第十四話 帝都女学生失踪事件(3)

 私が幼い頃、お兄様と一緒に音羽家の別邸に訪れたことがあった。

 そこは帝都からも少し距離があって、とても静かな場所で緑も多い場所だった。


「おにいさま、かくれんぼしましょう~」


 尋常小学校に入るもっと前の小さな頃だったと思う。

 私は公爵令嬢ということもあって、お父様の仕事関係の人や家の使用人さんたちからも可愛がられて育ったように思う。

 特にお兄様には溺愛されていて、その自負もかなりあった。

 そんな私の遊びの誘いに、お兄様はもちろん乗ってくれる。


「いいよ。由姫の好きなかくれんぼをしよう」

「わかったわ! じゃあ、わたくしがかくれるから、おにいさまがみつけてね」

「ああ、わかったよ」


 お兄様が庭の木に腕を当てて、顔をそこにうずめた。

 数えだした声を聞くと私は急いで走って隠れる。

 私はすでに身を隠す場所を決めていた──。


「ふふ、ぜったいにわたくしのかちよ」


 当時の私は自分の勝ちを確信していた。

 なぜなら、お兄様はこの別邸をあまり訪れたことがなく不慣れだったからだ。

 私は侍女の千代となんどもこの別邸に来ており、経験値が違った。


「ここなら……」


 私はある蔵の中……ではなく蔵の後ろにある小さなくぼみに体を隠した。

 ここは小さな体でないと身を隠せない上に、死角が多くて見づらい。

 ここを知っているのは、私とよく遊ぶ千代くらいのものだ。


「ふふふ」


 私は自分が勝つ想像をして笑った。


「ふふ、いくらおにいさまでも、ここはわからないわ」


 そう言って自分の勝利の確信とお兄様に勝った褒美に何をもらおうかとまで想像を膨らませていた。

 でも、そんな想像も一気に泡となって消えてしまう。


「誰がわからないって?」

「え……」


 聞き覚えのある声が自分の頭上から降ってきた。

 あまりに見つけるのが早すぎて、最初は自分が「見つかった」と理解できなかったほどだ。


「おにいさ、ま……なんで、ここが……」

「ふふ」


 お兄様は私に手を差し伸べた。

 まずは出てきてから話をしようという意味らしいので、私はそれに従う。

 私がくぼみから出てくると、私の視線まで目線を合わせて屈んで私の頬に両手を添えた。


「捕まえた」

「むう……」


 私は不満げに頬を膨らませた。

 どうしても納得ができずにお兄様から目を逸らすが、やっぱり自分が見つかった理由が知りたくてお兄様に尋ねる。


「どうして、ですか?」

「ふふ、由姫。お願いをするときは?」

「なっ!」


 ここへ来て、お兄様は私へ「お願い」を要求している。

 私はこの「お願い」が嫌なのだが、お兄様は目の前で嬉しそうにしながら待っていた。


 私は仕方がないとため息を一つつくと、私は「お願い」をする。


「おにいさま。教えてください……ませ……」

「由姫」


 そうだ。

 この「お願い」ではお兄様は私の願いを聞き届けてくれない。

 私は覚悟を決めて、小声で言う。


「教えてください……にゃん……」

「かわいい~!!!!」


 お兄様は私に思いっきり抱きついた。

 ちょっとこの愛情表現はおかしい気がすると、私は思う……。


「さて、由姫。どうしてここに隠れたんだい?」


 お兄様は私に解説を始める。


「それは……」

「私が別邸に不慣れだと思ったからかい?」


 お兄様に言い当てられて、私は驚いた。

 そうしてお兄様はジャケットのポケットから地図を取り出して私に見せた。


「これは?」

「別邸の地図だ」

「そんなものがあったのですか!?」


 初めて見る地図に私は驚いた。


「由姫、君は自信家だ」

「え、ええ……」


 どちらかといえばそうだと思う、と私は頷いた。


「そんな自信家の由姫が『不慣れな者』と遊んだ場合、必ず『自分しか知らない場所』に行くだろう」

「でも、それはみんな同じじゃないの?」

「ああ、だがこの場所に来たのにはもう一つ理由があるはずだ」


 お兄様に言われて私はドキリとした。

 そう、ここにお兄様が来ないと予想していたのにはもう一つ理由があった。


「私が『犬嫌い』だと思っていたから、ここに来たのだろう?」


 この場所に来る途中に実は別邸で飼っている飼い犬の小屋があるのだ。

 お兄様は犬嫌いなため、そこを通れないと思って私はこの場所を選び隠れた。


「そうです。どうやってここに……」

「ふふ、いいかい、由姫」


 そう言ってお兄様は人差し指を立てて、自身の唇につけて言った。


「『本当の弱点』は人に教えてはいけないよ」

「では……」

「こういう時にこそ役に立つ」


 お兄様は少し悪い顔で笑った。

 つまり、私はお兄様に長い間『犬嫌いだと思わされていた』のだ。


「由姫、目に見えるものだけを信じてはいけない。常に相手の立場で、そして常に相手の先を考えなさい」




 そんな昔の話を私は思い出していた。


「目の前にあるものだけを信じてはいけない……」


 私は誘拐犯に監禁されたこの場所をもう一度よく観察し、そして相手のことを考えてみた。


「ストーカー、粘着質、そしておそらく土地勘がある。彼の言葉をもう一度……」


 誘拐犯とのやり取りを思い出してみた。

 おそらく彼は「私にこの部屋の鍵を見つけたがっている」と思われる。

 そんな彼はこの部屋のどこかに隠すはず。


 そして彼の送ってきた脅迫状をふと思い出すと、ある違和感を思い出した。


「あの手紙……不自然な点のマークが一つあった…」


 もし脅迫状がこの部屋を示していて、その点に鍵があるとすれば……。

 私は点が記されてあった部屋の右角に向かってみる。


「あった……!」


 部屋の隅にあった棚の裏側に鍵が貼り付けてあった。

 私はその鍵を持って、急いで部屋の扉へと走った。


 鍵は案の定すんなりと入り、扉が開かれた。


「出られた……」


 そうして扉の反対側に回った時に、何か紙がドアノブについているのに気づいた。

 そこにはこう書かれていた。



『僕とのこと覚えててくれたんだね、嬉しいよ。さあ、もっと愛し合おう。君と僕と…』



 私はその手紙を手に握り締めて、陰陽寮へと走った──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る