第四話 運命に抗うのよ
私は脱兎のごとく、夜の街を駆け抜けていく──。
こんな姿見られたら、お父様やお兄様になんて言われるかわからない。
けれど、今はもう服も気にしないし、髪がぐちゃぐちゃになるのも気にしない!
陰キャでもなぜか体力だけはあった転生前の走りを生かして、私は必死に前へ前へと足を進めていく。
「あと200m……!」
やはりこのお嬢様育ちの身体だとすぐに呼吸が苦しくなって、足も重くなる。
いや、もうこれ、絶対明日ひどい筋肉痛になるじゃない……。
そんなことがチラリと頭をよぎったけど、もはやそれどころではない。
絶対に拓斗を救わないといけないのっ!
そう思った瞬間、私の頭にピリリと小さな電流みたいなものが走って、一瞬目の前が暗くなった。
『私に本当に運命を変えられるの?』
私の目の前に見覚えのある教室の風景が広がった。
『真由ー! 移動教室行くよ~!!』
『待ってよ~! 置いていかないで!!』
私は教科書を胸の前に抱きながら、彼女たちを見つめる。
二人とはいつもお弁当を一緒に食べる存在だけど、私は一度も移動教室に一緒に行こうと誘われたことはない。
彼女たちの中で私の存在はそんなものだし、私もきっと彼女たちのことをそこまで思っていない。
私は心が痛んだ。
苦しくて苦しくて、でも助けを求めることもできない。
「いいな……」
私のか細い声が誰もいなくなった教室に響いた。
私も親友と呼べる存在が欲しくて、誰かと一緒にいたくて大切な存在が欲しかった。
でもそんな存在は、私にはいなかった──。
そんな学校生活を送って帰り、ちょっと傷ついてまた復活して、毎日ベッドの上で寝転がってゲームをする。
私の学生生活はこうして何か足りなくて、寂しかった。
『私たち、運命の糸で結ばれていたのよ!』
乙女ゲームのプレイ画面で映るヒロインの言葉に、私はどうしても共感できなかった。
「運命ってなんだろう」
ふと言葉が漏れてしまった。
運命は必ずそうなってしまうものなのだろうか。
運命は自分で変えることができないのだろうか。
『また同じことを繰り返すの?』
ぼんやりとした思考の中で、そんな声が頭に響いてきた。
『寂しかったあの日々を繰り返すの?』
そんな日々は繰り返したくない。
私は私に問いかける「声」に反論した。
『今度は拓斗を犠牲にするの?』
ようやく意識が戻った私は、ポツンと道の真ん中で立っていた。
額から汗が流れ落ちて、息が少し乱れている。
私に問いかけた「声」は、きっと私自身なのだ。
本当の気持ちを心の中にしまい込んで過ごしてしまった私への後悔の言葉だ。
私は手をぎゅっと握り締めて真っすぐに前を向いた。
もう私は弱い自分に戻りたくない!
「私は今度こそ自分の手で変わるんだっ! 運命を変えてみせるんだっ!」
疲労でガクガクと震えている足を奮い立たせて、拓斗のいる方へともう一度走り出した。
少し進んだ先で、アヤカシと闘う彼の姿が徐々に見えてくる。
「拓斗っ!」
拓斗の様子を見たところ、息が上がっているが、まだ大きな傷を負っていないようだ。
しかし、アヤカシは想像以上に大きくて三mは超してるように見える。
拓斗が怪我をする前に、その右手を負傷する前に、私が救うんだ!
私は手を胸の前に構えて術を展開し、詠唱する。
「汝、これに応えよ!
私の詠唱と共に拓斗の周りに毬状の結界が張られた。
「由姫、助かる!」
私の存在を認識した彼が、私に礼を告げた。
彼の近くに駆け寄った私は言う。
「拓斗、援護するからなるべく距離取りながら攻撃いける!?」
「了解!」
ひとまずアヤカシと距離を取って、拓斗に攻撃が当たらないようにする。
私は詠唱省略の術式を唱えると、そのままアヤカシの頭を狙って攻撃を放つ。
「
アヤカシの頭についた鬼のような大きな角が、私の攻撃によって崩れ落ちた。
「ウオオオオーーー!!!!」
アヤカシが叫び声をあげた。
私の攻撃がアヤカシの逆鱗に触れたらしく、私にめがけて大きく太い腕が振りかざされる。
「由姫!」
その瞬間、拓斗は私の前に刀を構えて私を守った。
そのせいで彼は結界ごとアヤカシの攻撃で遠くへ吹き飛ばされてしまった。
「拓斗っ!!!」
彼は地面に臥して動かない。
繰り返したくないっ!! 繰り返したくないっ!! 繰り返したくないっ!!
