時子の本気と、愛璃の最終手段① #ジョーカーを切る 【ガチ回】
作者注:これから2話ほど、ギャグ要素ほぼなく、時子と愛璃の魂のぶつかり合いになります。コメディをお楽しみの方、申し訳ありません……。
ギャグコメディ派の方は、2話後、2章最終話までお待ち下さいませ。
―――――
―――時子が、演技のリミッターを外した。
コメント
・え?
・なにこれ……
・今までの演技と三段くらい違ったんだけど
・今までは「けっこう上手いな」くらい。今のは「モノが違う」って感じ
・もしかして天才だったのかコイツ
・声は優しいままで変わってない。感情の乗り方が明らかに常人じゃない
・役をちゃんと理解して入り込んでる感じ
・明らかにレベルがおかしい。素人のレベルじゃない
・あれ?時子って神戸の近くにいたことあるって言ってたよね?
・確か温泉ゲーム回で言ってたよな。それがどうした?
・あそこの近くに、有名な演劇学校なかったっけ……?
「そ、そう言われても、あなたが汚いことは誰しもが分かっているのではなくて?灰かぶり姫の名に相応しいわ」
「はー?意味わかんないんですけど?流石は虫ケラ風情、汚いという美的センスすら終わってるんですね。そうですかそうですか。もしわたしを汚いと仮定したならば、貴女はどれほど汚いんですかねぇ。細菌ですか?虫歯菌ですか?人に迷惑をかける残念な生き物なんですね。ほんとおもしろ。塩素系洗剤に浸かって死んだらどうですか?」
「で、でもっ、わ、わたしは……」
「はいはいそう言って言い訳するから良くない。自分が可愛くないこと、才能ないことは分かってるんでしょう?それを認めたくないがために才能のある人間を潰しに行く。なんて哀れな生き物なんでしょうか」
「ひぃっ……んっっ…………でも………さぁ………!」
「ストップ。なぁ、もう終わりでいいだろ?」
「…………わか……だんなぁ……!ごめん……止めさせて……」
「取り敢えずユイカは息とめて5秒数えろ。落ち着いているって思いながらゆっくり呼吸してくれ。ベッドは備えてあるから裏行って休んでこい。
つぐみ、例の発作だ。わりぃが介抱頼む」
「了解したよ〜」
「というわけで今回の勝者は、文句なしでトキコ」
「ありがとうございます。でも結華さん……」
「大丈夫。準備は万全だ。どうにかできる」
―――言葉を選ばずに言えば、虐殺だった。
魔王が赤子の手をひねるような、圧倒的な実力差。
声質こそ柔らかいいつもの時子だが、感情の乗り方が違う。
何ていうんだろう……才能の上に、技術と努力を感じるような、職人のような演技だった。
終わったあとの時子は結華さんを気遣う様子を見せたが…………演技中の彼女は、相手の感情をも気にしない、まるで鬼のようだった。
―――あたしはこれと、正面から向き合うのか。
【1回戦:愛璃vsるる】
「テーマはウサギとカメですか」
「愛璃さん、どちらが良い?」
「あたしはウサギですかね」
「じゃあわたくしがカメね」
「しゃあ、頑張りますか」
「……愛璃ちゃん」
「なんですか?」
「これはるるじゃなく、貴女の友達の、黒木瑠々子としての助言」
「…………はい」
「もし貴女が倒れたとしても、私たちが支えてあげられるよ」
◇
「カメくんは愚かだ。怠けることを、一休みすることを、良いと思えないとは」
違う。
「その点あたしはよく出来てるよ。自分の才能を理解し、その利点を重視し、最効率で利益を得る」
違うッ。
「仮にゴールに先に辿り着いたのがカメくんだとして、それが幸せだとなぜ思ってしまうんだい?努力によって身体を壊したら、何にもならないというのに」
こんなもんじゃないだろ!?
