第十五話 帝都女学生失踪事件(4)

 私が陰陽寮に着く頃にはすっかりもう日が暮れる頃になっていた。

 拓斗を助けるためにもこの体には鞭打って走ったが、すぐに息が切れてしまう。


「はあ……はあ……」


 これは本格的に今度体を鍛えなければならないのかもしれない。

 考えれば、転生したことに気づく前の私は走るなんてことしてなかったから、体がそれに順応していないのは当たり前だった。

 そんなことを考えているうちに、陰陽寮にようやくたどり着いた。


「お嬢様! 今までどちらに!」


 玄関口で心配そうに立っていた千代が私を見つけて駆け寄ってきた。

 私はなんとか息を整えて言う。


「千代……藤四郎様、いますか?」

「いらっしゃいます! 藤四郎様のお部屋で皆さま心配なさっていて」

「わかりました! ありがとうございます!」


 私は急いで藤四郎様の部屋に向かおうとして、一瞬立ち止まった。

 振り返って、千代に声をかける。


「千代、心配しないでください。私は大丈夫ですから。寒い中外で待っててくださってありがとうございます!」

「は、はい! いってらっしゃいませ!」


 千代は深々と私に頭を下げた。


「いってきます!」


 千代にそう伝えて、私は藤四郎様の部屋へと急いだ──。



「由姫!」

「お前、無事か!?」


 藤四郎様の部屋に入ると、彼の机の前に拓斗と楓がいた。

 それぞれ私に声をかけてきてくれた。


「ごめんなさい! 私は無事なのですが、急いで伝えたいことがあり……」


 そう言って私は藤四郎様の元へと歩み寄った。


「ちょうど藤四郎様に由姫がストーカーに遭っていることとあの脅迫状のことを伝えてたんだ」


 楓の手には、私に届いたあの脅迫状があった。

 どうやらその脅迫状と共に二人は藤四郎様に先に報告をしてくれていたらしい。


「お前あの後飛び出した後、全然戻らねえから」

「ご、ごめんなさい……」


 子どもを叱るように私に伝える拓斗だったが、その声色からは心配の色が滲み出ていた。


「由姫、その様子だとなんかあったのだろう? 仔細を説明しなさい」


 険しい表情で言う藤四郎様の声が部屋に響き渡った。

 私は深く頷いて、起こったことを順番に説明していく。


「ストーカーのことはお二人が話してくださっているのですよね?」


 私の問いかけに拓斗と楓が頷いた。


「あの後、街である噂を耳にしました」


 私はヤマトから聞いたことは伏せて、三人にそう伝えた。

 すると、藤四郎様が腕を組み直して告げる。


「女学生失踪事件か」

「ご存じだったのですか!?」

「ああ、ちょうど警察部からその情報が届いていた。女学生が何人も失踪しており、失踪届が出されていた。アヤカシの可能性があるため、調査依頼がきた」


 失踪事件のことに加えて、アヤカシの言葉が出たことにより、拓斗も楓も一層険しい表情になった。


「アヤカシ関与は確定なのですか?」


 楓が藤四郎様に尋ねると、藤四郎様は静かに頷いた。


「失踪に関して、一件事件現場から『妖術痕』が出た」

「なっ!」


 拓斗が驚きの声を漏らした。

 術式使いが術を使った直後には、『妖術痕』が残る。

 術式使いは一定以上の強さを持ったアヤカシしか使えないため、妖術痕が実際に確認されるのは数ヵ月ぶりだった。


 藤四郎様もある程度の事情がいっているならば、話は早い。

 私は先程までのことを告げる。


「藤四郎様、その失踪事件と私のストーカー犯が統一人物であることがわかりました」


 私の発言に拓斗と楓は驚き、私の方を見た。


「確かなのか?」

「はい、犯人にさっき会ったので」

「会った!?」


 藤四郎様の質問に答えた私に、拓斗がさらに驚きの声をあげた。


「誘拐犯は女学生の命を人質にしています! どこかに女学生が監禁されて、それから首輪をつけられています」

「首輪?」


 楓の言葉で私はドキリとした。

 自分も同じく首輪をつけられていることは隠したくて、さりげなく上着の襟元をあげた。


「その首輪には爆発物が仕掛けられていて、明日の日没までに監禁場所、そして誘拐犯を見つけないと爆発させると」

「まじかよ……」


 誘拐犯から言われた情報を伝えると、拓斗はため息をつきながらそう言った。


「なので、時間がありません!」

「そうだね、とりあえず監禁場所の特定を急ごう」


 楓が壁に貼っている地図の前に言って考え込む。

 私も後を追って地図を眺めた。

 全員で地図をくまなく確認して、監禁に適しているような場所を探していく。


「彼はこの勝負を楽しんでいるようでした」

「由姫に構ってもらえるのが、嬉しいのかもしれない」


 楓がそう分析すると、拓斗が「胸糞わりぃ」と吐き捨てた。


「監禁できる場所……」


 そう言っても帝都にいくつもあるだろう。

 倉庫も考えられれば何かの施設、私が監禁された空き家の可能性も高い。


 そこまで考えて、誘拐犯のある部分に気づいた。


「そういえば、彼……何か鼻のつく匂いがしました」

「匂い……」


 そうだ。

 彼から何か嗅いだことのある匂いがしたのだ。

 あの匂いは何だろうかと私は口元に手を当てて考えた。


「あ……イチョウ……。銀杏を踏んだ後の匂いがしました!」


 私の言葉にピンときた様子で楓が地図を凝視した。

 そしてある一点を指さす。

 そこは帝都でイチョウが多く植えられている場所だった。


「なるほど」


 その場所を見た藤四郎様が呟き、言葉を続ける。


「そのイチョウ通りのすぐ近くに今は使われていない寮があるはずだ」

「じゃあ、そこに……」

「ああ、失踪事件の容疑者は、そこの近くにあった東柊ホテルで給仕をしていた」


 藤四郎様からの情報を聞いた私と拓斗、楓は目を合わせた。

 そうして藤四郎様から命が下る。


「拓斗、楓。両名に女学生失踪事件の解決を命ずる」

「承知!」

「承知しました」


 藤四郎様の命に拓斗と楓は返答し、部屋を後にした。


「藤四郎様、私も行ってきます!」


 彼の引き留めも聞かずに、私は二人の後を追った──。

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