第6話

大阪から新快速で京都まで、およそ30分。二人は、クロスシートに並んで座った。今日の洋子は、白のセーターに紺色のスカート姿だ。青木は洋子と手を繋ぎたいのだが、かろうじてこらえながら、言葉を探している。すると洋子が

「二人っきりって、初めてですね」

「そ、そうですね」

電車が長岡京駅を過ぎると

「洋子さん、ここからJRの特急電車が見えますよ。あっ、はるか。あっ、サンダーバード。あっ、銀河」

と、ひとりで、しゃべってる青木を見て

(青木さんって、子供みたい)

と洋子は、微笑んで。

一方、その洋子の、微笑む顔を見た青木は

(可愛い)

と。


ちょっと早めの昼食をと、青木は洋子を駅から歩いて5分のラーメン屋へ連れて行った。

店は11時過ぎなのに、外で5人ほど、並んでいる。待ちながら青木が

「洋子さん、ここのラーメンも旨いんやけど、焼き飯も旨いんです。、けどビールも呑みたいし」

「贅沢な悩みですね」

「ヨシ、ラーメンと焼き飯を、ひとつずつは絶対に腹一杯になって、ビールが呑めなくなるので、焼き飯は半分ずつでいいですか」

「いいですよ」

「ラーメンと焼き飯を半分ずつと、そしてビールや」

「いいですね」

青木と洋子が店に入ると、カウンターには3人並べ、テーブルは4人掛けが6つあるが満員だ。二人は、入り口のすぐのテーブルに向かい合わせに腰掛けると、しばらくしてラーメンと焼き飯、そしてビールが。ラーメンのスープは真っ黒なんだが、飲んでみると

「美味しい」

と、洋子が。ビールは、青木のグラスに、洋子が両手で持って注いでくれる。

「焼き飯も旨いから」

「はい」

と言って、洋子がレンゲで口に入れると、青木に

「これも美味しい」

「そうでしょ。連れて来て、良かった」


京都駅からJRでひと駅、梅小路京都西駅から歩いてすぐで、京都鉄道博物館に到着。

もう青木の、目の輝きが違っている。洋子から見ていても、今にも走り出しそうなくらい。中に入ってすぐ、青木が

「これが、初代新幹線の0系です」

そして

「洋子さん、これが500系。当時の世界最高の300㎞/hで走っていた新幹線です」

「・・・」

「そして、これが581系と言って、電車で初めての寝台特急です」

「・・・」

「そしてこれが・・・」

と、青木はまさしく子供の頃にタイムスリップしてしまったかのように、洋子に電車の事を説明していく。洋子は

(今日は私のためではなく、青木さんのための1日のよう)

青木がまさしく、ほんとうにまさしく子供に返ったようで、目の輝きがとても印象的だった。鉄道博物館の帰りに二人は、京都駅構内の居酒屋へ入り、青木が

「洋子さん、今日はどうでしたか」

との答えに、洋子が

「楽しかったです」

「そう、それは良かった」

と言った、青木を見て

(青木さんが、楽しかったくせに)

と、思わず下を向いてクスッと笑ってしまった。そうとは知らず青木は

「俺はね、新幹線の運転士に憧れて、電車の運転士になったんだ。幼い頃、両親に連れられて新幹線を見に行った事が、忘れられなくて。けどJRでないと、新幹線の運転士にはなれない」

「いいじゃないですか。電車の運転士って、子供らの憧れですし、青木さんの目標には到達してるんですから」

「そうなんやけど」

「とにかく、青木さんの凄さは、変わらないんです」

青木は

(えっ、そんなふうに洋子さんは思ってくれてたんか)

と、青木と洋子は、アルコールが入って、余計に話しがはずんだ。

「私は、子供の頃から、おませな子供だったような気がします」

「どんな?」

「お母さんの化粧道具を、勝手に使ったり」

「それは子供なら、誰でもしてると思うよ。子供は、大人のまねをしたいもんやから。俺も子供の頃、親父がタバコ吸ってたから、真似したことあったもん。後で、えらい怒られたけど」

「そうなんですか」

「けど、洋子さんが幼い頃の、化粧した時の顔を見たかったわ」

「いやだ」

と、二人とも笑った。

「けど、お母さんがいなくなって苦労したんや」

「いいえ、それは。お父さんが、男手ひとつで私を一生懸命育ててくれましたから。だから絶対、あの店を残そうと」

「うん、わかった。俺も手伝うよ、あの店」

(それって、プロポーズ?)

洋子の目の輝きが、急に変わり

「ほんとうですか」

「俺の武器は、泊りの仕事だということ。だから非番で手伝えるし」

「けど、無理だけは」

「うん、お客さんの命を預かってる仕事やから、無理だけはしないつもりや。それに職場の仲間も、俺が店を手伝う事について、いずれは知られてしまうから、チョンボは絶対に出来ないけど」

「はい」

「だから、手伝える時だけ手伝うよ」

「ありがとうございます」

と、洋子が頭を下げると

「そんな」

と、言いながら照れる青木の姿に、洋子はまたクスッと笑ってしまった。







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