第9話 言霊(ことだま)と異能力

 異能力者(トリッカー)蜘蛛男は厄介だった。

 少し広がった甲羅のような背中から、その十数個ある小さなコブが放たれると、その一つ一つが、ムクムクと急成長し、人の大きさの蜘蛛男のコピーとなった。

 十数体の分身を作る異能力なら相当レアな異能力者だが、この男のコブ(分身)は元々人間だった。十数人を改造して異能力蜘蛛男とし、ボスの背中に潜ませておいたのだ。

 わざわざ小型化した理由は単純、もう逃げた瞬間移動小男が、少人数しか同時に運べない異能力だから。

 しかし、厄介だ。

 元々人間だった相手。1人1人に自我がある。

 立体駐車場の柱に隠れ、近寄らせない牽制でしかない拳銃発砲をしていた東郷ヒトミ刑事。この人数では、もはやどうすることも出来なかったが、

「先輩、無事ですか?!」

 大型バイクが飛び込んで来た。

 狙撃場所として封鎖されていた駐車場へ飛び込んで来たのは、もちろん味方。

 到着予想より遥かに早く現着した2人乗りのバイク。

 ライダーは泣き虫ライちゃん(扇 ライチ)。

 となると、

 後ろのもう1人は、

「東郷さん、ライフルです!」

 背負っていたライフルを渡すのは、楯無刑事。

「命令だ。リョウきゅん♡を落とさず急行しろ!」

 何より怖い管理官に命を受けたライちゃん。でも命令が出たので、隣(後ろ)に楯無先輩を乗せ、密着もできた。

 彼女、扇刑事も異能力者(トリッカー)だ。

 そして、薄々気付いている方もいるかと思うが(今の時代ならそれほど珍しくもないかも知れないが)、異能力チームのほぼ全員が「偽名」である。

「本名ですよ。」

 聞かれたら全員そう答えるし、周りも不思議に思わない偽名。名前に暗示が掛けられた偽名。

 これも『言霊』。

 その言霊で異能力を飛躍させたのが彼女『扇 ライチ』。

 異能力は『ライセンス』。

 様々な乗り物を乗りこなす異能力(トリック)。だが、それだけではない!

 警察庁の地下保管庫。ここに待機している乗り物を出し入れ可能。いつでも仕舞え、いつでも目の前に出せる能力。

 彼女の隠れた言霊は『ライ扇(ライセンス)』と『ライチ扇(ライチョウ・ぎ)』

 天然記念物、絶滅危惧種の方ではなく、

 『サンダー(雷)バード(鳥)』のライチョウ。

 任意の乗り物を目の前に出せるという、ドラえ◯んかホイポイカプセルかという便利能力だが、サンダー◯ード2号をイメージして付けられた言霊を持つ。

 こんなダジャレみたいな『言霊』でも能力は育つのだ。ただし、チームメンバーはみんな若い。誰1人気付いてない。管理官と秘書官のみが知る言霊。

 それでも『ライちゃん』と呼ばれるだけで、言霊は強化されていく。ライチちゃんと呼ばないのも、言霊の暗示の力。無意識で『ライちゃん』と呼ばせている。

「鏡を置きます。」

 ライフルの他に持って来ていた、スマホ画面よりやや大きめの鏡を2つ、楯無刑事が東郷刑事の両脇に置いた。

 通信はインカムで仲間とも本部とも可能。東郷刑事が襲撃を受けた報告をするや、

「バイクで向かえ!」

「保管庫のバイクにライフルと鏡!」 

 すぐさま管理官は指示を出した。 

 ライフルを受け取った東郷刑事。

 『東郷ヒトミ』もちろん偽名だ。

 「東郷」「13(ヒトミ)」……分かる人には、あのスナイパーを連想させる。

 立体駐車場の大きな柱に隠れたまま、柱の外に置かれた小さな鏡を覗き込み、柱に向かって連射する東郷。

 鏡に映る小さな敵影で魔物の位置を把握し、柱を貫通させてのライフル射撃。

 敵にはどこを狙っているかは見えない。

 次々に蜘蛛男たちを倒していく。

 敵が鈎爪を投げて来た。

 最初のライフルを両断したブーメランの鈎爪、十体が一度に2つずつ投げて来た?!

 これは避けきれない?!

 ダ!ダ!ダン!ダ!ダン!

 ライフル音ではなく拳銃の連射。

 異能力『直感』で外さない射撃ができる楯無刑事だ。

 一回弾倉を交換し、

「得!利!(う!り!)」

 自分を鼓舞し、ギリギリだったが、見事に20の鈎爪を撃ち落とした。

 命中率を度外視し、マシンガン並の連射ができる特別製のリョウきゅん専用銃だ。

 威力は普通、蜘蛛男本体には効かないが、

 ガーン!ガガーン!

 こちらも特別、必中能力を持つ東郷刑事。一度視認した標的なら、身を隠しても命中させる。空間認識能力にも優れ、小さな鏡に映った相手でも正確な場所を特定できる。

 威力のある弾丸で蜘蛛男を潰していく東郷。

「ヒトミ先輩!楯無先輩!凄いです!」

 ギャラリーと化したライちゃんが歓喜している。自分の異能力も相当凄いレベルなのは、まだ気付いていない。

 最後の一体に7mまで迫られたが、ライフルで完全に倒し切った。

「やったーー!!」

 喜ぶライちゃん。ホッとする先輩たち。

「まだですよ!」

 倒れたはずの最後の蜘蛛男から聞こえた声、

 これは……

❝ムクロ団のクサカ、残念だったな。❞

 弟のスマホが自動でスピーカーとなり、管理官の声が聞こえてきた。本人はまだ警察病院の結界の中にいる。

 蜘蛛男の死骸が変形を始め、4mを超す異形の怪物へと変身していく。

 立体駐車場の天井スレスレまで巨大化した。

「救援部隊はまだ他にいるんですか?」

 ライフルじゃ倒せそうにない怪物だ。

 理性を持たない怪物。喋ってはいるが、クサカの声を介しているだけ、完全な怪物だ。

❝『残念だったな』の意味を知れ、三下!❞

 業火が巨大怪物を一瞬で包み込んだ。

「バカ……な……」

 紛れもない、風林火山の『火』の力だ。

❝セコい手など使わず、警察庁に直接乗り込んで来い!❞

 その台詞をギリギリ聞き取れただろうか?

 巨大怪物は燃え崩れ、クサカとの繋がりは切れた。


 警察病院の結界はまだ機能している。

 中の風林火山は動かせない。

 しかし、巨大怪物を倒したのは、間違いなく風林火山の『火』。


 つまりは、『火』の異能力者(トリッカー)は、もう1人いる??

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