバーと場を繋いで数分。

準備を終えたらしい愛璃ちゃんが、後ろからわたしに声をかけてきた。



「大丈夫。気にしないで」

「そうして貰えると有難いわ」



さあ、思いっきり演技でぶつかろう。

そう思ってわたしは笑って振り向く―――



「―――ッ!?」



―――が、その笑顔は驚きへと変わってしまった。

おそらくそれは、少し離れて見ていた他のメンバーも一緒で。



「…………愛璃ちゃん、どうしたの」


「本気なんでしょ?

 あたしも本気を出しただけよ」



何故ならば、そこに居るのは確かに愛璃ちゃんなんだけど。

明らかに普通の愛璃ちゃんではない状態。

まるで、彼女ではない何かを憑依させたような状態であったから。



口調が、いつもみたいなちょっと汚めの若者言葉じゃない。

髪型が、下ろしたセミロングからサイドテールへと変わっている。

表情や瞳が、太陽みたいな明るさから月みたいな妖しさへとシフトしている。

例えるなら、悪のカリスマとかダークヒーローとか、そういう雰囲気。

極めつけは、首元にくっきりと残った手の跡。




「それは駄目!!それだけは駄目ッ!!」




たった1人、うららが鬼気迫る表情で愛璃ちゃんに叫んだけど、走り寄ろうとしたのをるる姉に止められる。



「それが、愛璃ちゃんの本気なんだね」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、全力でいかせてもらう」

「もちろん」



つまりいまここは、2人だけの世界。

誰にも邪魔されない、2人だけの楽園ステージ





「その本気―――天才が踏み潰してあげるよ」



「その才能―――燃やして灰にしてあげるわ」





そして、幕が上がる。

わたし達の、白雪姫が。








「おお!白雪姫よ!魔女の呪いに苦しむとはなんと嘆かわしいことか!不幸にも与えられてしまった才能に苛まれ、なんと君は哀れなのか!

 そんな可哀想な君に、僕から呪いを消す口づけをしてあげよう。僕は選ばれし人間なのだ。有り難く思うと良い!」




「よくここまで傍観してたわねゴミ王子!!あたしが毒に塗れて死にかけた時になんで助けないのよ!?あたしにも生きた先にやりたい夢や目標はあんのよ!!あんたヒーローじゃないの!?国中助けるヒーローじゃないの!?

 弱ってる女1人助ける、そんなことも出来ない人間が選ばれし人間だなんて、ほんっっっと世界なんてクソ!!今すぐ滅べばいい!!」




「子猫風情がよく喋るじゃないか。自分の力では何にもならないことを、自分の力の限界を。それらを分かっていても尚、夢や目標を追い続けるというのか。

 …………なんと愚かなのか!そんな希望なんて、自分以外の要素で簡単に崩れ落ちるというのに!!自分の力ではどうにもならないことを理解したまえ!!何度立ち上がろうと、魔女の呪いはその度に死より恐ろしい影を落とし続けるのだ!!『凄い』という言葉の呪いが、今でも影を落とすように!!」




「うるさいうるさいうるさいうるさい!!あたしの生き方に首突っ込んでくんじゃないわよクソ王子!!あたしの人生勝手に想像して『愚か』だの『哀れ』だの『可哀想』だの!!ほんっっっと腹立つ!!小人たちと箱庭世界で遊ばせてよ!!そっちの方が幸せなんだよ!!

 何も知らない人間が口出ししてくんじゃない!!あんたは死の恐怖を、その闇を、経験したことあんの!?そんなことも知らずに死より恐ろしいとか簡単に言わないでよッ!!」





何年ぶりだろうか。こんな本気のぶつけ合いは。



―――ああ、本当に、楽しい。








《Side:うらら》



「何やってるんですか若旦那!!なんでの愛璃を止めないんですか!?」



愛璃と時子の演技対決―――もはや演技での殴り合いが繰り広げられる中、私はるる姉に連れられ、若旦那の隣へと座った。

そして手元のマイクを切り、若旦那へ詰め寄る。



「アレがどれだけヤバいか分かってるんですよね!?」

「ああ、痛いほど分かってる。けど、許可を出したのは俺だ」

「なんで!!このままじゃ、またあの時みたいに居なくなっちゃうんですよ!?」


「アイリ自身が、それを選んだ」


「…………え?」

「アイリが選んだ道だ。俺が止める道理はない」

「…………そんな、でも何かあったら」

「なぁ、アイリがなんでその選択をしたか分かるか?」

「…………なんでですか」



「お前らがいるからだよ。

 お前らがいるから、前に進みたい。

 お前らがいるから、後ろに倒れても大丈夫。

 そう思ったってことだ」



「…………そう、ですか」

「胸の熱くなる話だよ、ほんとに」

「私も、心があったかく、熱くなりました」



そう言って、2人示し合わせたように、時子と愛璃の演技対決インファイトを見やる。

シーンは佳境。お互いの理想と希望を全身に押し出した殴り合いだ。

かなり白雪姫本編からズレてはいるが、メンバーもコメント欄も、誰も文句は言わない。

全員が、ふたりに魅入っている。



「ウララ、お前は最終手段を使ったアイリ……歌川花桜莉うたがわかおりを見たことあるんだよな」

「はい。テレビでも、生のライブでも」

「あの状態に関して、どこまで知ってる?」

「あの状態だと、人が変わったように雰囲気が変わること。その姿にはカリスマ性があって、観客を魅了すること。一度効果が切れると、倒れ込んでしまうくらい身体に負荷があること。