私は必死に自分を鼓舞して、立ち上がった。
唇を噛みしめて自分の中にある恐怖を断ち切りながら、私は吹き飛ばされた拓斗に急いで駆け寄って、治癒の術を発動させる。
「ぐっ!」
拓斗はひどく辛そうな声をあげている。
彼は打ちどころが悪かったのか体のあちこちから血が流れていた。
頭からもかなり出血が見られたので、私はすぐに彼の体を動かしてはならないと判断した。
「ゆ……き……」
「なんですか?」
彼の振り絞るような声に、私は耳を傾けた。
「援護を、呼びに戻れ」
私は透聴能力を使って、救援を呼ぶことができる。
だが、負傷した彼が「援護を呼べ」ではなく、「援護を呼びに戻れ」ということは、彼は私に戦線離脱を指示していることになる。
「私はまだ闘えるから大丈夫です!」
「バカっ! お前を失ったら陰陽寮は終わりだ! 戦闘中に透聴能力を使ったら、負担がきつくて倒れる」
確かに透聴能力は私自身の体力をかなり消費してしまう。
こんな時まで彼は私の心配ばかりしているのだ。
そうやっていつも他人のことばっかり……。
そんな優しい彼をここに置いていくこと、できるわけがない。
私は必死に考えを巡らせて、打開策を探す。
自分にできることを考えろ。考えろっ!!
どうしたら助かるのか、どうしたら目の前の敵を倒すことができるのか──。
乙級のアヤカシを倒すためには、どうしたらいいだろうかと私は必死に考えた。
拓斗は負傷しており、刀はおそらくすぐには握って闘うことはできないだろう。
陰陽姫の能力や術を総じて使うにしても、術の発動時間があまりにも少ない。
「由姫っ!」
「黙ってっ!!」
私の声に驚いた様子の拓斗は、じっと私の考えがまとまるのを待っている。
あるいは彼の中でも何か策を考えているのかもしれない。
確かに彼の言う通り、援護を呼びに戻れば可能性はゼロではないし、私は少なくとも助かるだろう。
でも、二人助からなければ意味がない!
二人助かる方法は……。
私はその瞬間に一つ思いついて、自らの腰元に視線を落とした。
この体でも、転生前の人生でも「これ」を使ったことは一度たりともないが、今はこれに頼るしか方法はない。
『また同じことを繰り返すの?』
私の中でまたあの声が響き渡った。
「繰り返さない……」
私は静かに呟いて、拓斗にちらりと視線をやった。
そうして自分の腰に携えていた刀をゆっくりと抜刀した。
「由、姫……?」
月の光で輝く刀身に、私の顔が映っている。
その表情には緊張と覚悟の色が入り混じっていた。
私は一瞬目を閉じて、そうして開いた瞬間に、アヤカシを真っ直ぐ見据えた。
「やめろ、由姫! お前が刀で闘えるわけない!!」
ようやく私の意図に気づいた拓斗が必死に止めようとしている。
私は刀を片手で持つことはまだできない。
みんなみたいに闘うために、帰ったら刀鍛冶さんに少し相談して、私でも扱いやすい刀を誂えてもらおうかしら。
「ガオオオオオオーーー!!!!」
アヤカシが地面を踏みしめながらどんどんと私と拓斗に迫ってくる。
「由姫!!!!」
拓斗が私を守ろうと立ち上がる音が聞こえた。
その瞬間、私は刀をぎゅっと握り締めて覚悟を決めた。
私はもう運命に逆らうって決めたんだからっ!!!!
拓斗を襲う寸前で、私はアヤカシの手を切り落とした。
そうして構えた私の刀の刀身は、陰陽姫の血に反応して淡く紅色に光り輝いている。
「由姫……」
「拓斗、見てて。私の力を……」
アヤカシは自らの手を切り落とされたことで、大きく足を上げ下げしてのたうち回っている。
この隙を逃すわけにはいかないと、私は左足を前に出してアヤカシの心臓めがけ、紅色に光る刀身で一突きした。
「さあ、眠りなさい」
呟いた私はそのまま刀を引き抜いた。
アヤカシの大きなうめき声が響き渡り、そしてそのままアヤカシは地面に大きな音を立てて倒れた。
少しの沈黙が流れる──。
はっと我に返った私は自分の体がぐらりと倒れる感覚に陥った。
あ……倒れる……。
そう私は思ったが、いつまでたっても想像した痛みはこない。
その代わりに逞しい何かに支えられる感触が伝わってきた。
「拓斗……?」
「たくっ! いつからそんな危なっかしくなったんだ、陰陽姫様よ」
拓斗が私を抱きかかえると、珍しく私に労うような微笑みを向けてくれた。
「よかった……」
拓斗の右腕はしっかりと動いていて痛みもなさそうだった。
私は守り通せたのかもしれない。
そうふわっと思ったと同時に、私は意識を失った──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます