第五話 だから、そんな色気振りまかないで!
なんだかふわふわとしていて、温かい何かに包まれているようなそんな感覚がした。
「ん……」
まどろむ目をこすって少しずつ目を開くと、そこにはうっすらと人の姿が見えた。
誰だろうかなんて考えているが、私を包み込むふんわりと優しく気持ちいい感覚に蕩けてしまう。
なんとなく居心地の良い感じで、高級ベッドの上に眠っているような、そんな気がした。
「ふわふわ……」
「ああ、そうだな。お前が侍女に言って高級なベッドにしたからな」
「そうなのよ、だって睡眠って一日の四分の一を占めているのよ? そんな睡眠をおろそか、に……」
そこまで言ったところで私は違和感を覚えた。
私と同じようにベッドに眠るイケメンがいるではないか。
「なっ!!」
真横で添い寝する男の存在に驚き、私は飛び起きた。
そのまま柔らかいシーツを手繰り寄せて、なんとか自分の彼の前に脆い壁を作ってみる。
そんななんの防御力もないような薄っぺらなシーツの壁を彼はひょいを手で降ろすと、私の唇に自らの人差し指を当てた。
「おはよう、由姫」
「
襟足が長く薄め黒髪を揺らして、顔をあざとく傾けた彼は私の5歳年上の異母兄で、「公爵令息」という地位にいる。
彼は「公爵令息」としての責務を全うしつつも、私と同じように陰陽寮に所属してアヤカシと闘っていた。
お兄様は私の頭を撫でると、その手のひらをそっと私の頬に添えた。
「いたっ!」
頬に触れられて私は思わず声をあげてしまった。
そこで初めて自分が怪我をしていることに気づいたのだ。
「いけない子だね、こんな怪我をして、しかも朝帰りとは」
その言い方は誤解を招くのでやめていただけますか、お兄様っ!!
私は拓斗とアヤカシを討伐して、それで……。
そこまで思考が追いついて、私は勢いよくお兄様にしがみついた。
「拓斗っ! お兄様っ! 拓斗が怪我をっ!!」
「由姫」
お兄様は私の言葉を遮るように名を呼ぶと、端正で美麗すぎる顔を近づけてきて、私の身体はゆっくりとベッドに押し倒した。
「お、にいさま?」
「私が目の前にいるのに、私以外の男の名を呼ぶなんて。お仕置きだよ」
お兄様はそう言って私の耳を軽くはむっと噛むと、そのままわざとちゅっと音を立てた。
とんでもないイケメンからの攻撃を受けて、私の頬は真っ赤になった。
転生前にまともな恋愛をしてたことがなかった私は、もはや脳内で軽いパニックを起こしている。
心臓の鼓動は速くなっていき、頬だけでなく耳や唇まで熱くなっていっているではないか。
そうだ、彼は天然のたらしで由姫のことを溺愛しているんだった。
お兄様は私の頬に唇をふわっとつけると、吐息が重なるほどの距離で私に言う。
「ふふ、これに懲りたら、これからも私だけを見るんだよ」
「もう、からかわないでくださいっ!」
そうだ、一瞬忘れかけたが私と彼は義理とはいえ妹だ。
私はそっとお兄様に起き上がらせてもらうと、気になっていたことを尋ねた。
「拓斗は……?」
「大丈夫だよ。彼なら医務室で休んでるから。かなり血はひどかったけど、命に別状はないし、それに気を失った由姫をここまで運んだのも彼だよ」
「そっか、拓斗が……」
私はベッドから立ち上がるとそのまま姿見の前まで行って、改めて自分の姿を眺める。
やっぱり、『明治アヤカシ伝』の音羽由姫だ──。
綺麗な焦げ茶髪に、濃い紅色の瞳。
今はメイクを落としているから可愛いめの顔だけど、メイクをしたときは目元が目立つ女の子である。
そんなことを考えていると、お兄様が私の耳元で囁く。
「なんだか今日の由姫は由姫じゃないようだね」
「え……?」
鏡の中の私は背の高い男にしっかりと後ろから抱きしめられている。
それこそ女子が聞いたらみんな卒倒しそうなほどの蕩けそうな甘い声で、彼は私に問いかけた。
「君はだれ?」
その言葉に私の心臓は大きく飛び跳ねた。
まさか転生したことがバレたのだろうか。
そんなことを考えながら鏡を見ていると、鏡に映る彼の目は逃がさないといったように鋭い瞳をしていたのだった──。
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