第七話 本宮楓という人
楓は入口の扉にもたれかかり、腕を組んで立っていた。
彼は壁に頭をくっつけながら、私に問いかける。
「由姫、そいつに抱えられて帰ってきたってほんと?」
なんとなく低くて機嫌の悪そうな声が私に届いた。
彼はゆっくりと私との距離を詰めながら、尋問のような雰囲気を漂わせてくる。
私は彼にありのままの状況を答える。
「いや、えっと。私自身、ここに帰ってきた記憶ないからわからなくて。でも、そうだって聞いてる……んだけど」
私の言葉を聞くたびにどんどんと楓の顔が曇っていくのがわかった。
「まずい」と、そう自分の中の本能が警告してくる。
ゆっくりと私の傍まで来た楓は、真っすぐに私の瞳を見つめていた。
左右で異なる色をした珍しいその瞳に捕らえられて、私は思わずその場から動けなくなってしまった。
「あ、あの……」
私が声を発したその時、楓は私の腕をぐいっと引っ張って強く抱きしめた。
「え……?」
気がつくと楓の腕の中にすっぽりと収まっていて、思考が停止した
よく考えても見てほしい。
私は本日二度目のハグを食らっており、恋愛経験の浅い私がそれを受け止められるはずがない。
こんなイケメンに何度も抱きしめられて、私は明日死ぬのだろうか、なって思っていたが、ふと違和感を感じた。
お兄様はともかくとして、楓はこんなに甘い雰囲気を漂わせるようなキャラだっただろうか。
それとも何かの作戦なのだろうか。
そんな風に考えていると、後ろから拓斗の声が聞こえた。
「おい、俺への当てつけに由姫を使うのはやめろ
拓斗が楓に向かって言った。
すると、私をより強く抱きしめながら、楓が反論する。
「なに? 由姫はお前の所有物じゃないんだけど」
「あ……その……」
いや、私を挟んでそんな険悪な雰囲気を漂わせないでほしいのですが……。
しかし、私の願いも虚しく口喧嘩はなおも続く。
「ふざけんな、離れろ」
「い・や・だ・ね! お前こそこいつを抱いて帰って来るなんてどういうつもりなわけ、喧嘩売ってんの?」
「は? お前にいつ喧嘩売ったんだよ」
「今、この瞬間も」
「……」
「……」
あのー、私ずっと抱きしめられてて大丈夫なんでしょうか。
まさかこのまま二人の闘争に巻き込まれたりしませんよね?
この二人、顔を合わせればなにかしら喧嘩になってしまうから、いつもお兄様や藤四郎さまが止めてるけれど今は私しかいない。
どうやら私が止めるしかないようなので、私は勇気を振り絞って二人に声をかける。
「ねえ、落ち着いてください、楓。ほら、拓斗も傷に触りますよ?」
「……へ?」
「……ん?」
私の言葉を聞いて、楓は勢いよく私の体を離して顔をまじまじと見つめてくる。
おかしなことを言っただろうか、と考えていると、楓が私のまわりをグルグルと回って全身をくまなく見ていく。
「あの……何かありました、か?」
そんなにレディの身体をなめまわすのはいかがなものかと思います。
私の心の声は楓に届いていないらしく、彼は私に顔をぐいっと寄せると、首を傾げながら言う。
「なんで、敬語なの?」
「あ……」
ああ、そういうことですか。
私が敬語を話すようになってから、もとい前世の記憶を取り戻してから初めて楓に会ったのよね。
つまり楓は私の敬語口調が気になったわけだ。
よし、お兄様にも言ったけど改めて二人にも伝えなくてはならないわね。
私は軽く咳払いすると、二人に言う。
「私から、お二人にお伝えしたいことがあります」
一体何が始まるのかと言った様子で、拓斗と楓は私をじっと見つめている。
イケメンにじっと見つめられるなんてどんな罰ゲー……いや、幸福なことなのだろうと自分に言い聞かせて宣言する。
「私、音羽 由姫は生まれ変わりました!」
「……は?」
「……ん?」
私は自分の胸に手を当てて、まるで演説をするかのように言った。
そんな私の妙に自信満々な様子に、二人ともきょとんとした顔で見つめてくる。
二人の反応は少し違っていて、拓斗はまたこいつなんか言ってるな、と怪訝そうな表情で見てきているが、楓は心配そうに見てきている。
しかし、この場合は二人とも「頭がおかしくなった」という前提の「怪訝」と「心配」である。
それでも拓斗のほうがなぜか幾分いつもより柔らかい反応のように思えた。
一方、楓は何か思ったことがあったようで、私の顔を覗き込みながら問いかける。
「由姫、やっぱり拓斗になにかされたの?」
「俺を疑うな、俺をっ!」
私の宣言は、拓斗を疑わせてしまう原因になったようだ。
私は必死に身振り手振り使いつつ、否定した。
「いえ、そうじゃないんですっ! 拓斗はアヤカシとの闘いで気絶した私を陰陽寮まで運んでくれただけです! ……たぶん」
「なんで、そこ信用してないんだよ!!」
私の最後付け加えを聞いて、拓斗が突っ込んだ。
しかし、この反論が拓斗と楓の口喧嘩の再発のきっかけになってしまう。
「ほらっ! 由姫がこう言ってる!」
楓は拓斗に食って掛かった。
しかし、拓斗も言い返す。
「気絶してんだから、わかるわけねえ~だろ!」
「あっ! 認めたね!? 由姫に何かしたんだ!」
「だからしてねえって!!」
私の一言を皮切りにどんどん話がややこしくなってしまった。
二人の言い合いを止めるべく、私は大声で叫ぶ。
「神様からのお告げが来たんですっ!!」
「は?」
「へ?」
私の告白に、拓斗と楓はぽかんとしているではないか。
仲が悪い癖にその表情はそっくりなのだが、そんなことを言ってしまえば二人とも怒るだろう。
私はさっきお兄様に言ったのと同じように説明を続ける。
「神様のお告げが来たんです。私はアヤカシに殺されちゃうから、みんなに優しくしなさいって!」
私の「お告げが来た」宣言に戸惑っている二人だったが、少し思うところがあるようで楓が私に尋ねる。
「……それで、敬語に?」
「あ、はい」
私は楓に返事をした。
すると、楓は顎に手を当てて何か考え込んだ後、私にさらに問いかけてくる。
「じゃあ、いつもの高貴で自信満々で派手好きなあの由姫は卒業ってこと?」
「え、ええ。そうですね、今まで皆さんにご迷惑かけてたんじゃないかと思いまして」
私がそう答えると、楓はもう一度神妙な面持ちになった。
そうして楓は私に尋ねる。
「じゃあ、もう俺との恋人ごっこは終わり?」
楓の言葉を聞いて、私は大事な「設定」を忘れていたことにようやく気づいた。
私は楓と今、恋人のフリしてたんだったってことに──。
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