「勝者、江戸川アイリ」
…………半年くらい共にやってきたから、嫌と言うほど分かってしまったんだ。
時子が演劇にかけてきた時間と努力は、途轍もないものだと。
彼女がその努力を無かったことにして演劇から離れていたということが、どれほど重大なことかということを。
彼女がその事実を乗り越えて本気を出したことが、どれほどの恐怖とともにあったかを。
そして、あたしがどこまで覚悟を決めなきゃならないかということも。
◇
【決勝戦:時子vs愛璃】
「っつーわけで決勝戦だ」
「愛璃ちゃん、来てくれたね」
「…………うん」
「題材は白雪姫。どの役がいい?」
「わたしは何でも」
「ごめんなさい、あたしが両方決めていいですか」
「良いぜ」
「あたしがお姫様。そして時子が王子様」
「…………いいの?」
「たぶんそれが一番正しい」
「OK。流石お前、分かってんじゃねぇか。
じゃあ始めようか……」
「ごめんなさい。5分くらい、時間頂いていいですか」
「構わないぞ」
「…………ん?どうしたの愛璃ちゃん?」
「時子にマジで勝つために、どうしてもやんなきゃいけないことがあります。
少し、席を外します。場は繋いでいてください」
「…………おい、ちょっと待てお前!」
あたしが一度立ち去ろうとすると、若旦那が座っていた椅子から身を乗り出してあたしを止めてきた。
…………ちっ。やっぱり気が利きすぎなのよこの人。
そうして若旦那はるる姉に目配せし、時子を連れて行ってもらい、場を繋がせた。
そして彼は、手元のマイクを切る。
つまり、ここからは、あたしと若旦那にしか聞こえない会話。
「お前……アレやる気か?」
「そうでもしなきゃ勝てません」
「アレのせいでお前がぶっ壊れたの分かってんのか?」
「分かってます」
「それほどまでに本気なのか?」
「はい。時子の本気に応える為です。
―――最終手段、使わせてください」
「はー、マジかよ……」
最終手段、あるいはゾーン。
アイドル時代末期のあたしが編み出した、ライブや演劇への没入感を極限まで高める方法。引退後はテストにも応用した。
発動にはとある特殊条件がある。
設定から名前から本当に中二病みたいだが、万年中二病のあたしが編み出したんだから当然だ。
若旦那は頭を抱え、一瞬の思考ののち、あたしに向き直る。
「つぐみがチャンバラに参加した時点で、ある程度予測はできてたけどな……」
そう言って、若旦那は嘆息する。
「
「2年ぶりですね。退学直前にやった医学部の試験以来」
「演劇とかアイドルとか、芸能関連で使うのは?」
「
「はー。ほんとおっかねぇよ……」
「大丈夫です。あたしはあの時とは違う。
時子も、うららも、まもりもいるんです。
もう、闇に飲まれることはない」
「……そっか。強くなったな」
「はい。みんなのお陰で」
「こうなることを見越して、過呼吸対策は整えてある。突然ぶっ倒れた時用のベッドや車椅子も待機済み。衝撃吸収マットも敷き詰めてあるから最悪暴れても問題無い」
「ほんっと先が見えてますね若旦那……」
「サポートはしてある。好きに最終手段…………ゾーンに入って暴れてこい」
「はい」
「そして―――時子と向き合って、アイツを救ってこい」
「―――はいッ!!!!」
そういってあたしは、首を絞める。
自分の首を、絞める。
思い切り、力の限り、首を絞める。
いつも男や時子にやられている時とは明らかに違う感覚。
すなわち、明確な、死への切符。
体内の酸素が消えていく。
体内の血液が悲鳴を上げる。
体内のエネルギーが溶け切る。
意識が遠のいていく。
この世界から消える予感がする。
その瞬間、あたしは確かに生を実感できる。
何故なら、身近な死を、思い出すから。
業火を、ロープを、薬を、思い出すから。
手首から流していた鮮血を、思い出すから。
空っぽの自分に、生が満たされていく。
何も無い空洞に、理想の姿が満ちていく。
朧げな自己像が、死への接触をトリガーとして、1つに同化していく。
その瞬間、あたしはあたしではなくなる。
いや、今はこれも、あたしの一部分だと思えるようになった。
これは、一種の解離状態。
空虚なあたしだからこそできる、『自らを理想の存在だと自己暗示する』という荒業。
アイドルに嫌気が差し、鬱になった時に編み出した、『普段の自分を抹消する』という暴挙。
アイドルを辞めてから、水森の天才として期待を押し付けられた時にも使った、超集中に入る手段。
そして、2年前にあたしがぶっ壊れてから、若旦那に禁止されてきた諸刃の剣。
これを使っていた頃のアイドル時代のあたしは、めちゃくちゃカルト的な人気があった。
もはやアイドルというより宗教みたいな感覚で、愛称も『炎の聖女』。
割と記憶が断片的になっているけど、どうやらとんでもないカリスマ性があったという。
人を惹き付ける、何かがあったと。
すぐに壊れてしまいそうな、人を引き込む魅力があると。
ずっと目を背けてきた、ある種の才覚。
端的に言ってしまえば、この
同時に、あたしを最終的にぶっ壊した、戦犯。
けど、今のあたしは、過去のあたしを肯定したい。
今も過去も全部含めて、あたしなんだと。
この選択は、過去との決別であり、過去との調和だ。
しばらく、あたしはこの最終手段、すなわちゾーンに入ることを忌避していた。
また使ったら、今度こそ死んでしまうんじゃないかと。
けど、あたしはあの時とは違う。
大切な、仲間たちがいる。
これをコントロールして、みんなの為に使いたい。さらなる世界と戦いたい。
最悪この子たちの為なら死んでもいい。
…………そう思えるくらいには、大切な仲間が。
だから、最終手段を使う。
時子の本気に向き合う為に。
うららの勇気に応える為に。
まもりの孤独に寄添う為に。
そして、みんなと前に進む為に。
意識が飛ぶそのギリギリで、手を緩める。
気道に酸素が通る感覚がする。
…………うん、成功だ。ゾーンに入った。
「アイリ、大丈夫か」
あたしは、若旦那に得意気に応える。
「大丈夫よ、任せなさい」
目を見開く。
以前は、世界から逃げる為に。
そして今は、世界と戦う為に。
「―――炎の聖女の本気、見せてあげるわ」
さぁ、
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