 そして、発動条件が自傷行為―――一歩間違えれば死にかねない方法だってこと」

「お前、そこまで知ってんのか」

「昔、私が引退した後にライブに行ったんです。そのライブが、前半圧倒されるぐらいに凄くて。ああ、花桜莉ちゃんって素敵だな。崩れちゃった私にとって、本当の希望なんだなって思ってた。

 でも、休憩中たまたま迷子になっちゃって。その時見ちゃったんです。


 ―――今にも泣き出しそうな顔で、自分の首を絞めているあの子を。

 自分を壊してでも、皆を照らしていた彼女の本当の姿を」


「……そうか」

「それから私は、何が何でもこの人を、この人だけを照らしてあげるんだって思ったんです。傷ついた私を照らしてくれたあの子を、今度は私が照らす番だって。

 …………でも、後半は若旦那もすでに知ってる内容でしたね」

「そうだな。だからウララをここにスカウトしたんだけど」

「私と同じ状況なら、誰だってあの言葉を聞いたらスカウト受けますよ」

「そりゃな。俺だってそうする」



「『一緒に歌川花桜莉を救わないか』なんて」



「言っとくけど紛れもない本心だからな」

「わかってますよ」



愛璃と時子の演技を見つつ、私と若旦那の間にまた少しの静寂が流れる。

でも、その静寂の意味はきっと2人とも分かっていた。

着実に、私の10年かけてきた願いは、前に進んできたんだという感慨のことだと。



「しっかし、2人ともホントに凄いですね」

「演技か?」

「はい。ふたりとも上手い。でも何かちょっと違うような……」

「そうだな。俺も演技に詳しくはないから合っているかは分からないけど、2人の性格的に説明はできる」

「お願いします」

「まず、時子は…………叩き上げの天才だ。元々あった才能を努力と技術でさらに増幅させてる。役をしっかり考察して理解して役に入り込む。

 普段はヤバい面もあるけど、文学で鍛えた洞察力と観察眼は確かだからな。この才能を潰した奴らが本当に憎い」

「なるほど」

「愛璃は…………お前も分かると思うけど、完全に最終手段の応用だな。演技経験は僅かだし技術とかは無いけど、役になってる。役が憑依してる。自分と完全に同一化してる感じか。

 そのせいで時子の方にまで影響与えてやがる。アイツもモロに自分の背景を役に乗せてるしな。

 でもコレ、自己像が曖昧で空虚だからこそできる芸当なんだよなぁ……」

「……はい」

「だからこそ、俺はこの自己像を確立してやって、彼女を生きやすくしてやりたいんだが……」



「私もです。あの子の生きづらさをなくしてあげたいって思ってますよ。

 10年前からずっと、変わらず」










【Side:愛璃】



強い。凄い。半端ない。

時子の気迫が、乗ってる。

最初から本気だったけど、明らかに設定が見えてきてからは、さらに感情が伝わってくる。

彼女の本音が、役を通じて見えてくる。

だけどそのお陰で、あたしの最終手段もそろそろ限界そうだ……。




「ヒーローに憧れて何が悪いんだ!!僕が僕の好きなように生きて何が悪いんだ!!そして希望を捻じ曲げて育てた挙句『やっぱり違う』って何なんだよ!?あんたらが連れてきた道でしょうが!!責任取ってよ!!

 しかも何!?そのくせして、の努力はぜんぶ無視ですか!?天才は努力してこなかったとお思いで!?ふざけんなよ!!懸けてきた時間は戻らないんだよ!!」




「お、王子様っ………………(バタッ!!)」





「―――愛璃ちゃん!?」




ヤバい。完全に時間切れだ。

全身に力が入らない。

過度の集中に対するバックファイアが襲ってくる。

整わない呼吸、定まらない意識。



「マモリ!ルル!救護ッ!!」

「分かりましたわ!」

「助けに行くよ!!」



みんなが駆け寄ってくる。

でも、心臓の音と肺の動きが激しい中で、まもりが差し出してきた酸素ボンベを、あたしは払いのける。



「ぜったいに……いま……つたえなきゃ……」

「愛璃ちゃん!酸素!吸わなきゃダメよ!」

「ちょっと……まって……」



そして、あたしの手を握ってくれている時子の手を、強く握り返す。



「ねぇ、ときこ……」

「愛璃ちゃん……?」



今、本気の自分を曝け出してくれた今だからこそ、彼女に伝えたい言葉。

これまで言われてこなかった分、何度だって言ってあげるよ。





「ときこ……あんた、かっこいいね。まるで、ヒーローみたいだ。

 これまで、ほんとのほんとにたくさんがんばってきたんだね……。

 、ときこ………!」





そして、あたしの意識は、闇へと落ちた。


















「…………若旦那」

「トキコ、良かったな」

「…………はい」

「愛璃の回復まで30分配信はお休みだ。

 そして、他のメンバーは別の場所に移ってもらった。今ここにいるのは俺とお前だけ」

「…………わかりました」




「だからさ。

 ―――今まで我慢してた分、思いっきり泣いていいぞ」















「………ぅっ……っっ!!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんっっっっっ!!!!!!」




【演技力対決:時子の勝利】














―――

次回、2章最終話です。

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