第八話 なぜ私と彼は恋人なのか

 私が転生したことに気づく一カ月前のこと──。


「ストーカー?」


 拓斗が怪訝そうな顔で私に返答した。


「なんだか私のことをじろじろと見てて、変なのよ!」

「気のせいじゃね?」


 私の訴えを真に受けない拓斗に対して、楓は違う反応を見せた。


「由姫がこんなに言ってるってことはなんかあるんじゃないの?」


 楓はどうやら私の言葉を信じてくれるらしかった。


 アヤカシ討伐を終えた後、拓斗と楓と私の三人はは陰陽寮へと戻る道の途中で私のストーカー対策について話していた。


 なぜかここ数日私への視線を感じることが何度もあり、段々それを感じる頻度と増していった。

 さすがにアヤカシ討伐を一般人に見られてはならないと思い、夜は変装したり巻いたりしていたのだが、なかなか対策も尽きてきて限界が来たので二人に相談することにした。


「ああ、それで最近変な格好してたり、急に巡回変わってほしいとか言ってたんだ」


 楓は最近の私の行動に納得がいったようで、うんうんと頷いている。


「そうなのよ! まあ、きっと私のこの美貌に虜になった殿方の恋慕ですわね!」


 そう得意げな表情を浮かべながら、私は長く美しい髪をさらりと流して言う。


 が、突然私と共にいたはずの彼らの気配がなくなって、私は立ち止まった。

 気づくと拓斗と楓の二人は、私よりも後ろにいて立ち止まり、その顔はなんとも言えない表情である。

 いつもならとんでもなく険悪な雰囲気を漂わせる二人であるにも関わらず、こんな時だけ私を非難するような……いえ、可哀そうなものを見るかのような目で見つめてきている。


「ちょっと! なによ、その目は!!」

「いや、かわいそうだなって」


 私の訴えかけに、拓斗が非常に冷たい声で言った。

 それに賛同するように、楓も意見を言う。


「かわいそうってか、哀れだよな」


 二人は気の毒なものをみる目で私を見た。

 そんな彼らに私は指を指しながら、はっきりとした口調で言う。


「もう! その目は私のことを信じておりませんわね!?」

「ああ」

「ああ」


 私の本気の困りごとに対して、二人はなんとも冷たい反応である。

 私は両手の拳を握り締めて怒りを表わそうとするが、淑女たるものそんな簡単に感情に支配されてはならないと自制してなんとか唇を噛みしめるのみにとどまった。


「まあ、いいですわ。もう二人が頼りないことがわかりましたので」


 私は相談する相手を間違えたと考えながら、二人を無視して陰陽寮へと戻ろうと背を向けた。

 しかし、その瞬間に彼らの空気が変わった。

 どうやら二人とも私に「頼りない」と言われたのが癪らしく、こちらにつっかかってくる。


「生意気なこというじゃねえか、由姫のくせに」


 拓斗が私のすぐ近くまで歩みを進めて言った。

 そんな彼に珍しく賛同して楓も言う。


「ほんと、高飛車で傲慢なお姫様だよね~」


 そんな二人の挑発に乗らないように心を静めながら、私は陰陽寮へと歩みを進めた。

 しかし、楓が意外なことを口にする。


「拓斗に恋人のふりをしてもらえばいいじゃん」


「は?」

「へ?」


 楓の発言に私と拓斗はそれぞれ返答した。

 楓は左右で色の違うその瞳を細めて、私と拓斗を交互に見つめた。

 彼の薄めのその唇は弧を描いて開かれる。


「だってそのストーカーは由姫を『女』としてみてるってことでしょ? じゃあ、簡単じゃない。由姫に恋人がいるってわかればどっかいくでしょ」

「そんな簡単な……」


 彼の提案に私は難色を示した。

 しかし、意外なところから意外な言葉が出る。


「ああ、そうだな」

「……へ?」


 そんな陳腐で子供みたいな作戦を誰よりも嘲笑いそうな拓斗が両手を開いて賛同している。

 うそでしょ、なんでそんな馬鹿みたいな作戦に乗ろうとしているの。


 そんな風に考えている時、私はある考えがよぎった。

 なるほどね、ついに二人とも私の魅力に気づいて、他の男にとられまいとしているわけね!

 そうしか考えられないわ!

 だって同じ職場にいてこーんなにも魅力的な私を無視したり、蔑んだ目で見ようなんてやっぱり二人は今までどうかしてたんだわ!


 ……そんな風に思っていた私の心は、二人の会話によって脆くも簡単に打ち砕かれた。


「ふん、ストーカーから守る『騎士』様は楓、お前にぴったりじゃないか」


 拓斗がからかうような表情で楓に言う。


「俺はしねえよ」


 それに対して楓は言い返したが、拓斗は言葉を続ける。


「いいや? お前、由姫のこと好きなんだろ?」


 拓斗の言葉を聞いて、私の推察は間違っていなかったと感じた。

 ほら! やっぱり私のことが好きなんじゃないのよ!


「そんなわけないだろ! 由姫を好きになるなんて、絶対にない! こんな高飛車で傲慢で化粧の濃い女!」

「なっ!!」


 なんてことを言うのだこの男は!

 こんなに魅力的で美しくて完璧な私に「高飛車で傲慢」ですって!?

 しかも化粧が濃いだなんて、私はうら若き乙女ですし、そんな厚化粧してないわよ!

 そんな風に反論しようとした私の横で拓斗がお腹を抱えて笑っているではないか。


「はっ…化粧の濃い……くく……」


 拓斗は楓による私への悪口が相当ツボに入ったらしく、うずくまるほど笑っている。

 楓による悪口は滝のようにどんどんと溢れてきては、全て私に打ち付けていく。

 いよいよ耐えられなくなった私は、楓に文句を言う。


「信じられないっ! この私に向かって侮辱の言葉を浴びせるなんて」

「そうだよな、許せねえよな、由姫」


 私の怒りに乗っかかるようにして、拓斗が言った。

 そうして私はまんまと拓斗の思惑にはまって、こう口にしてしまったのだ。


「ええ、許せませんわっ! こうなったら楓! 私の恋人のフリでもなんでもしてストーカーをどうにかしなさい!!」




 ああ、思い出してしまった──。

 私はあの時の言葉を楓に謝罪する。


「ごめんなさい、あなたにすごく迷惑をかけました。恋人のふりをしてくれだなんて」


 敬語に引き続いて「高飛車だった」私が素直に謝ったことに、楓は大きな戸惑いを見せた。

 彼は小さな声で、「え……え……」と何度も呟いているではないか。

 彼に謝って恋人のふりをすることはやめよう。

 そう提案しようとした時、医務室に千代が入ってきた。


「千代?」


 彼女は私の傍まで来ると、封筒を私に手渡す。


「由姫様、こちらを……」


 それを受け取った私は、その宛名の字を見て構えた。

 その宛名には新聞の切り抜きを使用されており、まるで犯人からの犯行予告のように不気味な雰囲気を醸し出していたからだ。

 私は顔を歪ませながらゆっくりとその封をあけると、中には一枚の紙が入っていた。


「わっ!」


 その紙を開いた私は、思わず手紙を落としてしまった。

 心臓が大きな音を立て、そしてどんどん息苦しくなってくる。

 ひらりと床に落ちた手紙にはこう書かれていたのだ。



『愛する由姫へ


 今夜あなたの心臓を奪いに行きます』



 それはまるで血のような赤い文字で書かれていた──。

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