第十六話 帝都女学生失踪事件(5)

 私たちは監禁現場と思われる場所に向かった。

 寮だったその建物はかなり古く、今にも幽霊が出そうな気配がしてぞくりとした。


「うぅ……」


 思わず漏れてしまう声をなんとか押し込めようとするが、顔に出てしまう。

 すると、誰かが私の手をぎゅっと握り締めてくれた。


「え……」


 暗くてその手は拓斗の手なのか、楓の手なのかわからなかった。

 でも、そんなあたたかさが今の私には心強くて、その手を少し遠慮がちに握り返す。


「大丈夫。ありがとう」


 そう告げて、私はゆっくりと手を離した。

 私たちは暗がりの中、慎重に奥の部屋へと進んで行った。



「おや、招待したのは由姫だけなんだがね。君たちも来たのか」


 奥の大部屋にたどり着いた瞬間に私を監禁した人物の声が聞こえてきた。

 ぼわっと薄暗いその部屋はわずかな灯りがあるだけだ。


「意外と早くてびっくりしたよ。もう少し刻限を早めたほうがよかったかな?」

「ふざけないで!」


 誘拐犯の言葉に私はそう告げた。

 人の命を弄びながら平気でそんなことがいえるなんて、許せない。


「女学生たちの首輪を外せ」


 楓が誘拐犯にそう伝えると、誘拐犯は驚いた顔をして私に視線を送った。


「由姫、君は自分の首輪のことは言ってないのかい?」


 拓斗と楓が共にこちらを見た。


「由姫、まさか」

「私は大丈夫。私は……」


 私は楓にそう言ったが、「大丈夫」と落ち着かせたいのは自分の心かもしれない。


「お前、ふざけんな! なんで早く言わねえ!」

「拓斗、ごめん……」


 二人に余計な心配をかけさせてしまったことに申し訳なさを感じる。


「由姫、君は変わったね。そんなに自己犠牲の精神があっただろうか。なんだか、それは……」


 その瞬間、一気に空気が変わった。

 そうして誘拐犯は包丁を取り出すと、私の方へと一直線に向かってきた。


「由姫っ!」


 拓斗の叫びを聞き、私は術を発動させようとした。


「詠唱略式! 光輝の毬!」


 しかし、そこで自分の失態に気づいた。

 首輪のせいで私は術を封じられていることを忘れてしまっていたのだ。

 さらに言えばそのことを二人は知らない……。


「由姫っ!!」


 楓の声でふと我に返って誘拐犯の攻撃を避けようと動くが、初手の動きに失敗したせいで間に合わない。

 私は刺される覚悟で目をつぶった。


 しかし、想定の痛みは訪れない。


「拓斗……」

「たくっ! 間に合ったか」


 拓斗が寸でのところで私と誘拐犯の間に入り、刀で攻撃を受け止めてくれた。

 すると、誘拐犯は堰を切ったように逆上する。


「邪魔するなよ!!!! 由姫はここで死ぬんだ、僕と!!!」

「ふざけんなっ! 死なせるかよっ!」


 拓斗はそのまま一気に彼を押し返すと、誘拐犯はその場に倒れた。

 しかし、彼はすぐさま起き上がるともう一度拓斗に標的を変えて襲ってくる。


「由姫は僕のものだ! 僕の……」

「そんな『もの』みてえにいうやつが俺は一番嫌いなんだよっ!」


 拓斗の言葉が気にくわなかったのか、誘拐犯は爆弾の起動ボタンに手をかけた。


「由姫っ! 伏せてっ!」


 後ろから聞こえた楓の言葉に従ってしゃがむと、私の頭上を短刀が飛んでいく。


「んぐっ!」


 楓の放った短刀は拓斗の腕の合間をすり抜けて、犯人の左手に刺さり起動装置が地面に落ちた。

 すかさずその起動装置を拾おうとした誘拐犯の手を、拓斗が蹴り上げた。


 しかし、そうして蹴り上げたことで緩んだ拓斗の手を誘拐犯が隠し武器の小刀で刺した。


「拓斗っ!」


 私は詠唱の構えで手を合わせるが、発動しない。


 発動してよ! お願い!!!


 その言葉に呼応するように、私の首輪が一瞬熱くなって地面に落ちた。


「外れた!」


 どうして外れたのかわからないが、私は急いで詠唱する。


「汝、これに応えよ! 水泉!」

「んぐっ!」


 誘拐犯が私の攻撃で目を閉じた瞬間に、拓斗と楓が同時に彼のみぞおちを打って気絶させた。


「よ、よかった……」


 そう思った瞬間、楓が叫んだ。


「拓斗、離れるぞ!」


 なぜ拘束した彼を離すのかわからずに戸惑った。

 しかし、二人が危機一髪で彼から離れた途端、彼の首輪が一瞬光った。

 そして、轟音と共に彼は首輪の爆発によって息絶えたのだ──。



 その後、私たちは隣の部屋にいた女学生たちを無事に保護した。

 誘拐犯は爆発による体の大部分のやけどと損傷で死亡し、彼は自殺として処理されることとなったそうだ。


 私たちも拓斗はわずかな切り傷、楓と私は無傷で陰陽寮へと帰還したが、勝手に飛び出した私は命令違反だとしばらく謹慎することとなった。


 こうして帝都で起こった女学生失踪事件は、幕を下ろすこととなった──。

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