第十八話 陰陽寮お猫様捜索大作戦!(1)

 お兄様の甘い甘い朝の攻撃を受けたところで、私は出勤の準備をしている。

 髪を梳いてきゅっと形を整えると、最後に大きなリボンを櫛で刺した。

 姿見で身ながら、きっちりと『音羽由姫』を完成させると、部屋の扉をあけた。


「お嬢様っ!」


 そこには私専属の侍女である千代がいた。

 あたふたとした様子でこちらに向かってくると、私の手をとってよーく観察している。


「どうしたのですか、千代」


 私の問いかけに安心したようで、千代は笑顔を見せた。


「柊也様から、お嬢様がお目覚めになったとは伺っておりましたが、お元気そうでよかったです」

「ええ、千代にも心配かけてしまいましたね」


 すると、千代は少し遠慮がちに口にする。


「お嬢様、私にはそんなかしこまらないでくださいませ」

「え?」


 恐らく突然敬語になってしまった私の口調についていっているのだろう。

 千代は私と同じくらいで十代そこらである。

 身分が同じであればきっと仲の良い友達……だったのかもしれない。

 この時代では無理でも、きっと千代となら仲良くなって、一緒に街に出かけたり、服を見たり、ゲームをしたり……いろいろできたかもしれない。


 私は千代の手に自分の手を添えて言う。


「千代、じゃあ、これからも頼らせて」

「は、はいっ! もちろんでございます! お嬢様のためであれば、火の中に飛び込むことも滝行をして来いと命じられても喜んでいってまいります!!」

「いや、それは愛が重たいからやめて……!」



 そんな会話をしながら車に乗り込んで、私は陰陽寮へと向かった。

 車といっても人力車である。

 

 周りを見渡すと、まだ朝早いけど、街は活気にあふれている。

 新聞を広げながら歩いている人、それからスーツを着て杖をついた人、それに女学生も数人歩いていた。

 土でできた道路の脇には街灯が立っている。

 この時代背景からすると、きっとガス灯というものだろう。


 大通りに入ると、街並みはより賑やかになってくる。

 煉瓦造りの建物がいくつも立ち並んでおり、身なりのいい人々が町を往来している。


 その一角にあるのが、陰陽寮だ。

 私は人力車から降りると、寮の中に足を踏み入れた。


「おはようございます」


 なんとなく中から人の気配がしなかったため、小さな声で言ってみた。

 扉を開けると、そこには机がいくつか並んでおり、私の席は一番奥にある藤四郎様の前にある。


 そこまでゆっくり歩いていくと、珍しいお客人がそこにいた。


「おこげ!!」

「にゃお~ん」


 私の呼びかけに反応した彼の名は、「おこげ」である。

 おこげはいつも藤四郎様にくっついていて、ごろごろしているのだが、どうしてここにいるのだろうか。


「ちょっと待ってね~」


 藤四郎様の机の近くにある棚から、おこげのご飯を出そう……としたのだが。


「あれ、ないな……」


 なんとそこにはいつもストックがあるはずのおこげのご飯がなかった。

 たまに、ねこまんまをあげることもあるが、従業員のみんなが大層可愛がっていて高級な猫缶を貢いでいる。

 それがたくさんあるはずだったのだが、今日はどうしてか見当たらない。


「にゃお~ん……」

「そうか、お腹すいたのか」


 おこげに何かあげようかと思って、彼を撫でたその時だった。


「あっ!!」


 彼は首輪につけた鈴を鳴らしながら、軽やかに机の上にある書類を渡っていく。

 そして、おこげは窓の縁に足をかけた。


「ダメっ!!」


 私はおこげを捕まえようと窓に飛び込んだが、時すでに遅し。

 彼は二階の窓から飛び降りて走って行ってしまった。


「待ってっ!!」


 まずい。

 大変まずいことになった。

 おこげは外猫ではないし、藤四郎様が大事に大事に飼われているお猫様だ。

 万一、脱走したことが知れたら、私は……。


「由姫?」


 後ろから聞こえた声に私はゆっくりと振り返った。

 とてもこわばった表情を浮かべて、今聞こえた声は一体誰なのか、とその姿を確認する。


「琉衣……」


 そこにいたのは、淡い青碧色の髪をした琉衣だった。

 彼はその漆黒の瞳をまっすぐにこちらに向けて言う。


「あ……見ちゃった……」


 そう呟いた──。

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