第十二話 帝都女学生失踪事件(1)
肌寒さを感じて私は目を覚ました──。
ぼんやりとする頭と薄暗い視界の中で少しずつ情報を仕入れていく。
だるい体は一度放置して、視線だけを動かしてみるとここは小さな部屋だということがわかった。
「私、なんでこんなところに……」
西洋風の家なのだろうか。
見える範囲で赤いレンガで作られた暖炉や木のテーブルに四人掛けの椅子が見える。
そこで自分自身の体のいうことが効かない理由がわかった。
どうやら私は椅子に座ったまま縄で縛りつけられているらしい。
そして状況を把握している数十秒の間に、私は直前であると思われる記憶を思い出した。
「薬をかがされて、それで……」
微かに鼻に残っている薬品の香りが記憶を呼び起こさせた。
自分の記憶と今の状況からして、何者かに襲われて監禁されている可能性が高い。
だけど、何の為に誰が……?
「ふふ、起きたんだね」
考えを巡らせていた私に誰かが声をかけた。
その声の主は暖炉の横にある階段から上ってきて姿を見せた。
「ストーカーさんね」
階段を上って私の傍まで来た彼に、見覚えがあった。
一年前のパーティーの給仕をしており、ヤマトが言っていた女学生の失踪に関わっている人間だった。
私の記憶が正しければ、彼はこう呼ばれていたはずだ。
「せいた、さん」
私が彼の名前を呼んだ途端、彼は目を見開いてそして嬉しそうににやつく。
「嬉しいよ、由姫! 君が僕の名前を憶えててくれたなんて」
「ええ、あの洋館の執事さんがそう話していたのを聞いたわ」
一年前に彼の名前を聞いていたのだが、上司だったのか彼を執拗に「せいた!」と怒鳴っていたので覚えていた。
彼を不憫だとは思ったが、私は忙しさのあまり彼に声をかけることはなかった。
「ああ、やっぱり美しいよ」
そう言って私の顎をぐいっと持ち上げた。
「やめてっ!」
私は顔を逸らして彼に反抗した。
その反応すらも彼を喜ばせてしまったようで、彼は不気味なほどに目を細めて声を出さずに笑う。
「僕は君が大好きだよ」
「申し訳ありませんが、私はあなたとお付き合いすることはできません」
そうきっぱりと告げるが、内心は震えている。
アヤカシや犯罪者と対峙したことがある私は、彼が「私の一言で死をも厭わない」ほどの人物であることを感じ取っていたからだ。
私は彼を刺激しないようになんとか言葉を選んで話そうとするが、彼はもう一種の興奮状態に入っているらしい。
「ああっ! なんて素敵なんだ!! 君が僕の手のうちにあるなんて! ああ、なんて素晴らしい!」
私はできるだけおとなしくして刺激をしないようにしているが、彼は自らどんどん想いを溢れさせていく。
私への愛と共に、女学生への歪んだ愛が彼から発せられる。
「あなたはどうしたいの? 女学生さんたちを誘拐してどうしたいの?」
その言葉の何が彼の感に触ったのかはわからない。
だが、その言葉を皮切りに空気が一変した。
「僕はね、君と一緒になりたいんだ。でもね、君のまわりにはたくさん厄介な人がいてなかなか近づけなかった。だから、『代わり』の用意したんだ」
「なっ! それが女学生さんだったっていうのですか!?」
私は思わず声をあげてしまった。
彼は不気味に微笑みながら、私の顔にぐいっと自らの顔を近づけた。
そして、彼はナイフを取り出すと私の頬にくっつけた。
ひんやりとした無機質な感覚が伝わってくる。
「ふふ、いい子だからそのままじっとしてろ」
ナイフを当てたまま、彼はもう一方の手で私の首に素早く何かを取り付けた。
またしてもひんやりとした感覚に襲われて、見えない恐怖に襲われる。
「な、に……これ」
「ふふ、く・び・わ」
せいたはなんと私に首輪を取り付けたらしい。
首輪をつけられたこともつけたこともこの人生において一度もないが、なんとなく異様な「何か」が取り付けられていることは感じた。
そして、それについて自身の感覚を元に探っていると、意外にも彼からすんなりと答えを聞けた。
しかし、それは絶望的な言葉だった──。
「それは小型の爆弾がついた首輪だ」
「なっ……!」
私は思わず息を飲んだ。
まさか本当にそんな漫画みたいなことがあるなんて思わないじゃない。
彼は両手を大きく広げて私に言う。
「さあ! 君と命の駆け引きをしよう」
「駆け引き?」
「そう、もちろん君の命じゃない。『君たちの命』だ」
彼は何を言っているのだろうか。
そう思った次の瞬間に、私は彼の意図を理解したような気がして背中がぞくりとした。
そして、私の嫌な予感は的中することになる。
「明日の日没までに女学生たちの監禁場所と僕の居場所を見つければ、君の勝ち」
「……できなければ?」
「これで女学生の首輪も君の首輪も、そして僕の首輪も全て同時に爆発する」
「なんてこと……」
私は唇を強く噛みしめた。
つまり自分の命を握られただけでなく、人質も握られたというわけだ。
彼は愉快そうに笑い声をあげながら、私の耳で囁いた。
「たまらないね。このぞくぞく感」
「何もおもしろくない」
私の睨みに凄むことなく、むしろご褒美だとでもいうように嬉しそうにしている。
そうして彼は最後に言った。
「待っているよ。君と一緒になれることを」
そうして彼は私を置いて去っていった。
私の命をかけた勝負は、こうして始まったのだった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます